第10話 目指すべき目標
「二人とも拍手ありがとう。昨日の段階でいろいろわかったから、私の自己紹介をするね。私はハルナ・トキ。このライフ牧場の三代目の牧場主でライフライトニングのオーナーでもあります。特技はお金の無い牧場経営で身に着けた0ダートで作る節約料理です」
ダートとはこのドラゴダート王国の通貨である。
「正直に話すと、私がドラゴンのオーナーを務めるのは今回が始めてです。シェルちゃんとナグリくんには、たくさんの迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
シェルはオーナーに頭を下げられて急いで姿勢を正す。
「私も専属ドライバーははじめてなんです。精一杯やらせてもらいます」
「俺もまだ専門学校に在籍の身、未熟を言い訳にしないよう力の限り励みます」
「ありがとう」
若きオーナーは地平線から登る太陽のような笑顔で二人を歓迎と感謝をしてくれた。
「さて、正式なレースチームになったところで目標を決めましょうか」
「あ、あの、ハルナさん、ライフライトニングは何才なんですか」
シェルが興奮気味に年齢を聞く、ドラゴンに接し慣れている者なら外見で大よその検討はつけられる。
「今年で二才ですよ」
競争竜にとって二才とは特別な歳。
レーシングドラゴンは生まれてから二年が過ぎると体ができあがりレースへの参加が認められる
「だったら目標は一つしかありませんね、オーナー」
「だよね、ナグリもそう思うよね」
そして二才のドラゴンしか参加できないD1クラスのレースが存在する。
「シェルちゃんもナグリくんも、意識が高くていいわね、ますます気にいちゃった」
ライフライトニングにとって一生に一度しか参加できないレース界でもっとも優勝が難しいと言われるタイトルの一つ。
「決まりね、私たちライフ牧場の目標は――」
若竜最強の称号と言っても過言でない。
「ドラゴンダービーに参加します」
「ハルナさん、参加だけじゃもったいないですよ」
「同感、たった一回しか参加できないだ、最高の結果を目指すべき」
「そうね、ごめんなさい言い間違えたは」
さっそく新入スタッフが牧場主に物言いをつけた。だが牧場主もそれをもっともだと受け入れてくれた。
若さゆえか、この三人の間にはチーム結成当初に見られるよそよそしさなどは無かった。
「私たちはドラゴンダービーへの出場、そして優勝を目指します」
新設チームでのドラゴンダービーの優勝、長い歴史を持つドラゴンダービーでも、それは片手の指で数えるほどしか記録に残っていない偉業。それでも目指さずにはいられない、ドラゴンレースに参加するチームスタッフとして、それは体に血が流れていることと同じぐらい当たり前のことだ。
「乾杯しましょうか」
並べられた三つのグラスに透明な黄色いドリンクが注がれる。
「これはなんですか?」
ナグリがドリンクの香りを嗅ぐとほんのりと甘い香りがした。
「ウチの厩舎の裏にできたハチミツと、近くの農園からハチミツと物々交換したグレープフルーツの果汁を井戸水でわった特製ドリンクよ」
さっそく振る舞われるハルナの特技である0ダートレシピ。
「かんぱ~い」
打ち鳴らされる三つのグラス。ハチミツの甘さとグレープフルーツの酸味のアクセントが舌で転がり体に染み込んでくるようであった。シェルは特性ドリンクを一気にのみほした。
「気合入れて頑張るぞ!」
「レースに参加するにあたっていろいろ準備が必要ですね」
シェルは体すべてを使って、ナグリは静かに熱く、そのやる気を表現した。
目標が明確に決まった三人は、すぐさまレースに専念できる環境を整えるために動き出す。
オーナーであるハルナはライフライトニングをドラゴンダービーの予選トライアルに出走登録をおこない、シェルを専属ドライバーとしてレース委員会に登録をした。
ドライバー契約を結んだシェルは借りていた部屋を引き払う。たった一日で荷物をすべてまとめると、ライフ牧場に引っ越しった。パートナーになるライフライトニングと少しでも一緒にいる時間を増やすためだ。
ナグリはダービーに集中するために通っているウィングワークマン専門学校に長期の欠席届けを提出する。専門学校生でも雇い先が見つかり、それがレース関係の場所であるのなら欠席届けはわりと簡単に受理される。
しかし、学生の内から雇い入れるオーナーは少なく、学生達がレースに参加するには親のコネか足を使って探すしかない。ナグリは文字通り足を使ってワークマンの仕事を手に入れた。
ナグリは実家が国内にあるので部屋を引き払ったりはしないが、シェルと同じく空き部屋をもらい住み込みになることが決定した。
たった一日でライフ牧場の住人が三倍に増えた。
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