4.

 天月さんは腰に下げた真紅しんくの鞘に収まる剣の白い柄に触れながら詠唱を唱え、その鞘から剣を抜刀ばっとうするや刀身は炎を纏い出した。天月さんはその炎の剣先を老人に向けた。


「すげー!! 何だこの炎の剣は、実在するのかレーヴァテイン! 天月さん凄いな!」


 老人は天月さんの行動に反応を見せ、老人は天月さんと対峙たいじするように向かい合う。その隙に老人の手から逃れた商人は逃げるように場を離れた。


 数秒の沈黙の後、先に動きを見せたのは老人の方だった。


「いい女じゃないか……そんな物騒ぶっそうな物、女の子が持ってちゃ駄目だめだろう? わしが守ってやるからこっちに……」


 老人は言ってる事と行動が噛み合っておらず、肉切り包丁を片手に振り翳しながら天月さんを襲いかかった。


 俺がやられている訳じゃないのに思わず目を閉じてしまった。


 閉じて直ぐ、金属どうしがぶつかり合った音が響いた。俺はゆっくり目を開け状況を確める。


 確かに、天月さんの剣は肉切り包丁を受け止めていた。刃のリーチは圧倒的に天月さんの方が有利なはずが、ぶつかり合ったと言うことは避けられずに押さえ込まれたと言うことか。


 受け止めるように剣で防ぐ天月さんはきつそうな表情を浮かべている。それほど老人の力が強いのだろう。


「くそっ! 人鎧。私が圧倒されるなんてあり得ない。私のレーヴァテインの炎を自ら受けに来るなんて」


 肉切り包丁を弾こうと剣を持つ手に力が入る。それでも弾く事が出来ず、両足に力を入れ身体全体で押し返そうとする。少し体勢を起こせた瞬間、天月さんは後ろに飛び距離を離した。


(力の執着が凄いな……どうにか後方に回り込んで手薄の背後を狙えれば)


 さっきの声は天月さんの? 


 俺にできる事はないのか、俺も戦えればサポート出来るのに。


(私は負けない! だから大丈夫ここの人達は私が守ってみせる)


 やはり、天月さんの声が聞こえる。


 老人の動きには法則性を感じない。ふらついた足取りで接近してくる。


(力じゃ駄目なら魔技マジック・クラフトを使うしか……でも、私の魔技は炎だ。使うとここに被害をだしてしまうかも知れないどうすれば……)


 天月さんが考えているうちにまた、同じように刃物どうしがぶつかり押さえ込まれる。


「人鎧は契約した悪魔の力を備えている。つまりは長所も短所も引き継ぐ事になる。今の彼女と忠誠ロイントを交わしているのは君かい? なら君が彼女をサポートしてやらないとな、このままじゃこのまま押しきられてしまうぞ」


「あんた誰?」


「そうだな、今は通りすがりのただの冒険者と言っておこうか」


 話しかけられなかったら気づかなかった。黒いフードを被った男が後ろから話しかけてきたのだ。俺はその男の言った事に聞き返した。


「確かに、彼女と忠誠の儀をしたのは俺だけど、今の状況に関係するのか?」


「君はまだ経験がないようだから親切に教えて上げよう。騎士が行う忠誠の儀は、王と騎士つまりは君が王で彼女が騎士だ。騎士は本来自らの魔技を使えるのは当然だ。それと、契約さえしていれば王の魔技を使う事もできる。しかし、君の魔技はまだ使えないようだね。彼女自身の魔技は炎。彼女は辺りに気を配りすぎてそれも使えないのだろう。なら、君が魔技を使ってサポートするしかない」


「どうすればいいんだ」


「そうだね。君はまだそれすら分からないか、じゃあ特別に魔技の使い方を教えて上げるよ。まず、左手を前に伸ばし想像する。君の場合はそうだな相手の動きを制御したいと想えばいい。想像したなら、空間を意識して俺の後に詠唱を復唱してくれればいい」


