第9話 初日の牧場で
「オーナー」
先に笑いやんだナグリがハルナを呼ぶ。
「なんですかナグリ君」
「あの、ホワイトドラゴンの名前は?」
「そう言えば、まだ教えてませんでしたね」
ハルナはゆっくりと太陽を指さした。
「ライフ牧場最後の血統、白き稲妻ライフサンダーの直系、その名は『ライフライトニング』命の閃光です」
「ライフライトニング」
さえぎるモノなど無い太陽の光がライフ牧場に降りそそぐ、ラルフライトニングと命名された若い竜は、太陽の光をふんだんに吸収してその白き存在感をシェルたちに見せつけた。
笑い声を上げていたシェルは疲れが出たのだろう、とてもいい笑顔でいつの間にか眠りについていた。
半分だけ開いていた窓から朝の優しい風が静かに入り込んでくる。
優しい風はシェルの前髪を揺らし、穏やかな目覚めを促してくれた。
「気持ちのいい朝は久しぶりだな~」
思い返せばドライバーのライセンスを習得してすぐにドボンクイーンなどと不名誉なあだ名を付けられて、白いドラゴンに憧れていると話せば同期のドライバーからは時代遅れとバカにされた。
不甲斐なさや悔しさを噛みしめて、眠れない夜が何日も続いていた。
でも、それは昨日までの話だ。シェルは正真正銘の競争竜ライフライトニングの専属ドライバーとなったのだから。
何故か右手が重くて動かないので左手だけで窓を開けると、街の中では感じられない朝露に濡れた草木の香り入り込んできた。
差しこまれる朝日で寝起きの頭が完全に覚醒すると、シェルはあることに気がついた。
「あれ、私の部屋の窓じゃない」
窓だけではなく、寝ていた部屋がシェルの部屋ではなかった。
「ここどこ?」
そもそも昨日はいつ寝たのだ。シェルはベッドに入ったことすら覚えていない。寝起きの頭を揺らし昨日の出来事を呼び起す。
「昨日確か、ホワイトドラゴンのドライバーに認めてもらって……」
まさかそれが夢だったとしたら、幻を追いかけるばかりに、あそこまでリアルな夢を見てしまったと言うのか。
「おはよう」
起き抜けから混乱していたシェルに窓の外から声が掛けられた。
「ハルナさん?」
どうやらここは二階だったらしく、下を覗けば洗濯物干し場になっていて真っ白いシーツを干しているハルナの姿があった。
「よく寝れた? 二人とも牧場で倒れったきり起きないからビックリしたわよ」
ようやくシェルは現状が理解できた。ドライバーと認められた喜びで緊張の糸が切れ意識を失ったことを。どうやらそのまま一晩ライフ牧場に泊まってしまったようだ。
「ん? 二人?」
シェルは動かない右手が何かを握りしめていることに気がついた。
握られていたのはゴツゴツとした大きな手であった。互いに握りしめガッチリと指が結ばれている。
「なんで、あんたがここにいるのよ!?」
一つのベットで並ぶように寝ていたシェルとナグリ。シェルの叫びにナグリも目を覚ました。
「……これは、どういう状況なんだ?」
「いい加減に手を放してよ!!」
朝から爽快な平手の音が牧場に響き渡たった。
ホワイトドラゴン『ライフライトニング』を有するライフ牧場は今日この日から新たなスタートをむかえる。
「ごめんなさい、私はてっきり二人は恋人同士だと思ったから」
牧場に隣接して建てられたラルフ牧場事務所兼住居、シェルたちが寝ていたのはここの二階でかつてはスタッフルームとして使われていたらしい。
ハルナの案内で一階の食堂へ降りてきたシェルとナグリに勘違いだったと謝罪する。
「どうしてそうなるんですか!?」
「俺たちは昨日が初対面です」
「初対面!?」
恋人同士で無いのなら、親しい友人関係で兄弟のように育った幼馴染ではないかとハルナは思っていたらしい。
「でも、ベッドには二人とも自分から入ったんだよ」
「え?」
「専属のドライバーとワークマンを頼んでから少し会話をしていたら眠たそうになったから、今日は家に泊まっていくって声をかけたら二人とも泊まるって答えたの」
「……ぜんぜん覚えてません」
シェルにはドライバーと認められた後の記憶はまったく無かった。
「二階のあの部屋に案内したら、二人とも手をつないだまま入って行って、そのまま同じベッドに」
確かにそんな行動を取れば恋人同士だと勘違いされてもしかたがない。
「その、ごめん」
「……別に気にしていない」
話を聞く限り二人の間にやましいことは無く、ただ叩いた女子と叩かれた男子がいるだけである。赤い手形を頬に作ったナグリにシェルは気まずそうに謝った。
「オホン」
気まずくなった空気をハルナが咳払いで終わらせるとオーナーとしての顔になった。
「いろいろとドタバタしたスタートになりましたが、今日からライフ牧場を再開します」
シェルとナグリも気まずい空気を振り払うように、手を叩き牧場の再開を祝福した。
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