第4話 出会いとまた出会い

「いくぞ」

「どこにですか?」

「人間どもの多い所だ、金とやらが手に入ったのだ、揃えるものがある」


 追剥をしたことを思い出し、マロロは落ち込んだ。仕方ないとはいえ、他に彼にできる経済活動は体を売るくらいだろう。魔王がいなければ、2日ともたない。

 散々忌むべきものと教えられてきた殺人と窃盗が、マロロの命をつないでいる。


「む」

「え?」

「後方をみよ」


 魔王の声の調子が変わった。言われるがままマロロが伺うと、遠方に数人の男が見えた。

 野盗の残党ではない。褐色の肌に、色鮮やかな刺青は、とてもそれに向いていない。マロロの人生では見たことがない人々だった。そのうちの一人が、マロロを認めたのか、足を向ける。


「ナサルの人間か」

「知ってるんですか?」

「多少はな、最も儂が知る個ではない。同族のものであろう。構えよ」

「は、はい」


 魔王を手に、マロロは迫る男をじっと見ていた。未知への恐怖と、わずかの希望、再び殺人に駆り出される不安で、今にも戻しそうだ。


「止まれと言え」

「と、止まってください!」


 魔王の舎弟範囲ギリギリで、マロロは言われるがまま静止の声を上げる。いつでも攻撃できる距離だ。

 男は、言われたとおりに立ち止まった。長身に頑健な肉体、剃りあげた頭に蓄えた顎髭が強面を彩っているが、眼が不思議とつぶらで、全体の印象を和らげていた。

 男は、軽く挨拶のつもりか手をあげる。他の男たちは、休憩のつもりか腰を降ろし始めている。

 マロロは内心ほっとしていた、少なくとも野盗の類ではなさそうだ。


「よっ」

「ど、どうもこんにちは」

「お前もこれか?」

「え?」

「戦争で、焼け出された口か? 俺達はそうだ」

「ど、どうして?」

「だってお前、そんなやせっぽっちで。ボロ着で、そうじゃないのか?」


 言われて初めてロロは気づいた。今の自分は元々のやせ形に輪をかけて、服も3日前に洗った切りのボロ一着だ。戦争孤児である現実を、ついつい忘れる。そして思い出してまた心が重くなる。村を出てから、それを指摘してくれるようなまっとうな人間と出会っていなかった。

 魔王もそれについては考えていた、人間社会の仕組みを知らぬわけではない。みすぼらしい服装の役立つときはそう多くはなく、村なり街に着いたときに買わせるつもりだった。


「そ、そうです」

「腹、すいてるか?」


 男は薄い固形食糧を差し出した。

 受け取ったマロロは、初めて嗅ぐ、独特の酸味がかった香料に鼻をくすぐられた。これがナサルっていうところの匂いなのかと、なんとなく思った。


「あ、あんまりお腹は今……」

「そうか? まあいい、栄養あるからとっておきな」

「ど、どうも」

「俺達この先の街に行くんだが、お前もくるか? 面倒見てやれんが、着けば乞食くらいはできる。こうしてるよりいいぞ」

「あ、えっと……」

『いいだろう』


 魔王がマロロにしか聞こえない声で囁いた。直感ではあるが脅威は感じない。難民のわりに疲弊が少なく食料を施し、尚且つ同類を憐れむのは所謂『お人よし』なのだと当たりをつけたのだ。


「あ、ありがとうございます」

「いいってこった。俺はザハード」

「マ、マロロです」

『気を許すでないぞ。あくまで街までの同行だ』

 

 魔王の忠告を聞きながら、マロロは内心嬉しかった。久しぶりにまともそうな人間と会えたし、快活さは非常に心強い。


「今から行けば、夜にはつける。それじゃ―」

「きゃあああああ!」


 きっかけは、いつも悲鳴だ。

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