第14話 ウィングショップ
ナグリが翼の点検を始めてから三日、ようやく必要な物のリストが完成、空は澄み切った青空であり絶好の買い物日和、ライフ牧場は総出で買い出しへと出発。
初めから買うものが大量だとわかっていたので一頭引きの竜車を一台レンタルした。
手綱をナグリが操り、女性二人は荷台で揺られる。
シェルは竜車にゆられながらリストを眺め、購入する物の多さにめまいを覚えていた。すべて購入するとなると、シェルの一年分の生活費を軽く上回っているのだ。
「こんなにたくさん買えるんですか?」
牧場経営が心配になったシェルは、聞き辛いが尋ねずにはいられなかった。
「正直きついかな。でもこれはライトが空を飛ぶためだから」
生活よりも白いドラゴン、今夜からは0ダート料理の腕が余すことなく振るわれるだろう。
オーナーハルナもまた、白バカであるのだ。
「前から目をつけていた店があるんですが」
竜車の手綱を握っているナグリが提案する。
「今回の買い物は翼関係がメインだから、ナグリくんに全部任せるわ」
「了解、任されました」
ナグリは竜車を王城方へと続く大通りへ向けた。この道はシェルが竜車に載せられていたライトを見つけ、走った大通り。あの時は朝早く店のほとんどが閉まっていたが、お昼近い今は店の前に品物が並べられ、活気の良い声が飛び交っている。
北の大通りを抜け王城のある中央区へ、ここは大きな堀と壁に囲まれた地区。よそから来た者は、この中央区に入るのに手続きが必要なのではと貴族街を思わせる立派な作りをしているが、特にそのようなことはなく、堀に桟橋がかかっているときは自由に出入りできる。
訪れた中央区は身なりの整った住民は多いが、作業着を着たナグリがいても咎める者はいない穏やかな雰囲気でこの国の国風を表していた。
ナグリは翼の看板を掲げる大きなウィンドウがある店の前で竜車を止めた。
透明感のあるウィンドウの中には大小様々な翼が陳列していた。
「今はこんな店があるのね」
「ハルナさん、セリフが年寄りくさいよ」
「ウチの牧場がレースに参加していたのは十年前だから」
「十代ですよねハルナさん」
「もちろんそうよ」
さも心外だと言わんばかりのハルナ。会話に加わらないナグリは店の前の竜車専用の駐車スペースに竜車を引いていた二足竜アギを繋いだ。
店内にはレース関係者と思われる客がそれなりに入っており、翼に使われている特殊なオイルの匂いが鼻を突く。
「どれも、ウチにあったものよりも太くて重そうね」
展示されている翼は、ナグリが修復しようとしているハチニーの翼に比べると太いものばかり、シェルが練習場で使っていた物と同サイズだ。
「ここに並んでいるのは全部、ゴーゴーの翼ですね」
ハルナがタグを見て確認する。
「ハチニーは置いてないよね、やっぱり」
「ここ以外のウィングショップでも見たことないぞ」
シェルが店内を見てまわるがそれらしき物は一つもなかった。それなりにウィングショップのサーチをしているナグリも店頭品でハチニーは見たことがないらしい。
「それじゃハチニーの翼はパーツも扱ってないじゃない?」
「この店は部品の品揃いは王国屈指で、どんなパーツでも対応してくれる」
「お客さん、ハチニーとはえらく古いものを探していますね」
店の奥からメガネをかけた痩せ型の中年男性が姿を現した。整った服装や店に馴染んだ雰囲気から店長だとわかる。
「若いのに骨董の趣味でもお有ですか?」
「いえ、実戦用の物を探しています」
「ハチニーを実戦で……」
驚いた顔をするメガネ店長、また店内にいるすべての客が一斉に振り返り、そして爆笑された。
「何がおかしいのよ!!」
「よせ!」
食ってかかろうとするシェルをナグリが羽交い絞めにして止めた。
「ナグリ!?」
シェルの目が何で止めるのと訴える。
「シェルちゃん抑えて、ここで騒いでも意味はないわ」
ハルナにもさとされて、しかたなくシェルは怒りを腹の底に飲み込んだ。
「笑いたい奴には笑わしておけ」
「ナグリ、でも」
「現段階では俺たちが何を言っても笑話しにしかならない」
どこまでも冷静なウィングワークマン。もしもここでつかみ合いの喧嘩にでもなれば白いドラゴンの評判がさらに悪くなり、レースの出場停止にもなるかもしれない。
シェルはグッと唇をかみしめる。
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