第20話 不安と衝突

「それにしても楽しそうに歌っていたわね」

「もう、勘弁してください」

 ハルナがチラリと隠れているシェルを見てからナグリに一つの質問をした。

「翼が壊れたのにどうしてそんなにご機嫌なの?」

 シェルの心臓がドクンと脈打った。シェルには絶対に聞けない質問をハルナが代わりにしてくれたようだ。

「俺が機嫌が悪いと思ってました」

「普通に考えればそうならないかしら?」

 時間をかけて作りあげた物が壊された。普通なら機嫌が悪くなって当たり前ではないか、シェルだってどれだけ時間と情熱を注いであの翼を作り上げたかを知っているのだ。

 機嫌が悪くなって当然、怒って当然だろう。しかし。

「俺は今、すごい喜んでるんですよ」

 ナグリの答えは違っていた。

「翼が壊れたのに?」

「ミスで壊されたんなら機嫌が悪くなったかもしれないけど、この翼が壊れた原因はドライバーのミスじゃない、翼の強度がシェルの魔力に耐えられなかったからです」

 壊れた部分に手をかけるナグリ、内側から捲り上げられたように歪んだフレーム。ナグリは平均的なドライバーの魔力出力を参考に翼のセッティングを施していた。しかしシェルの魔力はドライバーの平均値を大きく上回っていたのだ。

「完全に俺の計算違い、今回誰がミスをしたかと言えばそれは俺自身です。アイツなら完璧にハチニーをコントロールできる。そう核心させられる壊れ方だ。ハチニーのドライバーとしてシェルは理想的です」

 その顔はやる気に燃えていた。

 作業に戻るナグリ、しばらくすれば無意識なのだろうまたさっきの歌を口ずさみだした。ナグリは機嫌が悪いどころか超がつくほどのご機嫌。

 入口から様子を伺っていたシェルにハルナが片目をつぶって親指を立てた。



 作業場でナグリの歌を聞いてから三日目の朝に翼の修理は完了した。前回の失敗を踏まえ魔力回路周辺の大幅な設定変更を施したらしい。

「準備はいいか?」

 翼のセッティングを終えたナグリが騎乗のシェルへ問いかける。

「問題ないわ」

 やや緊張した面持ちで固い返答をするシェル、まだ涼しさの残る早朝だというのにシェルは額に大粒の汗をかいていた。

 今度こそ失敗できないという気迫が体を発汗させているのだ。今度こそナグリの期待に答えてみせると。

「ライトも問題ないわね」

 ハルナがライトの調子を確認する。

 ライトもやる気に満ちた瞳で空を睨みつけていた。飛ぶ気迫は十分伝わってくる。前回の爆発で翼に対する恐怖心がついていなかったことに胸をなでおろす一同。

「最終点検よし、問題なし」

 ナグリが工具を腰のベルトに戻す。

 シェルは額の汗を拭うと丁寧にレベーを握りこんだ。全身の空気を吐き出すような深い深呼吸を数回して飛行態勢をとる。

「ウィング・オープン」

 レバーを握る手が震えている。

 脳裏には過去に洛水した時の記憶が蘇りシェルに恐怖を投げてくる。また翼を壊してしまったら、ナグリは怒っていない、それは分かっていても自分に付けられたドボンクイーンというあだ名が不安を掻き立てる。

 レバーを放したくなる衝動を必死にこらえた。逃げるわけにはいかない、これは自分の自分たちの夢なのだから、今度こそ自分の魔力を完全に制御してみせると股に力をいれ体をライトに固定する。

「いくよライト」

 声が震えていた。

 もう翼を壊すわけにはいかない、ナグリやハルナが許してくれてもシェルが自分を許せなくなりそうだから、次に壊れれば練習日程を考えてもドラゴンダービーの予選出場も危うくなる。

 ドラゴンダービーに出場できるのは生まれて二年目のドラゴンだけ、この機会を逃せばライフライトニングは一生出場資格を失う。

「ス、スタート・ユア・ウィング」

 慎重に丁寧にシェルはレバーを通して翼に魔力を流し込む。緊張で研ぎ澄まされた精神は今まで一番の魔力制御をさせてくれた。手応えでわかるこの制御力ならもうブルードラゴンのフランに乗ったとしても翼をオーバーフローさせずにすむ。

 これなら前回のように爆発することもない。

 翼は白い優しい輝きを放ちはじめた。

「ふざけるなよシェル!!」

 飛び立つ瞬間、ナグリの怒りを含んだ声に待ったをかけた。

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