幕間 一 教会 会合

 ――十年前。(元の世界)


 日本の現代文化発祥の中核である大都市の東京から離れ、北東に位置する木々多き自然の豊な都市。そこは、世界を代表する研究機関が集まり、未来に関わる一大プロジェクトが展開している。


 街中は、人類の知恵、科学技術の進歩と言えようオートパイロット化した歩道。既に人間が歩く必用がないため、歩道と言っていいのか曖昧な所だが、この歩道は行き先を予め登録すれば自分が動く事なく目的地まで案内してくれると言う。そんな科学技術が発展している研究都市に不釣り合いな聖堂教会で会合が開かれていた。


 六人の天使が一人の天使を崇めているそんな壁面に覆われた聖堂の一室にこれまた六人の司祭達が集まっていた。


「まず始めに、改めて君達の真意を確めておきたい」


 長いテーブルの上座に座る白髭の老神父が真剣な面差しで口を開いた。


「我らは今までじゅんじてきた理、神話をくつがえす事に賛同した同胞どうほうだ。よって今日、我らはここに新約界書しんやくかいしょを綴る。よいな」


「仰せのままに。オズワルド神父。いや、オズワルド倪下げいか


 真っ先に応答したのは老神父オズワルドから向かって左側、最も遠い席に座っている若き神父アドニスだ。少し、この場に適した礼儀ではないのは経験が少ないからか、他の者達は顔より下で手を挙げ自分を主張せず賛同の意を表している。


「うぬ。まず、皆の意を確めた証としてさかずきをここに」


 一同は杯を交わし、会合は本題に入っていく。


 ここに集まった者達は新説の神話を綴る。


 ――天界とは、未来を俯瞰する領域である。


 ――境界とは、未来を見据える領域である。


 ――世界とは、人間界であり、地獄である。


 ここでは、ミカエルと地に落ちたルシフェルの関係性について我らは新しく提唱する。これは、一説の仮定である。


 生命の樹セフィロトは世界・境界・天界に伸びた偉大なる聖樹である。


 天界に住まうミカエルとルシフェルは瓜二つの天使であったが、未来の俯瞰思想は交わる事はない。


 ミカエルとルシフェルは天界にて互いに天使の軍勢を率いて争い会う。その発端はルシフェルが神にそむいた事にある。瓜二つの天使を誰がその者と信じるとするか、ルシフェルは神の御使いであり十二枚の翼を許された大天使でありながら何故、叛く事を選んだ。我らは知天使ミカエルの知恵。いわば、謀略ぼうりゃくの可能性を肯定する。


 戦闘の最中、入れ代わったのではないかと……。以後、失楽園については後に記す。


「この新約界書については後日またの会合にて記す」


 神話の語りはまだ、予言までは至らない。


 だが、ここに集まった者達は、ある種の導きに集まりし観測者である。


「オズワルド神父。この場を借りて報告があります」


「どうした御堂みどう神父」


「私が束ねるこの地、日本は人間の叡知えいちの中心と言うのはご理解頂けたと思います。そこで、私はかねてより一部の研究機関の協力を得て新たな儀式の手段を手に入れました」


 この男、御堂は、堅下まで長く朱殷しゅあんの血にも劣らずの暗い赤色の髪をしている。そして、過去に何があったかは分からないが、額に結構な幅の切り傷が本人である事を主張していた。


「御堂よ。それは如何いかなる儀式だ」


「これは、異世界と現実を交差させる儀式」


「何を考えている御堂!」


 他の神父数名は御堂の言葉に苛立ち声を荒立てた。


「ふざけるな! 異世界何て冗談じゃない」


「冗談? これは遊び半分で言ってる訳ではない。俺達は何故ここに集まった。そもそも俺達は神に主に身を捧げたのではないか? なら、異世界の存在を否定してはいけないどころか、主に捧げた俺達の祈願である。そうは思いませんかオズワルド神父」


「確かに我らは神に主に身を捧げ、異世界……天界を否定してはならぬ者に違いはない。御堂よ。その儀式は我らが創る新約界書に大いに関わると言って過言ではないな」


 明らかに他の神父とは異なる気配を漂わせる御堂が言った新たな儀式。それは、科学技術サイドの人間の可想界かそうかいを利用した研究と自らの教会サイドの信仰しんこうを一つに収束し現実と交差させる所謂いわゆる異世界のゲートを開く鍵となる儀式あるいは実験である。


「ええ、勿論であります。これは新しい神話になる事でしょう。実はもう既に一人の少年に儀式は施しまして、その少年が異世界に行くまでに十年ほど、潜伏と言いますか、異世界に行く準備が必用とされます。あくまでその少年に限りですが」


「なら、それも一興の理か良かろう。その少年もまた、神に愛されているのであれば見届けてやるといい」


 荒立てっている者が突っかかる。


「オズワルド殿、こいつの話を信じるのですか!? おい御堂。最後のその少年に限りとはなんだ!」


「その間にこの儀式は更に向上し、時を待たずして行けると言う意味ですが何か至らぬ事があれば言ってもらって構いませんが」


 会話に口を挟んできたのはアドニスだ。


「そうか! なら、私もその異世界に行けると言う事ですか御堂神父」


「ああ、アドニス神父。君も行けるだろうな」


 御堂とアドニスの会話をよく思わない者も少なからず、さっきの者以外にも疑いの目を向けている。


「それは興奮ものだ。是非、私も御堂神父に協力を」


「それは頼もしい。なら、アドニス神父。俺の弟子に協力してやってくれませんか」


「弟子?」


「皆さん。今日はここに七人目を紹介しましょう」


 御堂は自ら立ち上がり体格のいい体躯を更に目立たせるように両腕を広げると、後方の扉から一人、これまたアドニスの若さとそんなに差がない神父らしき男が入って来た。


 ゆっくりとテーブルに近寄るその者はテーブルの前オズワルドの対面に立つ。その隣に御堂が立った。


「紹介します。この男は俺の弟子であり、皆と同様の志を持つ七人目になりうる者。冴島神父です」


「紹介に預かりました冴島と申します。この度は七人目の候補に私が推薦されるとは、些か違うのではと自分を疑うところではありますが、どうかよろしくお願いします」


「御堂の弟子だと? どうせろくな奴ではあるまい」


「さっきから口が減りませんなドミニク神父。俺が何を言われようと構わないが、こいつの事をバカにするとそのうち足元をすくわれ兼ねない。失言はされたほうがよいかと」


「やはり、ろくな奴でないことに違いないではないか」


 御堂は鼻で笑い高らかに笑い始めた。


「御堂神父。私も何を言われようと気にしませんから笑うのはやめて下さい」


「そうかそうか」


 御堂は冴島の背中を叩き、冴島は少しよろけて見せた。それから御堂は態度を改め真剣に話始めた。


「空気を汚しまして申し訳ありません。改めまして、先程説明した儀式はこの者が考案し、自らそれを行った。結果、オズワルド神父はここで公言された通り、この儀式を否定なされなかった。よって、この者を七人目に改めて推薦致します」


「そんな傲慢ごうまんが許されるか!」


「いいだろ。アドニスの向かいに座るといい。だが、儀式が成功したとは言い切れないため、冴島神父は仮として我らに参加してもらう」


「本気ですかオズワルド神父」


「ドミニク神父よ。少しおとなしくしてはくれないか、他の者も同様だ少し落ち着きたまえ」


 御堂と冴島は席につく。


 会合は冴島を加え続く――。



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