9.

 レアを引いた感があったが、話を聞くに人の倍の努力が必要ってか。俺にそれができるのか? 休みの日は自宅警備にてっする俺が努力か……でも、魔技には魅力が! 黒フードの男があの時俺に教えた魔技……補助系の魔技ではなかったのか? 


 何はともあれ転入の手続きは滞りなく順調である。


 そんな最中、理事長の背後で静かに立っていたアリシアの態度が変わった気がした。態度と言うより雰囲気なのか、目立った動きはせずその場で待機している事は変わらない。


 ここ、シャフレヴェル騎士学園の校訓やら、小隊制の割り振りや学園の目的などを聞いている時だ。アリシアは悩んだように少しうつむき、理事長の脇に近付いた。そして、俺に聞こえないように手で隠しながら耳打ちをした。


 問題でも起きたかのように、理事長も俺を対応していた時の優しい表情から慎重な表情に一変し、アリシアにひそひそと指示を伝えた。それに答えるようにアリシアは忙しく動く。そんな中でもドアの前に立ち俺達に一礼をしてから部屋を出て行く。律儀な人だ。


 その後、何事もなく説明に戻る理事長。俺は何かあったのか尋ねると、一回は言葉を濁したが、どうやら、都市部でテロリストが動いたとの連絡が入り現場に向かったと教えてくれた。


 騎士を養成するほどの大都市にテロリストとは、身の程知らずの奴等も居るもんだ。


 これは俺の仮定に過ぎないが、治安や秩序を守護する騎士がいてもなお、テロリストの脅威がある。裏を返すと、騎士の存在がテロリスト達を誘発しているのではないかと推測もできる。いずれにしても、今の俺は一生徒に過ぎず、テロリストに関わる義理もない。だが、俺の心は年齢にそぐわない好奇心で満ちていた。


「では、刻夜さん。説明は以上なので、ここまでで分からない事や他に質問はありますか?」


 実際、分からない事だらけだ。質問は、と聞かれても何を質問していいやら。悩んだ末、頭をよぎったのは俺の居住スペースはどうなっているのかだ。


 居住スペースつまりは、訳がわからずうやむやになった朔乃に襲われた部屋の事についてだ。


 どうやら、あそこは朔乃の部屋と俺の元の世界での部屋が交ざりあったような状態になっている。それだから、朝はさんざんな目に遭った訳なんだが、朔乃の方も異様な状態に気づき俺を許してくれたものの、学園の門の所で、ハプニングが起きた事でなんだか険悪な気まずさになっている。だからと言うと語弊かも知れないが、まずは、居住スペースを確保しないことには先には進めない。ゲームの世界でも宿屋を探すのは重大事項なのだ。


 ステータス異常を回復できる宿屋。それ相応の俺の部屋はどうなっているのか気にかかってしまう。よって、その事について質問をしようかと思った矢先、ドアの外から騒がし物音と喧嘩腰の強気な女の大声に混じり、金属が擦れるような鈍い音と、複数の男の声が耳に入ってきた。


 ◼-ドアの外。少女と門番


「そこ退いてよ。私は理事長に話があるのよ」


「今はここを通すなとアリシアさんから仰せつかっている」


「アリシア? あんた達ここの門番でしょ? メイドの言う事より理事長に会わせてよ」


「待ってくれ、理事長に聞いてみるから」


 門番をしていた屈強な鎧騎士が理事長室に入ろうとしている一人の少女を二人がかりで食い止めていた。


「その間一人になるが踏ん張ってくれよ」


「そんなマジですか……。生徒に俺が手を出すのは御法度ごはっと何だけどな……」


「なに、やるつもりなの? なら相手になるわよ。覚悟はいい? 必殺の――」


 少女は拳に力を溜め初めた。その行動を止めさせようと説得するが、少女は聞き入れず更に拳に力を入れ、炎がうっすらと、纏い出した。


「マジかよ! こんな所で魔技を使ったらきっと君は退学じゃ済まないぞ」


「必殺――の――」


 かたくなに魔技を展開しない門番だが、ギリギリまで待って、言っても聞かない少女の行動にこれは流石にまずいと、門番は咄嗟とっさに障壁を形成しようとしたが、少女の拳はそれを許さないスピードで門番の顔面に向かって伸びた。


「猫だまし! にゃー!」


 門番は見事に尻餅をつき、その勢いでドアが開いた。それをいいことに少女は小さくガッツポーズ。



 ――俺はと言うと。


 質問をしようとした時にいきなり倒れ入った門番と少女の「にゃー」のガッツポーズに気がいってしまった。


「あんた何見てくれてんのよ!」


 少女は顔を紅潮させながらこっちを見ている。


 どっかで見たような、聞いたような? 


「あれ? もしかして天月さん?」


「もしかしてじゃなくてもそうよ。あんたまだここに居たのね。丁度いいわ」


 ……休憩所に居た生徒達と同じ、黒のブラウスに黒で縁取られた白のベスト。そのベストには、女の子らしく胸元に赤いリボンがあり、左胸に四枚の翼と重なるように剣を十字架のように見立てたモチーフの校章がある。そして、上に合わせた色合いのチェック柄のプリーツスカート。そんな制服を着た天月さんの姿があった。


 まさか、あの事を訴えにここに来たのか? 


 あの事とは、俺と天月さんの間で起こった。気まずさの原因だ。決して俺が悪い訳では……いや、俺が悪いんだろうけど。


「落ちついて天月さん」


「これが落ちついて居られるならここに来ないわよ!」


「何かあったんですか?」


「理事長あのですね」


 終わった。本格的に終わった。もう、異世界でも引き籠り生活が始まりを迎えるパターンだ。いや、今の俺は引き籠れないじゃんか。だって、それを聞こうとしてたんだろ……。


「はい。何でしょうか、天月さん」


「昨日、確かに転入生を案内してと頼まれましたけど、何故なんですか! 私の部屋にこいつが居るなんて聞いてませんよ! それに……とにかくです。私の部屋からこいつを追い出してくれませんか」


「そうなんですか? それは予想と違いますね。元、近衛騎士だった天月さんなら、どのような物事でもうまく立ち回れると見込んで安心していたのですが……そうなると……困りました。刻夜さんの住居できる場所がまだ準備出来ていないので。ですから、申し訳ありませんができるまでは居候させてあげてくれますか?」


「なっ!! 私の部屋……気は向きませんが、がまんしますよ。すればいいんですよね……」


「流石元、近衛騎士の天月さんだわ。刻夜さんの住居も早急に対処しますので、それまではよろしくお願いしますね」


 理事長の威光はとんでもない権力を持ち合わせていた。抗議に来た天月さんを言葉巧みにねじ伏せてしまったのだ。


 忠誠の儀が続いていたのかと疑いたくなるほど、天月さんの発言はまさに、俺が質問しようとしてた内容と同じだった訳で、間接的に解決してしまった。


 結果的には、天月さんの家に居候する事になったのだが、うまくやっていけるか心配だ。

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