 黒いフードの男は詠唱を唱える。俺は言われた通りにその詠唱を復唱する。


「「我に従えし眷属けんぞくよ時をくだりて、来世らいせを見よ。そして、運命に抗い天地を見よ! ロスト・ワールド!」」


 まるで無音空間に閉じ込められたような、さっきまでの街ではない場所なのだろうか、辺りが突然真っ暗になり何も見えない。上下左右の方向の概念がないような、そんな感覚がある。俺はとりあえず向いている方に足を進ませる。確か、この先は天月さんが戦闘していた場所のはずだ。


 人鎧の老人は力が強かった。筋肉隆々の商人ですら振り払えず、騎士の天月さんですら炎剣が歯が立たない。そうだ……天月さんも言っていた。老人の背後に回り込めれば何とかなるかも知れない。しかし、一見無防備に見える老人の動きなのに何故背後を取れない……動きの予測が出来ないのか……天月さんの動く範囲も限定されているのかも知れない。なら、どうすれば……。


「そうか、責めて俺が動きを止める事が出来れば……」


「動きを止める。そう君の魔技の資質は動きを止める事ができる。それが分かれば後は君の想像力の世界だ」


「この声はあんたか……」


「理解したなら君の願いは成就する。あくまで今は俺の魔力を君に分け与えている訳だが、資質はもとより君の魔技による物だ自信を持ってサポートしてやりな。ちなみに君の魔技は時間制現があるから注意しないとダメだからな」


「了解だ! やってやるさ」


 俺は暗い空間の先に見えた一筋の光のその先に足を踏み込む。


 気づくと元の戦場に俺はいた。


 天月さんと老人はまだ、混戦している。


 どういう訳か俺には全ての動きが遅く見える。これが俺の能力なのか? 自分の能力がおそろしい。


 天月さんの動きも遅いならしょうがない。俺が動くしかない。


 俺は周りが遅いのに対し普通に動けている。不思議な空間だ。


 で、どうする。老人の包丁を捨ててしまうか……。


 俺の力で老人の手から外せるか分からないが、やってみるか……。いやー熱いんですけどこの炎剣。まぁいいや我慢しよう。しかし、握る手はやはり強いな、指を一本一本外そうとしても無理か、ならどうする……おっ!バナナか、馬鹿な発想だがうまくいけば老人が滑ってくれるかな?


 階段で縮こまる子どもの手からバナナを拝借。すげーぐちゃぐちゃで汚ねーがしょうがない。


「ごめんねーバナナ貰うよー代わりにリンゴあげるからなー」


 俺は潰れたバナナを老人が次に足を踏み込むであろう場所に設置する。


 うまく引っ掛かってくれよ。だけど、天月さんは避けてくれよー。


 なにせ、未来は俺にもわからんからな。うん!


 設置して元の場所に戻り、周りの音が俺の耳に入ってきた。俺の能力が切れた証拠だ。


「小娘の分際ぶんざいで儂に刃向かいやがって愚かな娘だ」


 老人は体重をかけ天月さんを押し倒しにかかる。


 にしても、この老人は熱さを感じないのか? まぁそんな事はどうでもいいか。 とりあえず踏め! 踏んで転けろ!


「天月さーんどうにか後ろに下がれるかな?」


「あーもーさっきからうるさいわよ。あんたの考えてる事は聞こえてるんだから」


「そうなの? じゃあバナナの皮に気をつけて」


「そんなうまいこと行くわけ……」


「いや、いける! アニメや漫画、ゲームでよく使われる王道のトラップだから!」


「言ってる事はよく分からないけど、随分と自信があるようだから乗っかってあげる。それで失敗したら覚えておいてよ」


 老人の連続攻撃を剣で受け、こらえながら後退する。


 後退する天月さんに張り付くように老人は前に足を踏み込もうとする。


 俺の思惑通りにバナナの上に老人は足を乗っけ見事に体勢を崩し石畳に背中を打ち付けた。


「一陣の風を纏いし炎の精霊レーヴァテインよこの者に取り憑く悪しき魂を焼き尽くせ!」


 老人の心臓に炎剣は突き刺さった。

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