第37話 やっぱりドボンクイーン
「ハルナちゃん、もう少し早く言ってくれんかの~」
ライトの尾の一撃をくらったカートスがよろよろと立ち上がる。幸いケガはしていないようだ。
「子供でも知っている常識をですか」
ドラゴダート王国はドラゴンが多い、生まれた子供に親は不要にドラゴンの後ろに立ってはいけないと最初に教えるのだ。そんな常識をドラゴンレース委員会の幹部を務めた老人に注意しようとは誰も思わない。
「アハハ、おちゃめなジョ~クじゃよ」
カートスがごまかし腰を叩いてか弱い老人のポーズを取っていると、作業場の扉が開きナグリがいつも歌っていた歌が今日はだみ声も交じりで聞こえてきた。
「あの二人すっかり馴染んでるわね」
ハルナがつぶやく、几帳面なナグリと大雑把なダン、性格が真逆な二人がうまくやっていけるかがオーナーであるハルナが唯一心配していた事案であったのだが、取り越し苦労ですんでいた。
シェルの特訓中、ワークマンの二人は作業場にこもり翼の改修にあたっていた。
ハルナは竜翼職人が二人となったので、ナグリを筆頭職人を意味するチーフに任命、本来なら後からきたとはいえ経験豊富なダンを筆頭職人に任命するものなのだが、今まで一緒にやってきて一人でハチニーの翼を蘇らせたナグリ無しではライトが再び空を飛ぶことはなかった。だから感謝と信頼をこめてナグリを筆頭職人に据えていた。
はじめはタラタラと文句をいっていたダンもナグリの仕事振りを見て、文句をいわなくなり、半日もすぎれば遠慮も容赦もない言葉の応酬をくりひろげていた。
ナグリの精神年齢が高いのか、ダンの精神年齢が低いのかは不明だが、まるで同年代の友人のような関係を築く職人コンビ。
「「あ~あ~ダービー~」」
仲良く歌いながら翼の乗った台車を押し出してくる。歌がやめ大きく息を吸いこんだナグリが牧場に響くような叫びをあげる。
「翼ができたぞ~!」
完全に修復されたハチニーの翼、新旧のワークマンが技術と知識を結集させたニューバージョンである。
翼という言葉に一番に反応したライトが勢いよく立ち上がり。
「ちょっと!!」
当然、背中に乗っていたシェルが振り落とされた。
「いったっーーこら、ライト!」
シャルが急に動いたライトを叱り、ライトは犬が怒られた時によくする首をすぼめる動作をする。
「どうかしたのか」
台車を押してきたナグリは、状況がつかめずハルナにたずねる。
「シェルちゃんがライトから落とされちゃって」
「なんだ、いつものことじゃないか」
珍しいことではないとダンはガハハと笑った。
「ちょっとダンさん、いつものことってなんですか!」
「だってドボンクイーンじゃねえか」
「ドボンクイーンでもない!!」
「でもよ~濡れてるぜ」
「へ?」
濡れているっていったい何が、ここには川など無い。
「ダンさん、そこは見なかったことにするのが男としての配慮ですよ」
ナグリが視線を逸らしながら神父のような優しい口調でダンを注意した。
「ナグリ、なんのこと?」
「俺は何も見ていない」
「だからなにを見てないって……」
そこでやっとシェルは自分の状況に気が付いた。さっきまでシェルがやっていたこと、騎乗姿勢の特訓、その方法は腰の上に水の入ったコップを乗せておこなっていた。
コップはシェルのすぐ横に転がっている。当然中に水は入っていない。
中の水はどこへ、コップが傾いたとき一番近くにあった場所に全て流れ出ていた。それはつまりシェルの腰、流れた水が一か所にとどまるはずもなく、重力にしたがい下へ、下へ、腰の下、そうそこは――。
シェルのズボンに大陸の地図のような染みの模様ができあがっていた。
「大丈夫だ、俺は何も見ていない」
落水したとき以上に優しく慰めてくるナグリ。
「ちょっとこれは違うのよ!」
「わかっている」
納得のいった顔をするナグリ、瞳までもが優しかった。
「わかってない! 絶対誤解してる。間違った納得しないで!!」
まぶしい太陽の元、ライフ牧場にシェルの悲鳴がこだました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます