一章 転入前日

1.

■-黒嶺刻夜


 枕元に無造作に置かれた目覚まし時計は午前四時を指している。


 俺はベッドでもがいている。


 手足に自由がない。誰かを呼ぼうにも声すら出せない。そんな状態だ。おそらく金縛りに近い何かだろう。


 薄暗い部屋は、はっきりとまではいかないものの色は分かる程度。どうにか動く首と目で周りをできる限り見回してみた。


 寝相が悪かったせいか掛けていたはずの布団はずれ落ちている。そして下腹部辺りに違和感を感じる。そこに目を向けるとやはりと言うより何故か、赤っぽい髪に黒っぽいリボンで括ったポニーテールの少女が座っていた。嘘だろ! ってツッコミたいが喋れないから無理だ。


 服装は上から下まで忍者やアサシンを思わせる黒系色の軽装。 見えてる可愛らしいへそとショートパンツからの生脚がスレンダーな体型をより強調している。我ながら観察力はある方だと思う。


 少女に失礼かもしれないが、しっかりとした重さがあるので明らかに幽霊のそれとは違う。つまりは、このシチュエーションは夢の様なゲームやアニメなどに良くある可愛い妹又は幼馴染の年下女子が無邪気に起こしに来るみたいなあんなやつなのかもしれない。しかし、これはリアル、似たような妄想はした事があるが、現実はあり得ない。妹は俺より頭は大人だ。喧嘩はたまにするが、仲は結構良い方だと思う。幼馴染は……俺に好意は持っていないだろう。


 身体の自由が利かなかった理由は簡単だ。


 足が動かせないのは、足を抑えるように少女が跨がり座っている為であり、腕はベッドに縛り付けられ、声が出せないのはガムテープで口を塞がれている為だ。


 絶賛拘束中の俺は冗談を言える場合ではなく、まぁ声が出せないから言える訳がないけれど。


 少女の腰にあるものそれは短剣であり、今それを使われたら人生が終わりを迎える。絶対絶命だ。


 人生短いなチクショー。せめて、抵抗して終わる方がいいかと思い、少し抵抗を試みたものの、陸に上がった魚のように暴れる事しかできなかった。


「動くな! 動くなと言っているだろ」


 少女はバランスをとるための行動なのか、俺の上で四つん這いになり、俺の顔の前に少女の顔がある状態になった。少女の顔には今にもりそうな目力を感じる。


「ふざけるなよ。そもそも貴様は誰なんだ。何故私のベッドで寝ている」


 俺の耳が確かなら、私のベッドと聞こえたような。そんなはずはない。昨日は訳の分からない話を聞かされて、家に帰って直ぐに寝落ちたはず。そう、この部屋は紛れもなく、俺の憩いの部屋であり、自由の楽園である。だから、冗談はやめて欲しい。それより質問してるなら口のテープ剥がしてくれないと喋れないんだけど。


 俺は「ふんふん」言いながら口を突き出し剥がしてアピールをした。


「ふんふんうるさいな! そうか……これじゃ喋れるはずないか、剥がしてやるが騒ぐなよ」


 少女は気付いて剥がしてくれたものの、躊躇ためらう素振りを見せず、勢いよくビリッと剥がすもんだから、俺のうぶな髭までスッキリで。じゃなくて、物凄くヒリヒリで被れたらどうしてくれんだよ。


「イッテーもっと優しく剥がしてくれよ」


「騒ぐなと言っただろ! かってに私の部屋に侵入した不届き者にかける情けなんかないんだ」


「誤解だ! ここは俺の部屋なんだから俺が居て不思議な事はない。そもそも、君の方が間違えているんじゃないか」


「冗談は休み休み言えよ! ここがお前の部屋だと? 証拠は何処にある」


「ほら、あれとか、それとか、君の持ち物じゃないだろう?」


 俺はメタルラックに飾られたフィギュア達やコミック、ライトノベル、絵師の画集はたまた、アニメのブルーレイディスクやゲームにタペストリーやら、ポスター等、所謂いわゆる夢や希望が詰まったコレクション群。それらを手首が許す限り指差した。


「マイ・フェイバリッド・オタグッズだ!」


 もちろん縛られている為、手首を動かす事すらつらい動作だけど、俺の部屋という証拠の数々が有った事に少し安堵した。


「違うここは私の部屋だ」


「なにをー」


 俺のコレクションという証拠が有ると言うのに、それでも少女もまた、自分の部屋と言い張るのに対し、俺の声が少し裏返った。まるで、へなちょこ感溢れだしそうな感じで少し恥ずかしい。


「あれは、紛れもなく私のだ! 男のお前には似合わない物だ」


 彼女は指を差しながら、そう言った。俺が指した方とは反対側だ。確かに俺の物ではないおそらく彼女の下着が干してあった。


「あー確かに……」


 彼女が指したのはもちろんそれではないだろう。おそらく、その近くにある女性用の洋服や可愛らしいぬいぐるみに違いない。だが、指の先にはそれがある。


 あれを俺の物だと言い切る自信はなく言ってしまったらただの変態つか罪人になってしまう気がする。あれ? 俺の部屋に無い物があるのは確かにおかしい。


「ここは私の部屋なんだ。私が目を覚ましたら隣にお前が……だが、私にも見覚えのない物があるのも確かだし、少しばかり部屋の作りが違う気もする」


 少女は俺が指した方をチラチラ見ている。何を思ったのか少女の顔は少しだけ紅潮こうちょうした。


「な・な……んだあれはー……この変質者がー!!」


 少女は俺の顔に向き直り罵った。少女の目にはうっすら涙があった。


 あーあれか。俺は少女の目線に写っただろう物を理解した。


 エロゲーの特典ポスターだな。どことなく少女とあのキャラが似ているのは否めなくもない。今の少女の髪といい洋服といい全ては偶然ですけど。今の状況をかんがみるに俺の人生はここでおさらばだろうな違う意味でも。あんなエロいイラストを見たら少女の反応は正しいと思う。それも自分と似てしまっているから尚更だろう。


「えーとあれだ先ず弁解の余地をだな……」


「死ぬ前に言い残す事は?」


 少女の表情には凄みがある。おもわずやっていない事も自供させられそうな、そんな雰囲気がある。それに加え、少女は腰にあった短剣を俺の顔の前で構えた。


「殺すのは止めて欲しい。だから落ち着いて下さい。まず、状況の整理をだな。責めて拘束を解いて下さい」


「それが最後に残す言葉か! なんて愚かな。天国に行けるといいな。じゃっさようなら」


 こんな死亡フラグ嫌だーー! 


「なんてね。私は無闇に命は取らないからそこは安心して」


 冗談がきついだろ! 凄く冷や冷やしたは。


「あんた悪い奴には見えないから今外してあげる。だからじっとしてて」


 上に乗ったまま重なるような体勢で腕のロープを切ろうとしている少女。


「ちょっと待て! いろいろおかしいだろ」


「なによせっかく短剣でザクッと切ってあげようとしてるのに」

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