第11話 過去からの翼

 専属の竜翼技師ウィングワークマンとなったナグリは早速作業に取り掛かる。ドラゴンがいてドライバーがいる。あとは翼さえあれば空を飛ぶことができる。

「ハルナオーナーの意見をきかせてもらえますか」

 翼を準備するにあたって最初にして最大の選択肢をナグリはハルナに尋ねる。それはこれからのチームの運営方針にもかかわる問題。ドラゴンの翼をどうやって手に入れるか。

「買うか、作るか?」

 ワークマンとしてナグリが提示できる方法は主に二つ、それぞれにメリットとデメリットがある。

 一つ目はウィングショップに行って新しい翼を購入する方法。これは、買うだけなので簡単なセッティングだけですぐに飛べるようになるが、当然、購入費もかかる。レーシングドラゴン用の翼は安いものではない、収入がほとんどないライフ牧場では経済的に苦しいだろう。

 二つ目は部品を集めてナグリが組み立てる方法。練習場に行けば廃材を分けてもらうことができるので、廃材を集め足りない部品だけを購入すれば安くできる、が製作には時間がかかってしまい、シェルの練習時間を奪うことになる。

「ん~、新しい翼を買った方が時間も短縮になっていいのだろうけど」

 ダービートライアルが始まるのは約一カ月後、シェルとライフライトニングの練習を考えれば時間を掛けるわけにはいかない。

「シェルちゃんは希望とかある?」

「え、えっと、ハルナさんの意見に任せます」

 シェルは唐突に話を振られて戸惑ってしまった。短い期間で翼を三つも壊してしまった経歴を持つドライバーとしては話しに加わりにくい話題である。

「私の意見か、私が使いたい翼は特殊だからウィングショップには売ってないと思うわ」

「オーナーそれって」

 ハルナが考えている特殊な翼にナグリには心当たりがあったようだ。

「ナグリくん、第三の選択として古い翼の修理ってできないかな?」

「残っているんですかハチニーが!?」

 このライフ牧場に残っている翼、それはかつてのホワイトドラゴンが使っていた翼に他ならないだろう。

「十年前のままだから、使えるかどうかは分からないけど」

「見せてください」

 三人は事務所の裏手にある古くてボロボロな倉庫へとやってくる。

 倉庫のカギはしばらく使われていなかったらしく赤くサビ付いていた。ハルナの力では開けられなくなっていたのでナグリが変わりようやく開けられた。

カギがサビているのなら当然扉もサビていた。

「せーの!」

 左右から取っ手を掴んだシェルとナグリの全力でやっと解放される。

 倉庫の中からは漂ってくる淀んだ空気がナグリたちの鼻の粘膜を刺激してきた。

「オーナー、掃除はしてなかったんですね」

「あはは、ごめんね。一人だとなんか近づけなくて」

「いいですよ、翼は専門の勉強をしないと触りづらいですから」

 食堂やシェルたちが泊まった部屋はキレイに掃除されていたのに、この倉庫だけはレースをやめた時からあまり触られていないようだった。笑ってごまかすハルナ、几帳面な彼女が手入れのできなかった倉庫。

 シェルとナグリは何となくだが理由を察した。取りつける当ても無い翼を見るのはオーナーとして辛かったのだろう。

「ここに入るのは久しぶりだな~」

 濁った空気の中をハルナは表情一つ変えることなく入っていく。

 倉庫の中は竜車が一台収まるくらいの広さがあり、その中央には茶色に変色した布のかかった山が鎮座していた。

「これが……」

「サンダーが使っていた、ハチニーの翼よ」

 ナグリは布に手を掛ける。

 触っただけで埃が舞ったが、気にすることなくそのまま一気に布を剥ぎ取った。

 倉庫中に埃が舞う。余りの量にシェルは咽てしまった。だが目だけは閉じなかった、扉から差し込む明かりが埃の中から一対の翼が姿を浮かび上がらせたからだ。

ここで目を閉じては白バカだと名乗れない。

ここには白いドラゴンと共に空を飛んだ翼があるのだから。

「細い、これが、あのライフサンダーが使っていた翼」

 ホワイトドラゴンに合わせて作られた翼はフレームのすべてが真っ白。

「間違いない、今じゃ時代遅れと言われている魔法比率8対科学比率2の翼、正真正銘のハチニーだ」

 今の主流は魔法比率5対科学比率5の通称ゴーゴーの翼、シェルが練習場で壊した翼もゴーゴーであった。

 ゴーゴーの翼を例えるなら格闘家の剛腕である。それに対してハチニーの翼は令嬢の細腕のように華奢な印象だ。現行の翼の殆どがゴーゴーである。

 勝つならゴーゴーを使え、ワークマンの間では当たり前のように語られていた。

 しかしナグリは違った。

「ハルナオーナー、ライフライトニングにはハチニーの翼でいこうと思うんですが」

 ワークマンであるナグリが、オーナーであるハルナに自分の希望を伝える。

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