第17話 牧場の夜
「……すごい」
熱波の中、中央に鎮座する鉄色の翼とそのまわりに浮かぶ大小さまざまな魔方陣。
魔法陣はナグリの動かす手やハンマーに呼応をして輝きや位置を変え、翼の魔力回路に術式が組み込まれていく。
その輝き一つ一つが空を飛ぶために必要なモノであり、シャルたちの夢を実現へと進める時計の歯車だ。
「よし、仕上げだ」
最後の魔法陣を刻み込む、機械の翼に命の鼓動を。
魔方陣が高速で回転をはじめ、魔力のイナズマがほとばしり翼へ吸収されていく、発生した全てのイナズマが吸収された時、鉄の翼が竜の翼へと進化を遂げていた。
魔方陣の輝きが消え、作業場が静寂に包まれた。
「かんせいだ」
ナグリがゆっくり立ち上がる。
「完成したぞー!!」
両腕を突き上げ歓声をあげる。いつものとキャラが違う。いつもは大人ぶって冷静な口調で喋っているのに、こんな子供みたいな一面もあったようだ。
「おめでとう」
シェルがナグリに話しかけると。
「ウオッ~!? い、いたんですか!」
驚きのあまりナグリは尻餅をついた。
「今日は早かったわね気が付くの、今までで最短記録じゃない」
ハルナがもってきたバスケットを備え付けの低い棚の上に置いた。
夜食を持ってきてからナグリがそれに気付くまで、いつもは平均で1、2時間はかかったらしい。
「毎晩、一時間以上も待っていたんですか!」
「まあね」
ハルナが楽しそうに答える。
ナグリは服に付いた誇りをはらい背筋を伸ばした。もともと汚れていた作業着はこの一週間でさらにひどいことになっていた。それだけ没頭した証拠だろう。
「ナグリ、翼って完成したんだよね、もう飛べるの?」
一息ついたところで、我慢ができなくなったシェルが問い、今すぐ飛びたいと強く訴える。
このハチニーの翼を前にシェルは自身の内から湧き上がってくる想いを抑えることはできなくなっていた。
「もう外は真っ暗だぞ」
「夜中だからね星がきれいよ、でもドラゴンの翼の方がもっときれい」
それがどうしたといわんばかりにナグリへと詰め寄る。シェルにとって夜の闇など白いドラゴンを引きたてる背景にすぎない。
「明日まで待てそうにないな」
「うん、待てない!」
「ライトの体調は?」
「問題を探すほうが難しい絶好調よ!」
これ以上踏み出せなくなるまで接近したシェルの顔はナグリの顔に急接近。
「まあ、白バカなら当たり前だな、オーナーの意見は?」
顔を赤くしたナグリは、シェルから視線を逸らすようにハルナに伺いをたてた。
「止める理由はないわね、白いドラゴンを飛ばすことは十年前からの私の夢だもの」
「オーナーそれは少し違います。今は私たちの夢ですから」
ハルナの夢は白バカ同盟の夢。
「そうだね、今は私たちの夢だね」
ハルナは笑って訂正した。
「そうと決まればすぐに動こう、シェルはライトに鞍を付けといてくれ」
「ラジャー」
シェルが作業場を飛び出していく。ナグリは翼を外に運び出すための台車に載せた。
「初飛行は真夜中、星空の下なんて白いドラゴンにはよく似合そうだな」
「けっきょく、ナグリくんもすぐに飛ばしたかったのね」
『白バカなら当たり前』
ナグリとハルナの声が重なった。
「だよね」
「ですね」
一刻も早く飛んでいるライフライトニングの姿を見たい、それは白バカ同盟にとって抑えられる欲求ではなかった。
星空一面の夜ではあるが今日はこれからが本番。
厩舎よりライトに鞍をつけたシェルがやってくる。シェルの早く気持ちが伝播したのかライトも同じように目を輝かせていた。これから自分が飛べることがわかっているように。
「シェル、ライトを翼の前に座らせてくれ」
「任せて」
ナグリの指示を聞いたシェルはライトの首を一撫でするだけ指定の場所に座らせてみせた。見事な竜使いである。
「すごいな」
ナグリは通っていた専門学校で本物のドラゴンに翼を取り付ける自習は何度も経験していたが、こんなに素直に翼の前にドラゴンを座らせられるのは、教師の中にもできる人はほとんどいなかった。それは教師がヘタなわけではない、教師の殆どが引退したドライバーたちだったのだから。
「何が?」
自分のしでかした事を理解していない天然ドライバーがナグリに驚いている理由を訪ねてきた。
「気にするな、シェルがライトの専属ドライバーでよかったって実感していただけだ」
「な、なんで急に褒めるのよ」
顔を赤くしたシェルが鞍から落ちそうになった。鞍にしがみつきなんとか落ちないように踏ん張っていたのに。
「翼を付けるから一旦降りてくれ」
ナグリが無情の言葉を投げかけた。
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