第33話 私たちの夢は

 翌日、壊れた翼を運び込んだ作業場で三人は思い思いの場所に腰を下ろしていた。

 ただ座っているだけで、ナグリさえも何もしていない。この作業場でナグリが工具ベルトを付けていないのは珍しい。いや、初めてのことではないだろうか。

 重い空気が作業場を支配している。

 今朝の新聞には『伝説のホワイトドラゴン2レース連続墜落』と見出しに書かれてしまった。十年ぶりに掲載された白いドラゴンに記事はとても悲しい内容だった。

 やはり白いドラゴンは病弱だのハチニーの翼は時代遅れだの、ライフ牧場のスタイルを中傷する記事ばかり。

「二回目の洛水は完全な巻き込まれ事故じゃない」

 シェルが新聞を握りつぶす。

 ライトは関係ない、ハチニーの翼も関係ない、あの場面に遭遇すればゴーゴーの翼だって同じ結果になったはずだ。

「どんな事故であろうとも、落水はワークマンである俺の責任だ」

「どうしてナグリ一人の責任になるの? もとはと言えば、私が接触したから、私の責任よ!」

「それは違う、あの程度の接触ではずれるようなやわな翼を作った俺の責任だ」

 ハチニーの翼は細くからもろいなんて言い訳にはならない。

「外れた左翼を取り付けたのは私よ、私がもっと練習していればこんな事故はおきなかった」

 今回、ハルナが左翼を担当していた、取り付けの練習は短期間で相当にこなしたが、ナグリより劣っているのは明らかだ。仮にぶつかったのがナグリの取り付けた右翼だったなら結果は変わっていたかもしれない。

 だがナグリはそのことも言い訳にはしなかった。

「もともとゴーゴーに比べて細いハチニーは接触に弱い、ハルナのセッティングが上達するだけで解決できる問題じゃない、対応策は複数の魔力回路を同時に使えば強度はあがるが、今度は取り付けに時間がかかってしまう」

 時間を短縮させるために工夫していたのに、本末転倒もいいとこだ。勝つためにはどうしても翼交換の時間を短くしなければならない。

「それなら私が接触しないようにレースをすれば」

「無理だな」

「無理だね」

 ナグリとハルナが口を揃えて否定した。

 接触事故を起こさないレース。それは言ったシェル自身もありえないこと分かっている。

 ライトの事故だって完全に巻き込まれたモノ。もう一度、同じ展開になってもシェルは百パーセント回避できるとは断言できない。

 全力で競い合っている以上、衝突は起きてしまう。

「接触にも耐えられる頑丈なセッティングにすれば、時間がかかりすぎて勝てない」

 一度目のレースがまさにそうであった。翼の繋ぎ目を強化するために魔法陣を重ね時間多くとられた。

「時間短縮のために強度の低いセッティングにすれば、接触したときにはずれてしまう」

 ハルナは悔しそうにうつむく。ナグリになんと言われようと、はずれた翼を担当していたハルナは自分を責めている。

 シェルにはそれが痛いほどに理解できてしまった。前回は翼を壊し、落ち込むシェルを勇気付けてくれたのはこの二人なのだから。

 シェルは必死で打開策を考える。

 今度は自分が二人を勇気付けてあげたいと。

 頑丈にすると時間がかかり、時間を短くするともろくなる、だったら。

「半分はんぶんの翼なんてどうかな」

「半分はんぶん?」

 ハルナが聞き返す。

「そう、時間を少しかけて、強度も少しあげて、中位のセッティングにするの」

 喋りながらこれは名案ではないかとシェルは思い始めた。

「シェル、それは翼のフレームを根本から作りなおさないとできないぞ」

「だったら作り直せば、この際だから骨格も肉厚にして強度も上げれば」

「ゴーゴーの翼になる」

「あ!?」

 半々の五対五の翼、セッティングだけでなく骨格までいじればまさしくゴーゴーの翼だ。

「ハチニーがレース界から無くなったのは、シェルが考えた結論にみんながいたったからだ。八チニーのセッティングは難しい、すこしでもバランスを崩せば簡単に崩壊する」

「…………」

 シェルは喋ることができなくなった。

「ライトにハチニーを使いたいと言うのは俺のエゴだ、ドライバーのシェルがゴーゴーの翼を望むなら作り直すが」

「ちょっと!」

 ナグリの言葉にシェルは自分の耳を疑った。

 あれだけハチニーにこだわっていたナグリが、ハチニーの翼を捨てる。

「そうね、幻といわれた翼でレースに参加することもできたし、今度は勝つためにどうするかを考えるべきかもね」

「ハルナさんまでなに言ってるんですか!! 最初に不注意な発言をした私が言うのはおかしいけど、あの翼を変えるつもりはないよ! ナグリもハルナさんもライトでハチニーで飛ぶのが夢だったんでしょ! ダービーで優勝するのが夢なんでしょ!!」

 シェルの叫びが防音結界を揺らす。

「私たちの夢は出場なんかじゃない!!」

 涙が頬を伝った。

 悲しい、ここまで準備してくれた二人の期待に応えられなかった、シェルはとても悲しかった。夢は出場じゃない優勝だ、出場したレース全てを落水で終わらせたドライバーには言う資格のない夢かもしれない。

それでもシェルは訴えずにはいられなかった。

「ライフライトニングとハチニーの翼でドラゴンダービーに優勝、それが目標だったじゃないですか。たった二回落ちたくらいで、あきらめないでよ!」

 心の底から訴え。

 言いたいことを言い切ったシェルが黙ると、作業場には音が一つもなくなり、耳鳴りがするほどの静けさに包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る