第16話 口に入れて一流

 ナグリが作業をはじめて一週間目の夜。

 一日のトレーニングを終えたシェルはもう習慣になっているライトの唾液処理をしていた。

 運動後には頬の奥に貯まることの多いドラゴンの唾液は引火性が強く、放っておくとため息で火を吐いてしまうことがある。

 この唾液は灯油代わりとしても使えるので樽に集めて保存をしておく。ライト一頭では売るほどの量は取れないが、お金がないライフ牧場にとって貴重な光源であり節約生活の助けになっていた。

「はいライト、大きく口をあけて、あ~~ん」

 シェルが先に口を開き、それにならってライトも口をあけた。

「よくできました」

 ドラゴン唾液専用魔力式掃除機のホースを口の中に入れる。

「あれ、奥歯の間に何か挟まってる。とってあげるから、もう少し口をひらいていてね」

 鋭い牙の並ぶ口が大きく開き、シェルためらうことなく上半身ごとライトの口に入った。

 こうしなければ奥歯に手が届かないのだが、知らない人が見ればまるでドラゴンに丸呑みにされているように見えるだろう。

「ちょっとライト、いたずらしないの!」

 長い舌がシェルの体にまとわりついてくる。

「こら、やめなさい!」

 ドラゴンドライバーはドラゴンの口の中に入れて一人前、という言葉がある。

 鋭い牙をもつドラゴンの口は人間なら誰しも恐怖を覚えるもの、トップクラスのドライバーでも慣れていないドラゴンの口に入るのはためらうのに、シェルはそれを出会ったその日に恐怖などみじんも無い笑顔で入っていた。

 他のドライバーからすれば信じられない行為だが、ナグリに言わせれば白バカなら当たり前らしい。

「ふ~、やっと取れた」

 じゃれついてくる長い舌を押しのけようやく外の出れたシェルの上半身は大雨に遭遇でもしたかのようにずぶ濡れになっていた。

「もう、ベトベトになっちゃったじゃない」

 引火性の強い唾液のためすぐに着ていたシャツを脱ぐと、タオルで体を拭い予備のシャツへと着替える。

「予備を要しておいてよかった」

 初日に唾液まみれにされた時は着替えはなくハルナに取ってきてもらったが、一週間も経てば教訓を踏まえ着替えを用意するようになる。

 脱いだシャツを水洗いするために厩舎を出ると作業場からもれる明かりが見えた。

「今日も遅くまで頑張ってるね、ナグリはいったいいつ寝てるんだろ」

 この牧場に引っ越してきてからシェルはナグリが割り当てられた部屋に帰るところを殆ど見たことがなかった。

「作業場にずっと泊まり込んでいるみたいね」

 考えにふけっていると突然後ろから回答がきた。

「ハルナさん!」

 独り言に答えが返ってくるとは思っていなかったらシェルは驚くが、ハルナはいつも通りのマイペースでナグリの生活状況を教えてくれた。

「御苦労さまシェルちゃん、またライトに濡らされたの」

 夜のためかハルナの服装はふわりとしたゆったりめの服とスカート姿で手にはピクニック用のバスケットを持っていた。

「ライトとの調子はどう?」

 ハルナが持ってきたタオルを受け取り、濡れた髪を拭きながら絶好調と答える。

「もうバッチリです。鞍にもなれてくれましたし、私の指示をよく聞いてくれて翼が完成すればすぐにも飛んでみせますよ」

 いままでにない手ごたえだとシェルは自信に満ちた報告ができた。過去に騎乗してきたドラゴンの中で間違いなくナンバーワンの相性の良さだと自負できる。

「早く完成しないかな」

「昨日、夜食を差し入れしたとき、もうすぐ完成って言ってたわよ」

「それは楽しみですって、ハルナさん夜食を差し入れてたんですか!?」

 手のバスケットがその夜食なのか。

「ナグリくんは放っておくと一日なにも食べずに作業してるから」

「ああ、そんなイメージありますね」

 ずっと翼に掛りっきりで動かないナグリの姿が用意に想像できた。

「最初は邪魔しちゃ悪いかなとも思ったんだけど、あまりにも寝ないし食べないから、最近は無理やり休ませているわ」

 シェルとナグリがこの牧場に住みだしてから一週間、シェルの知らないところでナグリとハルナは随分と仲良くなっていたようだ。

「今日もこれから夜食を届けにいくけど、一緒にいく」

「行きます!!」

 翼の完成が気になったシェルは、あくまでも、翼の完成が気になったシェルはハルナと一緒に作業場に向かう。



 作業場の前にやってきた二人。ハルナはためらうことなく扉をあけた。

「ちょっとハルナさん、ナグリは作業中なんだから、確認を取ってからの方が」

「防音結界があるから、ノックもしても聞こえないわよ」

「あ、そっか」

 結界のことを完全に忘れていた。作業音でドラゴンにストレスを与えないよう張られた防音結界は中だけでなく外の音も完全に遮断してしまう。

「それに多分、結界が無くてもノック程度じゃ気がつかないわよ」

「気付かない?」

 意味がわからず首を傾げる。

「すぐにわかるわ」

 作業場へ入ると中は熱気が篭っていた。真夏の海岸のような熱い空気がシェルたちを出迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る