第7話 巫女

 連れてこられたのは、サーラナの首長連棟。つまりこの国の最高決定機関である。周囲と比べひと際巨大で、信仰されている地神の装飾が細かく施された堅牢な白い建物は、冷厳さと威圧感を醸し出しさながら牢獄を思わせた。

 マロロも、ザハードも驚きを隠せなかった。想像していたのは、精々がどこぞの商家程度だったのだ。

 スロットが門に歩み寄ると、姿を確認しただけで門兵は深く一礼し粛々と巨大な門を開け、手招きしながら進むスロットと、恐る恐る後に続くマロロとザハードに頭を下げ、渡り切ると再び閉じた。

 迷宮のように画一的な内部を進み、マロロがそろそろ帰れなくなるかもと思い始めたところで、スロットは一室の前に足を止めた。


「どうぞどうぞ」


 中は応接室と思しき一室であった。内装と調度品の具合からかなりの上客をむかえいれる処だとマロロは想像した。村で一番の豪邸だった村長の家よりも、広く綺麗な内部は故郷が本当に貧しかったのだと痛感させられた。

 スロットはしばらく座って待つよう部屋を出、入れ違いに使用人が入ってきた。一礼し、言葉もなく完璧な仕草で花蜜茶を淹れ、部屋を出た。

 ここでもザハードには茶は振舞われず、マロロとザハードは一杯のカップで茶を飲み合うしかなかった。初めて飲むような高級なお茶だが、マロロにはおいしいとは少しも思えなかった。


「ご、ごめんなさい」

「なにがだ?」

「だって、来てもらったからこんな……」


 ザハードは笑いながら、ねぎらうようにマロロの肩を軽く叩いた。


「こんなの屁でもないない。ひどいときにはな、ぶっ殺されるか奴隷にされるなんてこともあるんだぞ? お前のおかげで俺達一食助かったんだ。茶だって、お前がくれたじゃないか」


 マロロは恥ずかしくて顔を真っ赤にした。難しいことはわからないが、ザハードはすごく『強い』ということは確かに感じられた。それは、自分が持っていないものだ。


「な、なにを頼むんでしょうか? あの人は?」

「俺が思うに、お前たちを取り込みたいんだろうな」

「ボクたちを?」

「『武器族』の持ち主は大体すげえ戦士って相場だ。カリメアと戦ってるここは、一人でも兵士が欲しい。傭兵の頼み事だろう」

「そ、そんなことできませんよ!」


 マロロは仰天する。一人殺すたびに吐く自分が兵士などできるわけがない。考えただけで気が遠くなっていく。


「だからな、ことによっちゃこの場でなんとかする必要があるかもしれないぞ?」

「え?」


 ザハードが、小刀を抜いてマロロに見せた。

 思わずマロロは息を呑む。


「断れば、盗むつもりかもしれない。最初からそのつもりってこともある。ここはあいつらの本拠地だしな」

「ひ、ひいい」

「俺もやれるだけはやるけど、頼りはお前だぞ? 今から頭に入れといてくれよ?」

『もとより承知よ』


 ザハードは勿論、マロロも驚いた。魔王が自分から他人に声を聴かせたのは、初めてなのだ。今までは、マロロにしか聞こえない声で指示していたのだ。


「武器族か?」

『魔王ぞ。お主の言う通りよ。小僧、ここは応ずるのだぞ』

「は、はい魔王様」

「へえ、すごいな」

『応じてから、逃げればよい』

「なるほど、大したお方だ」

「ど、どうしてです魔王様? なんでいきなり声を……」

『小僧が意気地がないからよ、こやつの方がよほど坐っておるわ』

「う、うう……」


 ザハードは、思わず笑いだした。どうにもこの二人には、伝説の『武器族使い』の割に覇気を感じない。強いて言うなら、意気地のない子供とそれを男にしようとする親だった。

 

「なあ、それなら俺達売り込んでくれないか」

「はい?」

「食い扶持が欲しいんだ。なに、傭兵まがいは初めてじゃない。お前が言ってくれれば、奴さんも断らんだろう」

「で、でも、僕たち逃げるって……」

「そん時はそん時さ。前金さえもらえればいい」

『ふむ、これぞ見習うべきだな』


 その時、扉が開きにやけ面のスロットが入り込んできた。座り込むとザハードを無視し、マロロに頭を垂れる。


「お待たせしました。改めまして、サーラナ商会代表。スロット・バルザックです」


 サーラナ商会はその名を冠するだけあり、国の設立当時から続くサーラナ最大の商家であり同時にその地の商人連合の総代として知られている。

 特産品の香辛料販売を独占し、それで得た莫大な富で経済を牛耳り、値段のコントロールを意のままに行っていた。サーラナでは、例えどんな小さな店であろうと連合に所属し感謝金を納めず商いをするのは不可能である。拒めば、たちまちその商人の扱う全ての商品がほかの店で半額以下で買えるようになってしまうのだ。

