2.

 ――十年前。


「これは一つの物語である」


 老婆は暖炉の明かりが灯る薄暗い部屋の中、一人の少年に語った。

 

「とある世界には魔王が存在し、勇者も存在する。勇者によって追い詰められた魔王は勇者が使う聖剣により命を封印される。聖剣は魔王の胸に突き刺ささり奈落の底に落ちていく。だが、これで終わりではない。聖剣を無くした勇者と聖剣を手に入れた魔王の物語は新しい扉を開ける……」


 ここはとある教会。

 

 教会の扉から中に入ってすぐ横にある応接間で、やまいに苦しみながらソファーに横になっている少年がいる。その子を看病しているシスターと見守りながら物語を言い聞かしている老婆の姿もある。

 

 シスターは少年の汗をぬぐい額のタオルを取り替える。

 

 本来、徐霊や退魔の儀式が一般的な方法だが、この日は病に苦しむ少年に行った儀式は悪霊の類いを呼び出す降魔の儀式だった。この儀式を用いたのはけして病を悪化させる訳ではなく、逆の発想で体内に潜む邪を外に出そうと考案されたからだ。


「まだ、よくなりませんか」

 

 応接間に入って来た優しげな若い神父はシスターに尋ねた。


「はい、いくらか呼吸は落ち着いてきましたが、なんだかまだ辛そうで」


「そうですか、そのうち落ち着くと思います沙織さんも休んではどうですか?」


「心使い感謝します冴島さえしま神父。ですがもう少し」


沙織さおりさんは息子さん想いの優しい人ですね。だから、なおさら体調には気をつけてもらいたいんです。息子さんのためにもね」

 

 教会の電話が鳴り出した。


「すいません少し離れます」


 神父はこの場を離れ、礼拝堂の扉を挟んで向かいにある部屋の電話に出るや先程の優しそうな表情とは違う重い表情になった。


「冴島神父、儀式の方は順調かな」


「滞りなく儀式は成功しました。今は身体からだに多少の不可があったようで、副作用で横になっておりますがそのうち安定するでしょう」


「そうかそれでいい。数十年に一度の儀式だからな君に任せて正解だったよ」


「任せていただきありがとうございます」


「そんなかしこまらなくていいよ頼んだのはこっちの方なんだ。それでな、今度こっちの集会に参加してくれないかその後で祝杯をあげよう。な」


「わかりました。その際には伺います。では失礼します」


 神父は電話を止め、応接間に戻りシスターの沙織を呼び出す。


「沙織さん少し話があるので来てもらっていいですか?」


 二人は電話のあった部屋に入る。


「いきなりですが質問があります。この世界の他に世界はあると思いますか?」


「それは、天国の事ですか?」


 沙織の無垢な返答に少し戸惑ったのか、神父はこめかみ辺りを指でかくような仕草をした。


「えぇまぁ天国も我々には確かに存在しますが、ここと似たような他の世界も確かに存在する事を覚えておいて下さい。息子さんは十年後必ず訪れる事になります」


 老婆は二人がいる部屋に入り告げる。


「ルシフェル様がこの世界に再誕されたぞ」


 神の御使みつかいであり、大天使の長であったルシフェルの名を老婆は確かに言った。


「そうですか、ではそちらに、沙織さんはここで待って居て下さい」


 沙織は待ってろと言われても老婆が言った言葉が気にかかり二人の後について行く。


 応接間に戻った三人の前には横になっていたはずの少年が黒いオーラに包まれながら立っていた。


 少年を中心に部屋は重く深い禍々しさが漂うそんな雰囲気に覆われていた。


「貴様らがわらわこの地に召喚した者か」


 沙織は息子の変わり果てた姿を見るに神父の後ろに震えながら身を隠した。


「沙織さん大丈夫ですから落ち着いて下さい。今の息子さんは息子さんであってそうでないんです。息子さんが今を乗り越えれば大丈夫ですからさっきの部屋に戻ってて下さい」


 神父は改めて少年の姿を借りたルシフェルに敬意を示した。


「畏れながら私のような者が名乗る事をお許しください。私はここで神父をしている冴島と言います。この度は転生おめでとうございます。ですがまだ、ルシフェル様のお力は覚醒を成されていないため、その人鎧じんがいにて蓄えていただきたく思います」


 神父はそう言い、魔を封印するための聖剣(鞘から抜かれし黄金に光る炎剣)を顕現させた。


「どの時代でも世界を統べる者は王であり、王を討ち取る者も新たな王である」


 沙織は神父の行動、言動に違和感を感じ問い沙汰ざたした。


「冴島神父これはどう言うことなんです? 息子の病を治して下さったのではないのですか? その剣はなんなんですか」


「いいから、沙織さんは下がっていてください」


 神父は聖剣を構え、詠唱を唱えだす。


「黄金の炎を纏いし聖剣よ、邪気を喰らいて名誉を示せ、さすれば黎明れいめい開闢かいびゃく訪れん」


「よせっ! これはミカエルの……バカな真似は止めろ! この人鎧……くそ自由に動かん。何故に人間風情がその剣を……」


 詠唱を唱えだしたとたん。少年の身体に黄金に光る鎖がまるで、蛇が這っているような動きをしながら両腕を吊し上げた。


 これは、聖剣の能力ちからを借りた神父の拘束の魔技マジック・クラフトによるものだ。それにより、動きを制限された少年ルシフェルに対し神父は嫌悪な表情でその剣を手に勢いよく向かって行く。


剣は確かに少年の胸を突き抜けた。


「何で沙織が私の前に居るんだ」


 神父の目の前にはシスターの沙織がルシフェルである息子をかばい共に胸を射抜かれた姿があった。


「こんなはずではなかったんだ。ルシフェルは封印されるだけで死ぬ事はないが、息子さんには害はないし、勿論、死ぬ事もない。だから、君が庇う意味もないんだ」


「やっぱり、母親だから……とっさに身体が反応して……」


「そうか、この人鎧はこの女の息子の物だったのか、なんてバカな女だ。君も妾も神父こぞうの手のひらにいたと言うわけか、望み通りしばしこの人鎧で力を蓄えるとしよう。だが、妾を封印した事でお前もまた仮初めでも王の称号を手にしたわけだ。それも魔の王の称号をな……」


 沙織から流れる血は、突き刺さった聖剣を伝わり、少年に吸収されるように取り込まれて行き、聖剣もまた形を消した。魔を宿さない普通の人間にはこの聖剣でさえ、ただの剣に過ぎない。


「沙織、沙織ーーー!!!」


 神父は大声で名前を叫びながら倒れた沙織を抱え込む。


 少年の傷口はふさがり、部屋の雰囲気も戻り黒いオーラも完全に消えた。 そして、ルシフェルは確かに少年の身体に封印された。


 老婆は神父をなだめ言い聞かす。


「神父殿、気を落とされるでない。彼女の魂も神の御許に送られるのだろ?」


「あぁそうだな」


 神父はこぼれそうな笑いを我慢しきれず、嘲笑あざわらった。


「神父殿、もしや……いや、元から神父殿は魔王だったのか……。神父殿は新たに王になられた。王は異能の力を得られ、世界を再構築する事が出来る。王は望みを叶える術を持つ者。王よ望みを叶えてしまいなさい」


「王の力か……」


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