オルタナティブ*コード ~聖剣使いの魔王と魔技の剣姫~

悠希 夜

プロローグ 異世界に行く前日

1.

「やっと動けるーー自由最高ー!」


 今まで寝ていたように、背伸びしながら少女は言った。おまけに決めポーズを添えて。



 俺、黒嶺刻夜くろみねときやめずらしく早起きをした。本日発売のゲームの初回限定特典フィギュアを目当てにショップに並ぶ為だ。しかし、今日に限って普段はいている道路で事故があったり、道に迷ったお婆さんに道を聞かれたり、結果買い逃すという失敗をしてしまった。そんなこんなで途方にくれながら街を歩いていた。


 周囲に誰もいない静かな場所。


 もうすぐ日が暮れそうな時間。


 人が少ないのは当たり前かもしれないが、本当に誰もいない。そんな静かな街を歩いているのは、いささか寂しくもある。そんな時に俺を呼び止めるような声が聞こえた気がした。


 誰もいない所で声が聞こえる訳がないと、俺は空耳だと思い原付を止めた路地に向かい歩き続ける。


「待ってくださいよー。刻夜さん。黒嶺刻夜さんてばー」


 確かに聞こえた。俺の名前を呼ぶ少女の声が、しかしいくら周囲を確かめてもやはり誰もいない。


 初回限定盤が買えなかったせいなのか、どうかなっちゃったんじゃないのか俺? 通常版は一応買ったけど。まあ関係はないとは思うけど。


 そう思い頭を抱え悩んでいる時、後ろから肩を叩かれたような気がして振り返った。そこには、さっきまで居なかったはずの少女が立っていたのだ。


「やっと気づいてくれましたか。刻夜さん」


「うぉぉ!!」


 俺は驚きのあまり仰け反って尻餅をついてしまった。


「大丈夫ですか?」


 少女は優しくニコッと微笑みながら手を差し伸べてくれた。


 失礼ながら一瞬でも幽霊と思ってしまってごめんなさい。つか、女子に対して尻餅つくほど驚いてしまって面目ありません。


「あ……ありがとう」


 ぎこちなく礼を言いながら俺はその手を取り立ち上がる。それとほぼ同時ぐらいに「ぐぅ~」と、音が鳴った気がした。朝昼と食事をとっていない俺の腹の音か? なら恥ずかしい。でも、音が鳴るほど空いている感覚はない。すると少女の方か?


 おなかを擦りながら少女はニコニコしている。


「すみませんお腹が鳴ってしまって。私、天使何ですけど、やっぱり実体化するとお腹が空いてしまいます~てへへ」


 自分の腹の音を隠さず言葉に出すなんて健気けなげでいい少女だと俺は思う。


「天使? まぁ……お腹が空いたのなら何か食事でも……なんて……」


 いやしかし、自分を天使と言うとは痛い人なのかもしれない。羽ないしまぁそこは置いとくか。しかしどことなく懐かしいような、前にも会った事があったような、この少女からはそんな感じがする。


「えっ! いいんですか?」


 高層ビルが立ち並ぶ街の一角に木の香りが漂って来そうな風情あるログハウスの喫茶店がある。そこに俺達は入る。


 艶やかな木製のテーブルに統一感のある板張りの床、マスターの趣味で飾られた観葉植物や色彩豊な熱帯魚が優雅に泳ぐ水槽がインテリアとしてまとまっている。


 カウンターの内側、白髪と白髭が特徴のマスターの背面にある棚には様々な珈琲豆や紅茶が並んでいる。


 夕焼けの穏やかな陽光が店内を温かく照らす。そんな店内の隅のテーブルに向かい合いながら座り、対応してくれたウェートレスに珈琲を二つ注文して、それが届いた。


 天使と名乗る少女はテーブルに両肘を立て手を組みどこぞの取り調べですかみたいな深刻そうな面差おもざしで俺に話かけてきた。


「いきなりですが、お願いがあります」


「いいから、温かいうちに珈琲飲みなよ。冷めちゃうよ」


 俺は少女の問いかけを受け流す。初対面でお願いがあります。その言葉に俺は敏感に反応してしまうのだ。


「はい。いただきます私、日本の珈琲を飲むのは初めてです」


 またおかしな事を言ってる。


 少女は腕を崩し珈琲に角砂糖を多目に、ミルクも注ぎ、結構甘そうな珈琲を少し飲んで話を続けた。


「甘いですねこの珈琲……それより、明日からですね」


 そりゃ甘いだろ砂糖どんだけいれてんだよ。


「そうだお腹空いてるならケーキとか食べる?」


「はい。では、なくてですね。明日から私達の」


 俺は少女の話を逸らそうと度々口を挟む。自分を天使だと言い張るやつはろくでもない。と言うか、二次元だけにしてくれと思っている。


「何のケーキがいいかな? イチゴのショートケーキそれともチーズケーキ?」


「えーとですね。決まりました」


「そう。なら注文するよ。すみませーんオーダーいいですか?」


「お待たせしましたご注文をどうぞ」


「ガトーショコラの三種のベリーのせ!」


「じゃ俺はイチゴのショートケーキで」


「ご注文は以上ですか?」


「はい。お願いします」


 ガトーショコラの三種のベリーのせ……俺はメニューの金額を見てぞっとした。本日のオススメ一覧に書かれたケーキで一番高いやつだった。まあ俺がおごる訳じゃないから別にいいか。


「顔に何かついてます?」


「いや、別に」


「そうですか。……あのですね私は十年前から刻夜さんと共にいたのですが、気づいていました?」


「いいや知りません」


「ですよね……」


 俺はブラックのまま、珈琲を飲む。


「えっ!よくそのまま飲めますね苦くないんですか?」


「香りを満喫してこその珈琲が俺は好みなの」


「似合いませんね。いや、すみません刻夜さんの名前通り『黒』なんですね」


 引いたように否定しつつ、黒の部分を強調して言い直しやがった。

 

「そんな話はどうでもいいです。話を戻しましょう」


 話を逸らしたのあんたの方だろが。何か傷つくなー。


「私がいた世界が大変な状況になりまして助けて欲しいのです」


「何それ設定か何か?」


「設定じゃありません。刻夜さんは覚えていないかもですが、十年前に私と一つになっていたんですよ」


「ごめん無理があるは」


 少女は、頬を膨らまし、眉間にシワを寄せムーっと、俺を睨んだ。


 外見は世間で言うところの可愛いに入るであろう少女。むらのない銀髪に所々に花を思わせるピンクと紫のレースをあしらった白いワンピース、身長は俺の肩位で華奢きゃしゃな少女は頬を膨らましても可愛いと俺も思うが、言っていることが理解できない。

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