第34話 ロートルの復活
夢は出場なんかじゃない。
「…………まさか、落水した本人から励まされるとはね」
その静けさを最初に破ったのは年長者のハルナであった。
「確かにまだたったの二回よね負けたの、予選トライアルはまだあるし、諦めるのは早いか」
ハルナの表情に暗い影はなくなっていた。
「ナグリくんはどうするの?」
女性二人の視線がナグリに注がれる。
「ハチニーの翼のセッティングが難しいのは初めからわかっていたことだった」
横の棚にかけてあった愛用の作業ベルトを腰に巻きつける。
「助かったよシェル、大事なことを忘れるところだった」
「え、いや、感情的に叫んだだけだから、お礼を言われることでもないし」
面と向かってお礼を言われシェルは照れて、両手を顔の前で振ってあわあわする。
「確かにゴーゴーの翼は、安定していて扱いやすいが、完成されたハチニーの翼にはかなわない」
ナグリは以前にもウィングショップで似たようなことをいっていた。現行のゴーゴーを研究したうえで早いのはハチニーだと。
「あとは短い時間で頑丈なセッティングができればライトは無敵になる。わかっていたことだ」
「――ずいぶんと簡単に言ってくれんるな若造」
問題は翼交換のスピード、その問題をどうクリアするか、答えはまだ見つかっていないが精一杯あがこうとした時、三人しかいないはずの作業場にのどぶとい声が投げ込まれた。
「それが誰もできなかったから、ハチニーの翼は廃れていったんだよ」
作業場の入り口からガッシリとした体格の中年男性が入ってくる。
「ダンさん? なんでこの牧場に?」
立っていた中年はシェルが通っていた練習場のチーフワークマンをしていた人物だった。
「ダンくんだけじゃありませんよ」
ダンの影からメガネをかけた男性が現れる。
「あんたはウィングショップの店長」
ナグリがドラゴンダービーで優勝すると大見得を切った相手、簡単に揃うとは思ってもいなかったハチニーの翼のパーツを全て持っていた男である。
「覚えていてくれましたか、サイビンと申します」
ダンとは正反対に礼儀正しい挨拶をしてくれた。
「どうして、この牧場に」
シェルやナグリの疑問をハルナが代表して尋ねる。
「おめえらのふがいなさを笑いにきたのよ」
ガハハと笑うダン。
「というのは建前で、ホワイトドラゴンとハチニーの翼が気になったからの」
ダン、サイビンに続き三人目が現れた。
「カートスさんまで」
シェルたちが出会うきっかけを作ってくれたレース委員会の立派な髭を持つ老人。この牧場にライトを運んできたのもこのカートスであった。
「ハルナちゃんたちの白いドラゴンを見て、若い頃の血が騒ぎ出しての」
「ライフライトニングの羽ばたきはライフサンダーにも引けをとらない、ピットクルーだったころを思い出したよ」
サイビンが腕を組み、まるで子供が自慢話をするようにかたる。
「サイビンさんもピットクルーだったんですか」
「白いドラゴンがいなくなってすぐに引退したけどね」
「だがお前たちが頼りないから、俺たちはもう一度現役に復帰することにしたのよ」
ダンは歯をむき出しにしてニヤリとする。
「現役吹っ切って……」
いきなりすぎる展開にシェルは話についていけなくなっていた。
「つまりじゃな、おぬしらの仲間にワシらロートル三人を加えて欲しいのじゃ」
まさかまさかの売り込みであった。
国内最大規模の練習場のチーフを務めていたワークマンに、大手ウィングショップの店長、そしてレース委員会の重鎮。このそうそうたるメンバーが戦績二戦二落水という最弱の牧場へ入りたいと言うのだ。
「いいんですかカートスさん、委員会は一つのチームに肩入れはできないはず」
ハルナも役員規定を全て知っているわけではないが、不正防止のため委員会役員が特定のチームだけと親しくするのはまずいことは知っている。
「その件なら問題はないぞ、やめてきたからの?」
「へ?」
若者三人から間の抜けた声がこぼれた。
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