第8話 採用されて

 竜車の上で意気投合する三人の元へやってきたカートスは礼装の内ポケットから檻のカギを取り出とハルナに手渡した。

 ハルナは両手でしっかりと受け取ると鍵穴へと向き直る。

「開けます」

 その一言にどれだけの想いが込められているのか、シェルの心にも力強く響くものがあった、檻の中の白いドラゴンもこれから解放されるのが分かっているのだろう。しっかりと鍵を握るハルナを見つめ返している。

 ゆっくりと鍵穴向かう鍵が近づくにつれ震えだす。

「一緒に開けさせてもらっていいですか?」

 シェルがそっとハルナの手に自身の手を添える。

「俺もいいか」

 ナグリは下から手を支えた。

「ありがとうございます」

 三人で一つのカギを握りしめて差しこみガチャリと重たい音がして錠が外れた。

 カギが無くなったので一人でも開けられるが、シェルたち三人は皆で檻の出口を掴んだ。

「せーの!!」

 三つの声が重なり白いドラゴンが閉じ込められていた檻が解放される。

 白いドラゴンは開けられた檻から首を出しハルナを見た。

「あなたはもう自由なのよ!」

 自身を縛る鎖が無くなったことを理解したのか、ゆっくりと檻から出て牧場へと足を降ろした。一歩、二歩と歩きだす。

 ドラゴンが足踏みをするたびに伝わってくる振動が竜車を揺らした。

「本当に白いドラゴンが歩いてる」

「ああ、歩いてる」

 シェルのこぼした言葉にナグリが答える。

 歩みはしだいの速度をあげて走りへと変わる。

 障害物が一切ない牧場を走り回ったホワイトドラゴンは牧場の中心でとまり、長い首を天へと向かい真っ直ぐにのばすと歓喜の咆哮をあげた。

 肌を叩くような爆音、これこそが本物のドラゴンの咆哮、幻にはこんな咆哮はあげられない。

「白いよね」

 シェルがつぶやき。

「白いな」

 ナグリがつぶやく。

「正真正銘のホワイトドラゴンだよ」

 そしてハルナがそれを肯定した。

 シェルの口から笑いがもれ、ゆっくりと右手を振り上げた。

 ナグリも似たような感じで、ゆっくりと左手を振り上げる。

 そして『パッシーーーン!!』と、クロスカウンターを決めるように互いの頬にその手を振り下ろした。

「ちょ、なにを!?」

 驚くハルナ、なんでいきなり叩き合うのか分からずに慌てた。

「痛い」

「夢じゃない」

 二人は転がるように竜車から牧場の芝生へと落ちた。竜車を追いかけてずっと走り続けて既に足は限界を超えていた、それにクロスカウンターがとどめとなったのだ。

「夢じゃなーーーい!!」

 どこまでも広がる青い空にシェルも咆哮をあげた。

 体は疲れ切っていても心から湧き上がってくる活力は抑えられない。

「なかなか元気な若者たちじゃな」

 そんな二人を見てカートスはヒゲを一撫でして微笑んでいる。

「そうだ!」

 何かを思い出したのか、シェルは慌てて立ち上がろうとしたが膝が動かず前のめりに倒れた。それでも起き上がろうと腕の力だけで上半身を起こす。

「ハルナオーナー」

「はい?」

「そ、その、あのホワイトドラゴンの、ドライバーは決まってますか?」

「いいえ決まっていません、あの子は今日検査が終わったばかりですから」

 検査の結果次第では競争竜としてデビューする前に引退するしかない、そんなドラゴンに乗ってくれるドライバーはいなかった。

「だったら、私が立候補していいですか!?」

 ガクガクの膝を伸ばし、力の入らない足を地面に突き刺すように立ち上がると、シェルは少しの期待と大きな不安が織り交ぜられた視線でハルナを見つめる。

 ナグリもシェルの隣に並ぶように立ち上がった。

「俺もワークマンをやらせてほしい」

 二人の体が傾き倒れそうになるをシェルとナグリは肩を寄せ支え合うように踏ん張った。

 触れ合う肩から伝わってくる体温でシェルは確信する。このナグリと言う少年は間違いなく自分の同類『白バカ』であると。

「カートスさんの釣れたとは、こういう意味でしたか」

 ハルナも竜車を下りシェルたちと目線を同じにする。

「ウチの競争竜はあの子だけです。あの子がレースに勝てないと、まともな給料も出せませんよ、それでもいいですか?」

「かまわない!!」

 即断即決、迷いなど砂の一粒ほどもなくシェルとナグリは言い切った。

「未熟なオーナーですが、こちらこそよろしくお願いします」

 よろしくお願いします。それはつまりドライバーとワークマンとして採用されたということだ。

「ヨッシャーーーッ!!」

 空へと向かい拳を突き上げる白バカ同盟は、バランスを崩して折り重なるように倒れた。

 最初は小さく口元が緩む程度の笑いだったが、抑えが利かなくなり大声で笑いだした。

 どうして笑っているのか当人のシェルたちにもわからない。でも、腹の底から声を出して笑ってしまった。何度もあきらめようとしてあきらめきれなかった夢が、予想もしていなかった所から転がり込んできたのだ。

 もう笑うしかないだろう。

「それじゃワシの用事は終わったの」

「カートスさん、本当にありがとうございました」

「白いドラゴンの活躍を期待しておるぞ」

 ハルナは最後にもう一度カートスにお礼をいい、カートスは激励を残して空になった檻を載せた竜車で下り坂を軽やかに帰っていった。

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