第12話 作業場とハチニー

 シェルはハラハラしながら二人のやり取りを見守る。できることならシェルもハチニーの翼で飛びたいと思っていた。

 ハチニーという響きにシェルの心臓の鼓動を早くさせる力がある。

 ハチニーは古い、時代遅れの翼、白いドラゴンと一緒に昔話になった骨董品。シェルが知る限りドライバー仲間にハチニーに乗りたい者などいない。

 でもシェルはハチニーの翼に乗りたかった。あのライフサンダーと同じ翼に、最強と言われた無敗の白と同じ翼に。

 期待と不安が入り混じりハルナの返事を待つ。

 入ったばかりの新人が牧場主に意見するのは稀のことだが。

「ええ、私もハチニーでお願いしようと思っていたから、ナグリくんにお任せします」

「ありがとうございます」

 互いに目指すものが同じなら、やり方を新人に任せることもある。

「ハチニーはゴーゴーと違って魔力の消費が多くて負担がでかいが、大丈夫か」

 牧場主からOKが出たので今度はドライバーに話が振られた。

 シェルに中で不安が渦巻いていた。ドボンクイーンと名だなまで付けられた翼壊しの常習者。だが、あのライフサンダーの翼を見て挑む前から弱腰になっていた自分に活を入れる。やっと夢への入り口に立てたのだ。立ち止まってなどいられない。

「望むところよ!!」

 シェルの瞳に炎が宿る。

 これだけの理想の環境が整ったのだ心も体も最高潮、魔力を完全にコントロールできればもう翼を壊すことは無いはずだ。

「私はハチニーの翼の白いドラゴンに憧れてドライバーになったのよ、ゴーゴーでいくなんていったらぶん殴ってたわ」

「結構、もう変更はできないからな」

「誰が変更なんてするもんですか」

 シェルとナグリの拳と拳が合わさった。

 決戦を前にした戦友のように、白バカ同盟が正式に発足される。

「仲がいいですね」

 翼の前で燃える二人に取り残された感じなったハルナが少し羨ましそうに呟いた。

「この翼はすぐに使えるの?」

「いや、さすがに十年近く整備されていないんだ、分解して総点検しないと」

「そっか、残念」

 分解、総点検となると一日にやそこらで終わるモノではない、だが一から組み立てるよりもはるかに速いだろう。しばらくの我慢だ。

「それじゃ、ナグリくんはさっそく作業をはじめてくれる、と言いたいけど、さすがに先に掃除しないと細かい作業はできないでしょ」

「そうですね」

 十年間放置された開かずの倉庫。

 以前は翼のメンテナンスルームとしても使われていたらしいので、掃除さえ終われば今度こそナグリは作業に取り掛かれるだろう。

 汚れてもいい清掃用の作業着に着替えた三人、髪の長い女性陣はさらに埃が絡みつかないようにアップにしてまとめている。

「気合を入れていくわよ」

 ハルナの音頭のもと清掃が開始された。

 掃除を進めると過去に使われていた翼のメンテナンス関係の道具や翼のパーツなどが多く埃の中から出土した。

「ナグリくん、使える物と使えない物の仕分けをお願い」

「了解です」

 出てくる道具などは、古くても駆け出しのナグリが愛用している物よりグレードが数段上の物が多かった。

「すごい、一流の工具がこんなに」

「そりゃ今でこそ廃れていますが、おじい様の頃はD1を制したドラゴンを有した牧場ですからね」

「壁にも防音結界がはられていますし、掃除さえ終われば最高の環境ですよ」

 大変な掃除のはずなのにどこか楽しい雰囲気に包まれていた。


 丸一日を費やして完了した掃除、ナグリはようやく翼の前に腰を下ろせた。

 十年近く手付かずの状態で置かれていた翼をチェックしていく。

「やっぱり伝達神経は全部交換しないと駄目だな」

 フレームを外し内臓されている魔法系回路を調べると経年劣化によりデリケートなパーツの殆どが死んでいた。

「やっぱりそうだよね」

 ハルナが深く肩を落とした。ある物を使うにしても失費は発生する。

「それと、翼表面の幕も交換が必要だな」

 落ち込んでいても仕方がないと意識を入替えハルナはナグリが必要だという物をメモに取り補充リストを作っていく。

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