第2話 世界の中の蟻
ゼラフィーは、戦乱にあった。
すべての母なる大河を挟み、太古から王国を脈々と紡いできたアジロと、周辺国を併合し、国力ではアジロを越え統一を旗に掲げる集合国家カリメア。
2つの国家は、善悪の境なく争いを生んだ。大河の突破に時間がかかると判断したカリメアは、国力の増強を重点に置き領土拡大のための国々に戦争をしかけるが、予想外の抵抗と広まりすぎた戦線の混乱を制御できなかった。
大河による守りと、迷宮と称されるジャングルの中にあったアジロは有利かに思えたが、その実組織の腐敗と堕落を究め、ある事件をきっかけに内乱が勃発、王国打倒を目指す革新派と既得権益にしがみつく保守派で内乱に突入した。
英雄が生まれ、死に、また生まれる。いくつもの大きな戦争が起こり、歴史に名を記される事件は絶えることを知らない。
少年、マロロという。村とも言えない小さな集落で育ったマロロは弱虫であれ、優しく気立ての良い子供であり、両親と姉に愛され日々を過ごしていた。
そしてそれはあっけなく破られる。認識上、カリメアに敵対する国にふくまれていた集落は、その牙から逃れられなかった。こともあろうに、味方のはずの国の敗残兵に襲われたのだ。兵と言っても、兵不足から無理に徴兵されたならず者、その点では同情もあるだろうが、蛮行は隠せない。
過酷な戦場ですっかりならず者に戻った彼らは、たまたま目に入った集落を襲い、奪い、女を犯し、歯向かえば殺した。
弱虫マロロは姉に言われ、祭壇に隠れ震えていた。姉の言葉がなければ行動できない彼は、火の手が祭壇を包んでようやく逃げることを選択したがすでに遅かった。集落は壊滅状態で、叫びも届かない。
熱と煙、朦朧とする意識の中で、マロロは祭られていたその奇妙なものに縋った。創立当時から祭られていた、聖具と呼ばれるコの字の物体。これが何か初めて真剣に考えながら、マロロの意識は沈んでいった。
「起きろ、小僧め」
眼を覚ますと、祭壇にいた。自分の周りだけ、焼けた跡も、焼け落ちた木もなくまるで何かに守られているようだった。
「ふむ、ふざけた話だ」
喋るものは、そのコの字の物体、ブーメランだ。
集落には誰もいない。誰かだったそれは、程よく焼けて、虫や鳥や獣のごちそうになっている。
「う……」
「泣くなうっとうしい」
マロロは泣いた。けれで家族は来てくれなかった。この日からだいぶたっても、泣いても誰もきてくれない。
この事件は歴史書には記されなかった。あまりにありふれたことであり何かのきっかけになったこともない。カリメアに併合された国の敗戦記録の奥の奥にしまわれた、取るに足らない些事。
「だってえええ」
「小僧め」
その些事の生き残り、マロロ傍にいるのは、ブーメランだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます