第3章『突撃の予選・トライアルトライ』
第36話 強化メニュー
ライフ牧場にあらたな仲間が加わった新生ライフ牧場チーム。
ドラゴンレース委員会幹部を高齢を理由に退会したカートスをレース監督に――
レース練習場チーフ竜翼職人だったダンをナグリと同じ竜翼職人に――
ウィングショップ店長で関係者に顔の広いサイビンをチームマネージャーに――
新体制となったライフ牧場は動き出す。
手始めにカートス監督の知識と経験をいかした、チーム全体の底上げをはかる強化メニューがくまれた。
強化メニューその1『ドライバーの強化』
さんさんと太陽の光が降り注ぐ牧場でシェルはライフライトニングにまたがっていた。頬を伝う大粒の汗が太陽の光キラリと反射させている。
「シェル嬢ちゃん、だんだん体制が崩れてきたぞ」
「は、はい」
苦しそうな声で返事をするシェル、朝からずっと中腰の姿勢、背中をテーブルのように地面から水平の状態を保っていた。
汗がまた一滴、頬をつたい流れていく。
これはドラゴンがどんな角度に体を傾けようとドライバーが姿勢を崩さないようにする特訓、固定魔法があるとは言え魔法も万能ではない、宙返りをしたり、回転飛行をすれば振り落とされる可能性だってある。
逆に宙返りをしても落ちない自信が付けば、前回のように衝突に巻き込まれた場面でも逃げ道の選択肢増える。
「ライトに付き合ってもらっとるんじゃから、感謝せねばならんぞ」
好奇心の塊である若いドラゴンのライトが、飽きることなくシェルの特訓に付き合ってくれていた。賢いライトはこれがレースに勝つために必要なことだと理解しているのだろう。
「あ、ありがとうねライト」
早朝からはじまったこの特訓。お昼をすぎても終わることはなかった。
シェルの声に力はなく、膝もプルプルとふるえ限界を訴えている。
「そろそろかの」
やっと終わるのかと思ったシェル。
「ハルナちゃん」
だがカートスはシェルではなくハルナの名前を呼んだ。
「はい」
指示は済ませてあったのか、ハルナは水の入ったコップを持ってきた。
体中の汗を流しつくしたと感じていたシェルには、水の入ったコップに喉をならす。受け取るために手を差し出すと。
「シェル嬢ちゃん、姿勢を崩れたぞ」
「へ?」
終わりじゃないの、という想いをシェルは「へ?」の一文字であらわしたのだが。
「わしが終わりというまで姿勢を崩さない」
終わりではなかった。
それじゃハルナの持ってきたコップはいったいどこへ。
コップをもったハルナは、それをシェルの口ではなく腰の方へと運んでいく。
「本当にやるんですか?」
「とうぜんじゃ」
カートスにうながされハルナは水がはいったコップをシェルの腰のつけねに乗せた。
よく冷えていた水はコップの周りに水滴をつくり、表面をつたう雫がシェルの腰に流れ落ちていく。
「ひや~~~」
「ほれ、あんまり動くとこぼれるぞ」
コップの中の水がユラユラゆれた。
「クッ」
シェルは腰に力を入れてゆれを必死に止める。その姿を堪能するようにカートスはゆるんだ顔で監督を続ける。
「ホホホ、いい眺めじゃの」
ドライバーとして鍛えているシェルの腰は健康的に引き締まっており、コップの水をこぼさないようにお尻を突き出す形になった。
「ホホホ」
「カートス監督、本当に特訓なんですか?」
隣で疑いのまなざしを向けるハルナに気がついたカートスはわざとらしく大きく咳払いをしてゆるんだ表情を整える。
「オホン、と、とうぜんじゃろ、最近の若いものは固定魔法に頼りすぎじゃ、だから集中力が切れ魔法の維持できなくなり、簡単にドラゴンから振り落とされ落水をする」
「グッ……」
言い返すことができないシェル、予選レースに二回出場して二回落水という結果、今回のドラゴンダービー予選トライアルで最多の記録、現役ドライバーの中で誰よりも多く振り落とされてきたのだ。
「カートス監督」
「なんだ、ハルナちゃんはまだワシのことを疑っているのか?」
特訓の効果と理由はちゃんと説明しただろと、髭をなでながら威厳を示そうとする。
「いえ、特訓の趣旨はわかったけど……」
「けどなんなのじゃ」
「ドラゴンの後ろに無謀に立つと――」
「ウゴ!!」
「――尻尾にあたりますよ」
じわりじわりとシェルの突きだされたお尻がよく見える後ろに移動していたカートス、シェルの後ろとはつまりライトの後ろでもあり、気まぐれに揺れる尻尾がカートスの頭に直撃したのだった。
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