 彼らの後ろ盾を得ることが権力中枢に食い込む近道であり、現政権に対しても、大きな影響力を持つことは公然の秘密であった。サーラナが『商い国家』と揶揄されるのも的外れではない。

 

「ま、マロロです」

「さて、おいでいただいたのにはお願いがあるからです」

「お、応じます」

「はて?」

『馬鹿者!』

 

 緊張のあまり、マロロは答えを先走ってしまった。魔王がマロロにだけ聞こえるよう怒鳴り、ますます緊張を高めてしまった。

 マロロはもうあがって訳がわからない。しどろもどろになるしかないのだ。


「あ、えっと……その」

「ああ、なるほど」


 物事はどうなるかわからない、スロットはそれをマロロが全てを理解しつつ先走ってしまい口をつぐんだと解釈した。


「では、別室へ」

「え?」

「内密な話ですので」


 ザハードを置いて話す気はないようだった。そもそも最初から無視している。ザハードは意に介していなかったが、マロロはそれを好きになれない。


「こ、ここでお願いします。ザハードさんも、い、一緒にやってもらうので」


 スロットの表情が一瞬強張りすぐまた戻った、よほどザハードは疎ましいらしい。だが、マロロの様子をみてこれ以上こじらせるのも得策でないと判断したようで、にこやかに頭をさげた。


「でしたらば、報酬の話を。金貨500枚でいかがでしょう?」

「ご、500枚?」

「すげえな」


 スロットとしては一回の酒肴代にも満たないはした金である。だが、細々と農家をしてきたマロロには5代は楽に暮らせる大金だ。

 商売柄、相手の暮らしぶりを見て適当な金額を提示する能力は人語に落ちないと自負している。腰は低く、頭は天井からがモットーである。


「そちらの蛮族には……半分でいかがでしょうか?」

「ちょ……」

「ああ、構わねえ」


 抗議しようとしたマロロをザハードは制した、余計な騒動でこじらせる必要はない。強硬手段に出ようと言う雰囲気はなく、このまま済ませたかった。


「ご同意いただけたようでなによりです、して、内容ですが」


 スロットが呼び鈴を鳴らすと、少しして侍女に連れられマロロと同年代の少女がが部屋に入ってきた。

 贅沢に宝石のちりばめられた幾何学模様のドレスに包まれたしなやかな四肢、あでやかな蒼色の髪に飾りが映える。肌は白く、美しい、そしてひどいしかめつらの美少女である。

 マロロは、急に動悸が激しくなったのを感じたのだった。ザハードすら、一瞬息をするのを忘れたほどだった。


「娘の護衛でございます」

「む、娘さんですか?」

『小僧、こやつ巫女ぞ』

「え? 巫女?」

『ばか! 声にだすでない!』

 

 スロットと娘が、目を丸くしてマロロを見た。

 マロロは慌てて誤魔化すように、花蜜茶を飲みほしぎこちなく笑った。ザハードは、首を捻っている。

 ややあって、咳払いと共にスロットが話を続けた。


「よくおわかりで、さすがの慧眼ですな」

「は、はは……」

「知っての通り、巫女は戦争の要です。カリメアも当然巫女を狙います。その護衛はある意味軍そのものよりも比重が大きい」


 知っての体で説明するスロットに、マロロはそのつもりで頷くしかなかった。そしてその内容が重苦しく過酷なものであると感じ取って、吐き気をこらえるのに必死だった。先ほど胃に流しこんだ花蜜茶が下界と出会いたがって香が口に蔓延している。


「その腕を見込みまして、どうか。ほれ、お前も」

「……」


 娘は、マロロとザハードを睨んだまま首を下げた。その黄色の目には、怒りが燃えていた。

 魔王が、感嘆とも軽侮ともつかない笑みを漏らした。

 ザハードが、肘で脇をつつきマロロは唸り慌てて頭を下げ返した。一刻も早く便所が草むらに駆け込みたかった。


「こ、こちらこそう……」

「ありがとうございます」


 スロットは笑顔満面で頭を下げ、娘は変わらず睨んでいた。ここまで対照的な光景は、ふと何か冗談に巻き込まれてるのではないかという疑念をマロロに抱かせた。ともあれ、早くこの場を去りたい。


「そ、それじゃぷ……う……そ、そろそろ……」

「リオ」


 少女は、名を告げた。マロロを見る目には、一度たりとも怒りが消えることはなかった。

 マロロはその迫力に少しもどしてしまい、口の中のそれを胃に送り返すと言う苦行を味わう羽目になった。

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