第30話 古いやり方

 わずか二周で6秒も差をつけるとはライトとハチニーの翼がマッチしている証拠だ。

『トップはライフライトニング、完全に逃げの状態で三周目』

 後続の追撃を許さない力強い飛行、隙のないレース運びに見えていた。

『三周目も終わり四周目へ、いまだにトップは大穴のライフライトニング、とんだ番狂わせだよ、ミュウビックリ』

『しかし、ライフ牧場はよくハチニーの翼を使ってきましたね、私も見るのは十年ぶりです』

『白いドラゴンも珍しいけどハチニーもそんなに珍しいんですか?』

『魔力の消費が激しくてドライバーの負担が大きいですからね、決れば早いんですけど』

『早いのにどうして他のチームは使わないの』

 若いレースファンにはハチニーの現物を見るのはこれがはじめての者も多いだろう。ミュウと同じ疑問を持ったはずだ。

『いろいろと欠点もありましたからね、リスクを考えると現行のゴーゴーの方がレースに勝ちやすいんです』

 ゴーゴーの翼よりも整備が難しく壊れやすい、魔力の消費が激しく並のドライバーでは一レースを全力で飛ぶのは難しいなど多数の欠点があり、今の主流はゴーゴーで落ち着いている。

「ライトに疲れは見えないわ」

 ハルナが双眼鏡でライトの表情や発汗から現在の調子を推測する。

 結果は良好、ハチニーの翼を使った疲れも見えない、問題は一切無し。

「翼交換の準備に入ります」

「お願いね」

 全速で飛行するドラゴンの翼は消耗が激しく、とても一対の翼だけでレースを完走するのは不可能、力をセーブして飛べばその限りではないがそれではレースに勝つことができない。

 ダービー予選トライアルではドラゴンがピットに戻れば翼の交換は何回でも認められているが、ベストな交換タイミングはレースの三分の一ずつに当たる四周目と八周目だと長い歴史の中で導き出された解答がある。

『四周目も半分が過ぎました、各ピットは翼交換の準備に入りましたね。トップは信じられないけどライフライトニング、これがきたら万ドラ券確実だよ、買って置けばよかった~!』

『僕は買いましたよ』

『ホントに~!?』

『はい、単騎2千ダートほど』

『2千ダートも、当たれば16万4千ダート!!』

『計算、速いですね』

『お金の計算だからです』

『よろしければ、今晩、王宮前の高級レストランでディナーでもどうですか』

『ごちそうさまです! がんばれライフライトニング、私のディナーのために!!』

 私欲丸出しの実況と解説がレース場に響いた。

『最終コーナー抜けホームストレートに戻ってきた。トップはライフライトニングです』

『ライフライトニングは翼を交換するようですね。四周目が終わりましたから、ほとんどのドラゴンが翼を交換するでしょう』

 最終第四コーナーを独走態勢で抜けライトはライフ牧場のピットスペースに降り立つ。

「ナイスだシェル」

 ナグリは親指を立て、シェルとライトを出迎えた。

「とうぜん」

 シェルも親指を立て答える。

「翼の交換に入るぞ」

 右の翼から取り掛かる、酷使され熱を帯びた翼は人の手で直接触れば火傷をしてしまうため、まずは冷却水を吹きかけ冷やす。

「オーナー、今の内に反対を冷やしてください」

「わかったわ!」

 ナグリは急ぐ。シャルとライトは完璧なレース運びをしてくれた、自分が足を引っ張るわけにはいかないと危機迫る表情だ。

 まだ熱が完全に冷めきらないうちに翼を載せるキャスター付きの台車を下に置き、鞍と翼を繋いでいる魔力回路を停止させて固定金具を外す。

 翼はドラゴンの体から切り離され台車に収まる。

 古い翼をどかし新しい翼が乗った台車を引き寄せる。

「魔力回路始動」

 今度は外した時の逆の手順で取りつけていく、魔力による疑似神経を繋ぎ鞍の固定金具をしめる。ミス一つない迅速な手捌き。

「あと一つ!」

 半分の翼の交換が終わった。

 ナグリは左側に回りこみ右同様に翼の交換に取り掛かるが。

『おっと、一番で翼の交換を終えたのはマグマフェニックスだ』

 ナグリの手が実況を聞いて止まってしまった。

「くっそ!」

 実況にウソはなく、赤いドラゴンがピットから飛び立つ、その後にも青や茶色いドラゴンも続々と続いていく。

「ナグリ」

「わかってる!!」

 ライトの上からシェルが叫ぶ、ナグリも急がなければいけないのは分かっている。だがここで急いで雑にやれば最悪レース中に翼が外れてしまうかもしれない。

「すぐに終わらす」

「急いで」

 新人のナグリの交換スピードは一流スタッフと遜色ない、いや調整の難しいハチニーの翼を扱ってゴーゴーと変わらない速度で作業する様はハチニーに関してだけは一流を超えているかもしれない。

 だが他のチームは左右の翼を同時に交換しているため、どうしても交換時間が他のチームの倍掛ってしまった。

「できたぞ」

「ライト、行くわよ」

 ライトがコースに戻った時には大きく順位を落としていた。

 中位集団の後方。

『ピットインまでトップ独走だったライフライトニングが大きく後退して現在8位、いったいどうしたのよ。私のディナーどうしてくれるのよ!』

『どうやらライフ牧場チームは、翼の交換を片方ずつ丁寧におこなったようですね。ハチニーの翼といい、どこまで古いやり方が好きなチームですね』

『他のすべてのチームは左右の翼を同時に交換しているのに、そんな昔のやり方でやったら倍の時間かかるのは当たり前だよ~』

 白いドラゴンは中位集団に囲まれながら第一コーナーへ飛び込んでいった。

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