第19話 陽気で恥ずかしい歌
「はぁ~…………また、やちゃった」
太陽が完全に沈んだ夜、シェルはライトの厩舎で膝を抱えうずくまっていた。
「はぁ~~」
口から大きなため息ばかりがこぼれる。
昨晩、ライトの初飛行になるはずだったのに、それはかなわなかった。
全てが完璧に進んでいたはずなのに、飛び立つ瞬間、ナグリの作った翼は左右両方とも弾け飛んでしまったのだ。
「はぁ~~~~」
先ほどよりも大きなため息、ライトが慰めるように長い舌でシェルの頬をなめるが、まったく効果はなく、シェルの心はどんよりと曇ったまま。
ライフ牧場に住み始めてからはため息は一度もついていなかったシェルだが、今日は盛大なため息をついている。練習場でドボンクイーンと言われていたころに戻ったようだ。
「ごめんね、飛ばせてあげられるはずだったのに」
ライトの顎を撫でながら謝る。
「なんでうまくいかないんだろ」
ナグリやハルナに謝りに行かねばならないのだが、なかなかその勇気が持てず、ライトの愚痴をこぼしていた。
厩舎の窓から作業場を伺えば、昨日と同じく明かりが灯っていた。今頃はナグリがシェルの壊した翼の修理をしているのだろう。
シェルが厩舎でうじうじしていると、作業場に向かう人影があった。バスケットとリュートを持ったハルナである。
「ハルナさん、夜食は分かるけど、あのリュートはなんだろう?」
謝らなければならない二人が一箇所に集まっている。今が謝り時かもしれない、このまま引き伸ばしても罪悪感は消えないのだから。
「よし!」
頬を叩いて気合を入れるとシェルは作業場へと赴く。もう一度チャンスをもらうために。
シャルが到着してみれば作業場の入り口は扉が開いたままになっていた。
「ハルナさんが閉め忘れたのかな?」
中から作業音が聞こえているためナグリがいることは確かなようだ。
「あれ、これって歌」
そして作業音に混じって、歌声も聞こえてきた。
「この声、ナグリよね」
お世辞でもうまいとは言えない歌、でも翼を壊され機嫌が悪いはずのナグリにしては陽気な歌声だ。開いている扉からこっそりと中を覗いてみると。
『~歴史に刻んだその名まえ~~幻なんて~言わせない~~』
怒りの表情など一切ないナグリが、機嫌良く歌いながら壊れた翼を修理していた。
『~共に夢みたウィニングロード~~駆ける勇姿を見るまでは~~』
中に入ったはずのハルナの姿を探すと壁に背中を預けナグリの歌を聴いていた。隣のテーブルには開かれていないバスケットが置かれている。昨日話していた通り、ナグリの作業の区切りがつくまで待っているつもりなのだろう。
ナグリは本当に周りには意識がいっていないようで、ハルナの存在にまったく気が付いていない様子。
『~俺の腕は止まらない~~この翼を~あの空に届けるまで~~』
それにしてもナグリは嬉しそうに歌い作業している。どうして機嫌いいかは分からないが、ここでシェルが入っていき気分を害するのは悪い気がした。
『~スタート・ユア・ウィング~~スタート・ユア・ウィング~~』
シェルは壁によりかかっていたハルナと目が合う。なんとも気まずく腰が引けてしまった。そんなシェルの行動に苦笑いしたハルナは横に置かれていたリュートを手に取った。
「あ、歌が最初に戻った」
歌が終わりリピートするナグリ、するとハルナが歌に合わせてリュートを奏ではじめた。
ナグリはさらに気持ちよく歌い続ける。握る工具をまるでドラムのスッティックのように操りながら、作業のペースも上がったようだ。
リュートと工具の音があわさり、作業場が小さなコンサートホールのように変化する。
しかし、それでもナグリはハルナの存在に。
「気が付いてない、すごい集中力――」
シェルはそのまま作業場に入ることなく、ナグリの歌に耳を傾けた。
『~ドラゴンダービー~~竜と翼の物語り~~』
一区切り解いたのかナグリの手が止まる。
「ふ~~」
作業が終わると同時に歌も終わった。合わせてリュート一緒に止まり作業場にはリュートの弦の余韻だけが微かに残った。
「ウオ!? いたのか!」
「毎回同じ反応ね」
リュートの弦を弾きながらハルナはクスクスと笑った。
「もしかして聞いてたのか」
「聞いていたもなにも、一緒に演奏までしていたじゃない」
「うお~~!!」
聞かれているとは思っていなかったのだろうナグリは頭を抱えうずくまってしまった。だがハルナがリュートを用意している時点で彼女がナグリの歌を知ったのは今日が最初ではないはずだ。
「気持ちのいい歌声だったわよ、うまくなかったけど」
「やめてください」
ナグリは顔どころか、つむじのてっぺんまで真っ赤にして恥かしたを表現した。
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