魔王は必ず還ってくる

あいうえお

第1話 2人の日常

 森の中を走る道だった。

 10歳ほどの、線の細い少年を野盗が囲んでいる。最低限の防具が施された、薄汚れた身軽な服。その濃緑色は、森で保護色の役割を果たすだろう。醜悪な、獣たちだ。

 狙いは金銭である。ただ、何人かの下卑た視線は少年の体も『戦利品』とみなしているようだ。


「坊主、暴れるなよ」

「暴れられると、俺達もそうしないといけねえ」

「初めてか? すぐに慣れるぜ」


 心底不愉快な笑いがあがった。

 少年は、背中の『コの字』の奇妙な物体に手を伸ばした。黄色い円形の左右に赤い三角形の両刃が伸び、先端には布が巻かれている、少年の背丈ほどもあるものだ。

 短剣に手を伸ばした野盗たちは、すぐにその手を降ろし、失笑した。獲物の抵抗に対する嗅覚は優れているが、同じくらい相手の力にも彼らは敏感だ。これは、蟻の一噛みにすぎないと看破した。

 目の前の少年は、物体の布で巻かれた刃の末端を持ち上げ、腰をねじっている。重さに耐えきれないのか手が震え、顔は刻一刻赤くなっていく。


「芸か?」

「それからどうするんだ?」

「ほらほら、最後まで見てやるぜ」


 少年の顔が、歪んだ。

 だが、それは卑しい嘲りに対する、精いっぱいの羞恥や屈辱ではない。

 躊躇いだ。


「早くしろ小僧」


 野盗たちは、突如発せられたその声の主を知ることはできなかった。

 少年は、ねじった腰を戻し、全身を使って、『コの字』の物体を投げた。空中に放たれた刃が広がり、優に少年の全身を越える湾曲した形に変形した。

 『ブーメラン』。

 野盗たちにある、それについての知識は、子供の遊具だった。

 そして、遊具は容易く人体を切断し得ると、身をもって味わった。防具、服、皮膚、肉、骨、紙のごとく分け隔てなく、切り裂いていく。

 最期に切断された野盗は、一番長い時間その悪夢を見ていて心底恐怖した。ブーメランそのものもそうだが、少年の投擲は、どうみても数メートルも飛ばせない非力なものだ、にも拘らず、宙を舞うそれはすでに3分の2を血祭りにあげ一向に勢いを殺さない。

 逃げ惑い、移動する標的を追う奇怪な動き。それらに関して一切の答えを得ることができないまま、肩口から腰の付け根まで両断され、かつては平凡な農民であり、新入り野盗のラザは一生を終えた。最後に見たのは、故郷で老骨に鞭打ち土を耕す老いた両親の姿だった。


「う……うえええええええ!」

「軟弱だな小僧」


 肉切れの山を造り、帰還したブーメランの重さを支えきれず、倒れた少年は盛大に胃の中身を戻した。殆ど胃液で、内容物が見えない。

 一方で、地面に落ちたブーメランに絡みつく血肉が、みるみる刃に吸収されていき、より一層赤みをましていく。

 中心に位置する黄色の円形に、目が生えた。蛇を思わせる、赤く細い眼は、地に這いつくばる少年をしっかりととらえていた。


「少し離れろ」

「ご、ごめんなさい魔王様―おろろろろろ!」

「わ、かかったぞ馬鹿者」


 吐き疲れた少年が、ブーメランの傍にぐったり倒れ込んだ。

 2人の旅が始まって、1月になろうとしている。

 戦争孤児の少年と、ブーメランに宿る、否、ブーメランそのものの魔王。

 この世界でも、珍妙な組み合わせだった。

 

 

 

 

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