13.

 唖然と開いた口をどうにか閉じ、俺達はすぐそこの朔乃の家に帰宅する。家と言ってもシャフレヴェル騎士学園が所有する寮の一つである。よって、他にも生徒が居て当然なのだが、帰り道でも寮の廊下でも誰ともすれ違う者は居なかった。


「ちょっとこれ持ってて」


「おぅ……って! 後少しで俺の手が蜂の巣になるとこだったじゃねーか」


 朔乃が鍵を取り出す課程に俺に持っててと頼んだ物は、言うまでもなくフルーツの国王様だ。


 これは、身に染みて理解させられた凶器。然り気無く、至って自然な行動。当たり前、当然な行動。悪気の欠片さえ感じさせないこの行動は恰かも安全な物を渡しているかのようなそんな感じにそれは、隣の俺に持つよう差し出され、反応が遅く気を抜いていたら今頃俺の手は串刺し刑に処される所だっただろう。


 まあ、そこまで俺も馬鹿ではない。朔乃から枝越しに受け取ったから何て事はない。


 家の中に入るやいなや、何処かで聞いた事があるような声が部屋の中から聞こえてきた。


 懐かしいとまではいかないが、近頃聞いたような声。その声は今、何かの歌を歌っているようで、明るく元気にはしゃいでいるような……見ている訳ではないから断定はできないけど、この声は確か、あの少女の声だ。


 少ししか喋っていないから絶対とは言いきれないが、昨日の事だから多分合っていると思う。


 にしたっておかしい。鍵してあったのにどうやって入ったんだ? これじゃ完全に空き巣じゃないか。まずいよな? もし、俺の予想通りあの少女だったら……つか、俺も名前知らねぇは。あはは……じゃねーは! 顔見知りなのは間違いない訳だから、少女は絶対俺に話てくるに違いない。俺の知り合いが勝手に部屋に入り込んでるとかあり得ないよな。常識的に。ここは朔乃を先に行かす訳にはいかない……よな?


「何か歌が……」


「ああ、歌だな……」


 俺はいったい何やってんだー。目茶苦茶ぎこちなさすぎだろ。何が「歌だな……」だよ!


「何で歌が?」


 冷静に対処するんだ俺……どうにか阻止せねばって! 考えてる暇ねぇ-。


 気づくと朔乃は少女が居るであろう部屋のドアノブに手をかける寸前だった。だから、俺はとっさに滑り込み朔乃の前に立ち塞がった。


 スゲー漫画やアニメでよく見るパターンをやってるとかマジ何なんだよ俺は。


「何よ。何で私の前に居るのよ。何か私に見られちゃまずい事でも?」


 心なしか、その声はやや俺を疑っているように聞こえた。


「いや、別に何も……」


 俺が前に居るにも関わらず朔乃の手はドアノブに届く。俺はその手が回らないように押さえ込む。これじゃ本当に俺が何かを隠してるしか見えないな。


「よく考えてもみろ。ここに歌が鳴る物があったか?」


「あるわよ?」


 ……そうだよな、あるよな普通は。じゃない!


「あるにしても勝手に鳴らないだろう?」


「鳴るわよ。たまに鳴ってるもの」


 えぇー!? 何でたまに鳴ってんの? 何、ここわけあり物件なの?


「で、何が言いたいの?」


「つまりだ! もしかしたら、ここに侵入してる者がいるかも知れないだろう。知らない奴が自分の部屋に居たら朔乃も嫌だろ? だから、男の俺が先に行ってだな」


「君がそれを言う? 朝の事ぶり返すようだけど、君は私が寝ている隣で寝てたんですけど?」


 ……俺、立場なくない?


「なにいきなり悄気しょげちゃってんのよ。とりあえず入るからそこどいて。それとさっき下に落とした国王様の棘が出たり引っ込んだり暴走してんだけど」


「ほんとだね……」


 無情にもほっとかれた国王は存在をアピールしているかのように暴れていた。


 痛い所を衝かれた俺が国王のアピールに気が緩んだ隙にドアが開いてしまった。


 それより……俺はいったい何をしたかったんだろうか。男として格好がつかないまま、ドアが開いたのだから、俺が居ても居なくても結果は変わらないと言うやつか……。俺、意味ないな。


 で、部屋に居たのは、予想通りあの少女だった。


 あのよそおいは間違いない。斑むらのない天然物の銀髪に

 瞳の色は空の色に近いスカイブルー。所々に花を思わせるピンクと紫のレースをあしらった白いワンピースに身長は俺の肩位で朔乃と同じかそれよりやや低めか、そんな華奢きゃしゃな少女。その、自称天使の少女がテレビに向かって躍りながら歌っている光景がそこにあった。


 その少女はパタリと動きが止まりこっちにゆっくり振り向いた。


「と・とととと・刻夜さん!?」


「やっぱり君だったか……」


「ちょっと待って!」


 はい……。


「可愛いー」


 あれ、可愛いい? まあ俺もそう思うけど、思ってた反応と違った。


「この子何でケモ耳生えてんの?」


 んなわけない。俺が見た時はなかったぞ? 再度、目線を朔乃から少女に戻すが、俺には耳が見えない。すると、俺の頭に直接少女の声が流れてきた。


(誰ですかこの女は)


 これはテレパス。朔乃と忠誠の儀とやらで体感したからだいたいやり方は分かっている。


 俺も口には出さずに思った事を言ってみる。


 朔乃はここであった初めての知人だけど、ところで俺には君にケモ耳がついてるように見えないんだがなんかしたのか?


(朔乃? 何で呼び捨て何ですか。どういう関係ですか!」


 さっき言っただろ、知人だよ。


(にしても、親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってますか!)


 何で俺怒られてんの?


(怒ってませんよ! 今、この人にはこの姿ではなく刻夜さんの好きなアニメキャラクターに見えてます。だから平気です!)


 なんと! そんな事ができるのか。是非とも俺にもその姿を見せてはくれないか。


(嫌です! 恥ずかしい。ところで、今日は無事に話に行けました?)


 ああ、勿論だ。だが、流石に異世界は凄いな。ほぼ、アニメみたいな世界だ。だからか、意外と馴染みやすかったり、元の世界との共通点は結構多くて助かるかな。ここにも朔乃みたいに日本人の名前が普通にいるから喋りやすいし。


(それは良かったです。なので、私、疲れたので刻夜さんの中に入らせてもらいますね。何かあったら読んで下さい)


 ちょっといいか? 今となったら何が起きても納得するが、君の名前聞いて無かったからさ、教えてくれないかな。


(そうでしたっけ? なら、しょうがないです。実際、私にも決まった名前はないんですが、刻夜さんが付けてくれればなんでも)


 なら、ルーシィとかどうだ? 


(何かどこぞで聞いた事のある魔女っぽいネーミングですけどいいでしょ。でわ、おやすみなさい。それと、彼女にはくれぐれも卑猥ひわいな事しないで下さいよ)


 大丈夫だよそんな事しないから。


(そうですね。刻夜にはそんな勇気ないですもんね)


 るせー。


(じゃーおやすみなさーい)


 ルーシィは俺の前から消えた。そして、朔乃は突然消えて落ち込んでいるようだ。


「このークズ嶺がどいてくれないから抱いてあげれなかったじゃない」


「そうだな。わるい」


 そんなこんなで、俺の異世界初日は朔乃が焼いた堅すぎるクソくせーコボルトの肉と斧でたたっ切た国王 (やたらうまいフルーツだった)を食べ、朔乃が生活空間を区切るように床に引いたガムテープが与えた俺の空間はほとんどない。そんな中で一日が終わっていった。

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