3.

   ――現在。


「冴島神父に刻夜さんは助けてくれると言ってたんですけど……」


「なんでエセ神父が出てくんの?」


「だって、私と刻夜さんを一つにしたのは冴島神父ですし」


「ちょっと待って。他の客がこっち向いてるんだけど、さっきの発言は誤解を招いているのでは? そもそも俺と君は初対面だしさ」


「そうですね。向かい合うのは確かに初めてですが、間違った事は言ってないんですけどね。誤解を招くのであれば言い方を変えますか? 私と刻夜さんは合体したんです」


「いや、待て! 尚更、卑猥ひわいに聞こえたんですけど」


 客のおばちゃん達に噂されそうだ。今にも「今の若い子は盛りついて困るわね」とか言いそうだし、と言うか、そう考える俺もどうかしてると思うけど。


「そうだエセ神父はなんで俺を頼ったんだ?」


 あいつの言っている事はイマイチ信用できない。たまに、女子生徒に下心丸出しで声をかけたり、簡単に冗談を言う奴だ。だから、俺はあいつをエセ神父と呼んでいる。


さては、たぶらかされて来たな。


「それはですね。刻夜さんには元々私がいた世界で生きたどうほうが宿っているためその運命は変える事はできないそうです。まぁとりあえず冴島神父から教会に連れて来いと言われましたので行きましょう」


「そうなんだそれはお疲れ様。俺は、忙しいと言っといてくれ」


 少女の顔はまたぷーっと膨れ上がった。


「刻夜さんの記憶に関係しているとも言っていましたよ」

 

 俺の記憶と関係しているとしたら母親おふくろとの記憶の事なのだろう。


 確かに俺は十年前の母親との記憶が欠落している。母親がいなくなったというのにどう言うことか思いだそうにも全く浮かんでこない。


 十年前というのは、俺が六歳か七歳の頃だ。母親はとある事故で亡くなったと、当時からだいぶ後になってエセ神父に聞かされた。その時の俺は、その場に居たらしいが何故か記憶にない。ただ、事故にあったとしか聞かされていないのだが、それまで不思議と考える事もしていなかったのだ。まるで、曇りで月のない夜の水面に写るライトの光を月と認識して、夜空に月があると思っているように現実と想像が混濁し、無意識に真実から遠ざかろうとしていたのかもしれない。


