第32話 無茶な挑戦
第一回トライアルは下馬評通りマグマフェニックスが勝ち、ドラゴンダービー出場の一番乗りを決める。勝利者インタビューを受けるキャシーのコメントが場内に流れるなか、ライフ牧場の面々は帰路についた。
竜車では特に会話はないく、ただアギの足音と繋ぎ目だらけの車輪の音だけが響いている。
レース場付きの獣医からライトには落水によるケガが一切無いと診断されたことがせめてもの救いであった。
牧場に戻るとシェルはライトを厩舎に戻し、ナグリとハルナは翼を作業場へと片付ける。次のレースに参加するには壊れた翼を修理しなければならないのだが、その前にナグリはレース中に言われたハルナの頼みを聞くことにした。
あの状況で出た頼みごとである内容はナグリにもおおよその見当はついていた。
「私の頼みごとって、ある意味ナグリくんの仕事を汚す行為だと思う、だけど私はやっと自由に空を飛べるようになったライトを勝たせてあげたい」
「俺も同じ気持ちです」
この前振りでハルナの頼みごとがナグリの予想通りだと確信する。
「ピットの中で私は足手まといだった」
「そんなことはないですよ、タイムキーパーや情報整理も大事な仕事です」
「でも、それだけじゃ足りない。竜車の件だってそう、オーナーである私がちゃんと用意してなきゃいけなかった」
「ミスは誰でもします。過ぎたことを悔やむのは暇になってからで十分です」
ハルナにはレース中、ナグリが心が折れそうになった所を救ってくれた。なりよりハルナが白いドラゴンの系統を守り続けていなければナグリもシェルもドラゴンダービーに参加するこさえできなかった。
「悔むのは暇になってからか、そうね、今の私たちには悔んでいる時間は無いわ」
ハルナは決意が決まったようでナグリを真っ直ぐと見つめ返してくる。
「オーナーの頼みは翼の事ですね」
「ええ、ナグリくん、私にもワークマンの仕事、翼の交換作業を手伝わせて」
予想通りの頼みであった。
「翼の交換が左右同時にできれば、ピットで差をつけられることはなくなるわ」
「確かにそうですね」
「お願い、ワークマンの仕事が簡単なもんじゃないことはわかってる、でも、でも――」
ハルナがナグリの腕を掴み、自分の想いを訴える。
「ライトに勝たせてあげたの、夢の途中で翼をうしなったサンダーや他の白いドラゴンたちの分まで」
「…………」
二人の視線がまっすぐに交差する。
「……やるからには、手加減しませんよ」
ただでさえライトの使っている翼はハチニー、主流のゴーゴーに比べて整備はとても難しい、ハルナもそのことを承知の上での頼みごとだ。生半可な覚悟ではない。
「あたりまえよ」
「明日から左右同時交換の練習をします」
難しい挑戦であることは間違いない、だが専門の勉強をしたことが無くてもハルナは幼い頃からハチニーの翼を見て育っていたのだ。ナグリはそんなハルナの育った環境に賭けてことにしたのだ。
「よろしくね、先生」
「了解しましたオーナー」
「ナグリくん、シェルちゃんみたいに名前で呼んでほしいな、私が教わる立場なんだから、あと敬語もなしで」
「……了解だハルナ」
「よくできました」
レース場のアイドルミュウにも負けない、かわいい笑顔になった。
予選トライアル第四回戦の会場にライフ牧場チームの姿があった。
壊れた翼の修理やハルナのワークマン修行で時間をとり二回戦、三回戦の予選トライアルは見送っていた。
この第四回戦がライトにとっての二度目のトライアルとなる。
レースの前半は一回目同様にトップと取っていたが、翼交換で遅れ順位をわずかに落とす、しかしナグリとハルナの二人掛りにしたため前回ほどの落ちることは無く上位集団に食らいついていた。
それからレースは九周目、二度の翼交換を終え後半戦に突入、シェルの駆るライフライトニングは4位と高順位をキープし1位を狙える位置につけていた。
「負けられない」
シェルの脳裏に必死で翼の交換をしてくれた二人の姿がよみがえる。
オーナーであるハルナが翼の交換をかってでてくれた。
毎晩遅くまで、両手をボロボロにして頑張ってくれたハルナ、ブローした翼を少ない時間で直してくれたナグリ、そして墜落させたにもかかわらずまた背中に乗せてくれたライト、みなの想いに答える為にもシェルは上位ではなく1位を狙う。
「ナグリとハルナさんの翼を信じる」
スキがあれば追い抜くと、前方のドラゴンの翼の挙動からドライバーの僅かな体の傾きまでつぶさに観察する。
だがそのために、後ろから明らかにオーバースピードで突っ込んできたドラゴンに対しての反応が遅れてしまった。
「うえッ!」
咄嗟の判断で急上昇、尻尾の先端をかすめギリギリの所で衝突を回避できたが、ライトを追い抜いたドラゴンは前方にいたドラゴンと激突してしまう。
二頭はきりもみしながら防風林にぶつかり跳ね飛ばされ完全にコントロールをロスト、その二頭のドラゴンに進路を塞がれたライトは進路が完全に塞がれる。
このまま進めば激突は確実、シェルはハチニーの翼を最大にまで広げて急制動をかけることで乗り切ろうとしたが、避けきれず左翼をぶつけられてしまう。
レバーに鈍い手応えが伝わってきた。
ライトも体制を崩しそうになる。
「落ちてたまるかッ!」
シャルは振り落とされまいと必死でしがみつく。
こんなことで、仲間の努力を無駄にしてたまるかと、崩れた姿勢を安定させようと魔力を流し込んだシェルであったが、接触した左翼の反応はなく、パキリと留め金が外れる音が鳴る。
「そんな――」
左翼が鞍から外れ、ライトは飛行能力を失った。
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