第6話 北へ向かって

 予定がすっぽりと無くなったシェルは王城からのびる石で敷き詰められた大通りを北に向かってとぼとぼと歩いていた。別にダンの占いを信じたわけではない帰り道が北なだけ。

 大陸でもっともドラゴンレースが盛んなドラゴダード王国は、国の作りからしてドラゴンと共存できるように設計されている。この大通りも馬と同等の体格の小型ドラゴンなら横に並んで走れるほど広い。

「ホワイトドラゴン、もういない系統か」

 まだ早朝なため、昼間は賑わっている商店街も今はどの店も閉まっている。人の気配のない商店のガラス窓に肩を落としたシルエットが写る。

「は~」

 朝だと言うのに今日だけで何度ため息をこぼしたか。

「は~」

 もう一回ため息がこぼれる。

 夢だったドラゴンドライバーのライセンスが習得できたと言うのに、シェルの心は広がる青空とは正反対にどんよりと曇っていた。

 ぼんやりと空を眺めていると後から車輪の音とドラゴンの固い爪が石畳を叩く竜蹄の音が複数聞こえてきた。ドラゴダード国の国民ならばこの音だけで二頭引きの竜車であることがわかるだろう。

 振りかえり確認すると予想通り二頭の二足竜アギに引かれた竜車が見えた。

 竜車は人が走った時と同じくらいの速度でシェルを追い抜いていった。

 別に竜車などこの国では珍しくもないので気にすることもないのだが……――。

「ッ!!」

 シェルは喉が詰まるほどに一瞬で胸いっぱいに空気を吸い込むほど驚いた。

 その竜車に載せられていた檻に目を奪われた。

 いや、檻自体は興味を引くものではなかったが、その檻の中にいる競争竜に目を奪われた。

 シェルは自分の目が信じられなかった。

 幻ではないのか、両目を擦り再び竜車を見る。しかし竜車に乗っている存在は霞のように消えることは無かった。

 そこに乗っていたのは、白。白いドラゴンがいたのだ。

「うそでしょ!!」

 気がつけば、竜車を追いかけ走り出していた。躓きそうになっても根性で体を支えて竜車を追いかける。

 静かな大通りに竜車の音はよく響く。

 それを追いかける小さな足音。

 竜車は進む、大通りを北に向かいまっすぐに、乗っているドラゴンを傷つけないためだろうか、シェルが追いかけ始めてから少しだけ速度がゆっくりになったように感じられた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 それでも走って追いかけるのは辛い、シェルの息があがる。でもこの息は先ほどまで吐いていたため息とは違う。

 脇腹が痛くなる。

 乾いたツバが喉に絡みつく。でも止まるわけにはいかない子供の頃から夢見た存在が目の前にいるのだから、だからシェルは走る。

 長い栗色の髪をなびかせながら。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「はぁ、はぁ、はぁ」

 シェルは前ばかり、竜車ばかり見ていたから気が付くのが遅れたが、いつの間にか息遣いが二つになっていた。

 一つはシェルのもの、もう一つは?

 視線だけを動かし息遣いの元を探すとシェルの横を同い年位の少年が並走していた。

 赤茶色の髪に練習場のウィングワークマンのダンと似たようなツナギ、腰には道具ベルトがまかれており、大きなハンマーがカショカショと足の動きに合わせ音を奏でていた。

 少年も荒い息遣いで前を行く竜車を追いかけていた。

 シェルと少年の目が合う。

「な、なに色に、見える?」

 少年はあがった息で、必死に搾り出した言葉でシェルに尋ねてきた。

「しろ」

 何の色とは聞き返さない、この状況で答える色は一つしかないし、シェルも長い言葉は喋る余裕はなかった。

「だよな!」

 少年も短い返事を返し、あとは前方の白を見つめ続ける。シェルは隣で走る少年に自分と同じ匂いを感じた。白い幻を追い求める同類だと。

 道が徐々に上り坂になっていく。

 商店街を通り抜け石で舗装された道が終わり足の下が土へと変わる。それでも竜車は北へと向かい進んでいく。

 大きな柵が目立つようなり、ここから先は牧場が広がっていた。

 もう数十分は走り続けただろうか。

 モモはあがらず着ている服は汗を吸って重くなり肺が限界だと訴えてくる。

 坂道がさらにきつくなり、隣の少年など顎があがり眉間にシワがよっていた。

 それでも二人は足を止めない。

 めまいがはじまる。もしかしたら追いかけている竜車は錯覚ではないかと考えがよぎるが、その竜車から漂ってくる鉄と油を混ぜたようなドラゴンのとくゆう特有の匂いが現実だと教えてくれた。

 前に行くには錯覚などではない。

 あれは幼い頃からの夢だ、シェルは足が折れようとも絶対に走りはやめないと上がらなくなってきた足を叩いて気合いを入れ直す。

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