 親父おやじも詳しい内容を聞いていないらしく、あまりおもてには出さないが、今でも当時の事を悔やんでいるように見える時がある。


「わかった。教会に行くのはいいけど、訳の分からない設定はこの際なしにしてくれるとありがたい」


「お待たせしました。ガトーショコラとショートケーキになります」


 ケーキを食べてから少女と共にエセ神父の教会に行く事にした。


「さっきから設定と言ってますが、設定じゃないですからね。本当の話なんですから」


「はいはい」


 †


 ――教会。


「待ってましたよ刻夜君」


 入り口の扉を開いた先で待ってましたと言わんばかりに両腕を開き満面な笑みで俺に抱きついてきたのは紛れもなくエセ神父こと、冴島神父だ。


「やめろ! 抱きつくな暑苦し」


「ほんの挨拶じゃないですかー」


「それになんで親父まで居るんだよ」


「なーに冴島神父とは古くからの付き合いだからな、俺が居てもおかしくはないだろ?」


 エセ神父の後ろにいたのは俺の親父だ。今日は休日だから何してようと文句は言わないが、まさか親父まで居るとは思わなかった。


「さぁ皆さん。ここじゃなんですからとりあえず応接間に行きましょうか」


 エセ神父は俺達三人を応接間に案内した。


「早速ですが、刻夜君に質問です」


 俺達はテーブルを囲むようにコの字に置かれたソファーに座った。そして、エセ神父は俺と向かい会う位置に立ち、俺に問いた。


「私達の今いる世界の他に世界があると思いますか?」


 俺からして左側、入って来たときに使ったドアがある方に座った少女を俺は、ちらっと横目に見た。今にも眠りそうにうとうとしていた。


「あんたまでこいつと同じような事言うのか。仮にここじゃない世界があったとして、俺が関係してる証拠はどこにある」


「証拠ですか……実は、刻夜君には聖剣が身に宿っていまして、零次れいじさん、例の物は持ってきてもらえました?」


「言われた通りに、これでいいんだろ」


 親父は風呂敷に包まれた物をテーブルに置いた。


 エセ神父はそれをおもむろに広げた。


「親父が家宝にしてたさやじゃないか、前々から剣がないのに気にはなっていたがまさか、俺に宿ったとか言ってた剣の鞘だとか言うんじゃないよな?」


「流石です刻夜さんその通りです。そして、丸くなって寝てしまった少女こそ刻夜さんに宿っている聖剣でして……」


 中二病的設定だと思っていた少女の話が、俺の中で一本の線に繋がり、エセ神父が言っている事に疑いを感じなくなってきた。詰まるところ、ここじゃない世界の剣、つまりは、自称天使の少女が俺に宿ったという剣であり、その剣の鞘が家宝となっていた。と、喫茶店で俺と一つになったと言っていたのはあながち間違いではないのかもと思ってしまう。しかし、人が剣と言うのはやはり現実的ではない。


「そうだ!ちょっと待ってて下さい」


 エセ神父の背後には幾つもの本棚があり、その全てに本が隙間なく敷き詰められている。エセ神父はその中から一冊の本を取り出し、読み始めた。


「これは一つの物語である。とある世界には魔王が存在し、勇者も存在する。勇者によって追い詰められた魔王は勇者が使う聖剣により命を封印される。聖剣は魔王の胸に突き刺ささり奈落の底に落ちていく。だが、これで終わりではない。聖剣を無くした勇者と聖剣を手に入れた魔王の物語は新しい扉を開ける……。これは、ここでない世界で書かれた書物なんですが、この後のページが欠けてしまって前文しかわかりませんが……」


「つまり、何が言いたい」


「話が早くてたすかります。率直に言いますが、ここではない世界でこの少女と共に魔王をぶっ飛ばして下さい」


「はい無理。生身で戦うとか絶対無理! そもそも、この目で見た物しか俺は認めないから」


「そこら辺は大丈夫です。刻夜君が戦えるように向こうの世界で騎士の養成学校に転入手続きは進めてあります。これが学校の案内状です」


本気マジな話?」


 俺はエセ神父から案内状を受け取り中を確認する。


「シャフレヴェル騎士学園!?」


「はい。まずは、寮から学校までの地図があるので学校に行って下さい。そこの理事長に話は通っているので挨拶に行って下さいね」


「刻夜、この鞘を持っててくれ、この鞘は剣こそないがいざとなったらお前を助けてくれるから」


「お……おう」


 どうも話についていけてないが、流れ的に俺は親父から鞘を受け取った。


「ちょっと質問していいかな神父」


「なんでしょ?」


「具体的に異世界にはどうやって行くんだ?」


「明日、私がゲートを開くのでそこは心配しないで下さい。それと一つ、刻夜君に暗示を与えておきますね。左手を私の方に向けてもらえますか?」


「これで良いのか?」


「結構ですでは……汝、聖剣に封印されし眠れる番人よ、今この刻、追放されし長き休息から力を解き放ちこの御霊みたまに加護の兆しを与えたまえ」


 エセ神父が俺の手に触れ暗示をかけた時に一瞬、黒い何かに心を覗かれているような、そんなイメージが脳裏をよぎり俺は徐々に頭痛に襲われた。


「刻夜君、明日からよろしくお願いしますね」


「はぁ……」


 俺は痛みで気が抜けた返事をした。


「神父……話はもぉ終りだよな? そろそろ帰っていいかな何か頭が痛くてよー」


「そうですか、もう帰っても大丈夫ですよ。むりをしないでゆっくり休んでください」


「あぁ、そうさせてもらう。親父、俺先帰るから親父もあまり遅くなるなよ」



 俺は自宅に戻った。


「お兄ちゃんお帰り」


「……ただいま」


「今日出掛けてたんだーお兄ちゃんにしては珍しいね。お兄ちゃん、休みの日はたいがい部屋から出てないからさー外出なんて珍しいなーて」


「そうか? 俺だってたまには外の空気ぐらい吸いに出てるだろ?」


「朝からこんな遅くまで出たと言ったらイベントの時ぐらいじゃん。今日はなんかあったの?」


「色々とな。それより、頭が痛くてよー悪いけど先寝るは」


「そう。夕御飯は出来てるから良くなったら食べてよ」


「おぅ……」


 今日一日とんでもない事が多すぎた。初回特典はゲットできねーし、訳の分からない話を聞かされ、頭痛に苦しみ疲れのあまり俺はベッドに身体を委ねそのまま眠りについた。

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