第15話 逃亡

教会の周りに人だかりができ、村の広間にみなが背を向けると、僕は急いで、サミュエルおじいさんと<黒いワシ>のところへ駆けつけた。

まず<黒いワシ>の手足を縛る縄をナイフで切る。

手が震え、うっかり自分の指も傷つけてしまったが、必死で縄を切り落とした。


「<アナグマ>、すごいじゃないか、見直したぞ。」


手足が自由になった<黒いワシ>は僕を抱きしめる。

僕は闇色の死の影を持つ<黒いワシ>を正視できず、目を伏せた。


「<黒いワシ>、ごめん。ありがとう。

朝には、一族のみんなが着くと思う。」


そうか、と頷くと、<黒いワシ>は僕からナイフを取り上げ、手際よく全員の縄を切り落としていった。

そして、サミュエルおじいさんを軽々と担ぎあげた。


「<アナグマ>、<ウサギの脾>、肩を貸してやれ。<ワタリガラス>は足をやられている。」


僕が肩を貸そうとすると<ワタリガラス>は、お前がもう少し大きくなったら頼むことにする、と笑った。

つられて<ウサギの脾>も笑い、<ワタリガラス>の片腕を自分の肩に回した。

僕はまるで一族の住む岩窟でたわいもない話をしているような平和な幻覚に見舞われ、彼らの顔に浮かぶ死の影を一時忘れた。

教会の火を消そうと躍起になっていた村人たちは、最初、<黒いワシ>たちが自由になり逃げようとしていることに気が付かなかったが、とうとう一人の目に留まった。


「逃げようとしてる!!悪魔たちが逃げる!誰かー、来てー!!」


あのリーズ夫人だった。

その声で広間に背を向けていた村人たちが振り返った。


「逃げろ!!」


<黒いワシ>の鋭い一声で、はじかれたように僕たちは森へ向かって走り出した。

後ろからオワイト教会のしもべ語の罵声と、たくさんの足音が聞こえる。銃を取れ、と誰かが叫んだ。

ふと横を見ると、<ウサギの脾>と<ワタリガラス>がいない、後方を確認すると、遅れをとっている。

僕が手を貸そうと身を翻すと、<ワタリガラス>が怒鳴った。


「俺はいい!<ウサギの脾>、お前も先に行け!構うな!」


「嫌だ!!」


僕は<ワタリガラス>の言葉を無視して駆け寄ろうとしたが、<ウサギの脾>が僕を抱き上げ、森へと走り出す。


「<ウサギの脾>!離して!嫌だ!<ワタリガラス>も死んじゃ嫌だ!」


泣きながら叫ぶ僕を見て、<ワタリガラス>は笑った。

それと同時に銃声が響いた。そしてそのまま倒れた。

<ウサギの脾>は少し身を低くして、<黒いワシ>の後を追った。

あと100ヤードほどで森だ。

しかし銃声も激しくなり、とうとう<ウサギの脾>も膝をついた。


「<アナグマ>、お前は一族の立派な戦士だ。誇りに思う。」


僕は呼吸ができなくなるくらい泣きすぎて、うまく返事ができなかった。

そんな僕を<ウサギの脾>は突き放し、行け、と促した。

僕はよろよろと森へ歩き出した。森はもうすぐだ。

こちらに戻ってきた<黒いワシ>が僕の手を引き、素早く駆けだした。

僕の頬を熱い銃弾がかすめた。

それでも僕と<黒いワシ>とサミュエルおじいさんは森に逃げ込むことができた。



森に入り少し進めば、銃弾が届かなくなった。僕たちは草木がうっそうと茂るけもの道に分け入り進んだ。

<黒いワシ>は少し速度を落とし、5分ほど進むと足を止め、腰を下ろした。

村人たちの声はだいぶ遠くに聞こえる。

星灯りに目が慣れた僕は、<黒いワシ>の姿をみて叫び声を上げそうになった。

体のあちこちから血が流れている。タイオワが血を止めてくれた銃創だけでなく、傷が増えている様子だった。

僕は止血の薬を取り出し、ありあわせの布で止血した。


「<黒いワシ>、大丈夫?」


「おれはもういい、おじいさんを看てやれ。」


僕は頷くと<黒いワシ>のそばで横たわっているサミュエルおじいさんの元へひざまずいた。

被弾は免れたらしい、拷問の怪我はひどいが、血は止まり、息はある。

僕はおじいさん、と小声で呼んだが返事はなかった。

怪我そのものはタイオワが治してくれたはずだから、拷問のショック、流れてしまった血や<黒いワシ>が渡した麻酔の草のせいで意識が戻らないのだろう。


「<アナグマ>、成人の儀はどうだった?」


僕も<黒いワシ>も大いなる輪に還ってしまった<ワタリガラス>と<ウサギの脾>については言及しなかった。


「契約できたよ、<黒いワシ>も知っているだろうけど。

タイオワとソツグナングとココピラマウナ。」


「3体もか!?それは聞いていなかった、すごいな。さすがおれの弟分だ。」


「でも<フクロウ>は還ってしまった。」


<フクロウ>ばあさまもそうやってタイオワと契約したんだ。そう聞いてるよ。」


こんなに穏やかに話すのは最期かもしれない、と予感させられて、僕は<黒いワシ>の隣にぴたりと座った。

<黒いワシ>は、もう成人したんだろ、と笑ったが、僕の頭をくしゃくしゃと混ぜ返した。



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