第4話 ドボンクイーン

 練習場所属のフランを厩舎へと返しシェルはシャワー室で川の水で冷えた体を温める。

 三つ編みにしていた髪を解きスライムのようにベタつくクッションリバーの水を洗い流すと、盛大なため息をついた。

 頭から暖かいシャワーでレースに負けた悔しさを落ち着かせることはできたが、今度は翼を壊しフランを落水させてしまったことによる後悔が襲ってきた。

 シェルの落水は今回が初めてではないのだ、今度こそ落水をしないぞと練習前に誓いを立てていたのにレースで熱くなってしまった結果、また落水。

「今日は一日練習するつもりだったのにな~」

 ドラゴンが空を飛べないのでは練習のしようがない。

 シャワーを終え髪を乾かすと私服に着替える。白いシャツに薄紅色のミニスカートとベスト、シェルがミニスカートを履く理由はカバンに詰めても面積が少ないからでありオシャレの要素で選んだわけではなかった。

 魔法式乾燥機に放り込んであったドライバースーツを取りだすと、重たい足取りで練習場の受付カウンターへと向かう。

「おう、待ってたぜ」

 カウンター手前でシェルを待ち構えていたのは、何度も洗濯して色落ちしたねずみ色のツナギを着たいかつい中年男であった。

「また、盛大に落ちたな」

 中年男の名前はダン。練習場付きの翼技師ウィングワークマンと呼ばれる職人である。腰にぶるさげている工具ベルトには、使い込まれたハンマーやデバイスレンチなど翼の修理や調整に使う道具が収められている。

「ダンさん、翼の具合はどうでした」

「聞かなくても分かってるだろ」

 分かってはいてもシェルは微かな望をかけたのだ。ドライバーのシェルが見たらだめでも専門のウィングワークマンが見れば修復が可能ではないかと。

「全損だぜ、ドボンクイーン」

「ドボンクイーンじゃありません!!」

「今日も派手にドボンと落水したじゃないか」

「今日もって、今季はまだ三回しか落ちてないじゃない!」

「三回も落ちてりゃ十分だよ、この練習場で今季ドラゴンが落水した数は全部で五回、その半分以上をシェルの嬢ちゃんが叩き出しているわけだ、だからドボンクイーン称号は間違いなく獲得してるぜ」

「くッ」

 二回目は言いかえすことができなかった。

「明日、別の翼を借りれますか?」

「無理言うなよ、もうすぐドラゴンダービーの予選トライアルが始まるんだぜ、予約は二週間先まで一杯だぞ、予備もお前さんが壊してくれたおかげで無くなったしな」

「私もダービーに出るつもりだけど」

「騎乗のオファーがきたのか!?」

 ドライバーライセンスを持つドライバーなら誰もが目指す最高峰のD1クラスのレース、このレースに勝つことがドライバーにとって最高の目標であり名誉である。

 ドラゴンを所有するオーナーたちは自分のドラゴンを優勝させようと、優秀なドライバーに騎乗のオファーを出すのだ。

「いいえ、オファーは、きてませんけど」

「脅かすなよ、ドボンクイーンにオファーを出すようなオーナーがいたら説得に行くところだったぜ」

 ダンはオーバーなリアクションで胸を撫で下ろす。

「どう言う意味ですか!?」

「がはは、説明して欲しいか」

「……いえ、けっこうです」

 口ではどうあがいても勝ち目が無いと悟ったシェルは、ダンとの会話を終わらせた。シェルはダンから視線を外してカウンター奥に掛けられている翼とドラゴンの予約表を見るが、ダンの言う通り二週間先まで一切の空白はなかった。

「予約ボードを睨んでも翼の空きはでないぞ」

「わかってますよ」

「シェル嬢ちゃんが自分で翼を持ってくればフランに付けてやるぞ」

 ブルードラゴンのフランはシェルが予約しているので翼さえあればまた練習することは可能なのだが。

「そんなお金、有るわけないじゃない」

「だよな、がはは」

 ドラゴンレース用の翼は特殊な膜に複雑な魔法式が組み込まれた魔法回路が積まれている。最底辺ドライバーであるシェルの所持金で買えるわけがない。だからこそ翼もドラゴンも練習場でレンタルしているのだ。

「帰ろ」

 ここにいてもやることはなくなった。とシェルが練習場を後にしようとした時、予約ボード影に隠れていた一枚の写真を見つける。

「ダンさん、あの写真、今まで飾ってありました?」

「あん?」

 ダンがボードをどけると、日に焼かれた古い写真が姿を現した。セピア風に変色してしまっているが、ドラゴンの色はかろうじて判断できる。

 それは現在のレース界では一頭も存在しない白い鱗を持ったドラゴンであった。

「ライフサンダー」

 シェルの口からドラゴンの名前が零れ落ちる。

「よく知ってるな、もう十年くらい前のドラゴンだぞ」

 ダンは写真を壁から剥がしてシェルに手渡してくれた。

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