第14話 延命
それは村までの道を半分ほど走ったところだった。
鋭い痛みがいくつも僕の体を突き抜けた。
僕は膝から崩れ落ち、隣にいた<火花>が僕の横にかがんで、<金のキツネ>を慌てて呼ぶ。
「どうした、何があった?」
<火花>が心配そうに僕を抱え起こすが、僕は震える体に鞭をうち自力で立ち上がった。
「<黒いワシ>が銃で打たれた。死んでしまう!」
どうしたらいい、僕は一生懸命思考を巡らせる。
タイオワは命運が尽きたものは救えないから、タイオワに頼んでも意味がない。
しかし、僕が今、その現場に行けば間に合うかもしれない。
僕は妙案が浮かばず、ただ焦り、狼狽えた。
(愚か者、契約した精霊を思い出せ。)
野太い声が響く。
ココピラマウナは大地に加護を与える、ソツグナングは水を司る…僕は村に急いで行きたい。
「ソツグナングなら…!」
僕はそう叫ぶと、ソツグナングの力で雨を降らす。
ソツグナングのおかげで、水を媒介にしてならどこでも自由に行ける。
慣れない力では、霧のような小雨が精いっぱいだったが、僕は水となって忌まわしい村へと一瞬で移動した。
僕は
すでに小雨は止んでおり、先の成人の儀のときのように息が切れ、めまいがし、膝が震えた。
ソツグナングの力で移動する際、大いなる輪を垣間見、そこに<フクロウ>がいるのかと思うと、胸が痛んだ。
村はお祭り状態で、中心部では赤々と火が灯り、にぎやかな歓声とざわめきが聞こえる。
昨夜、<黒いワシ>が見た状態と変わっていなかったが、自分の目で見た風景は、より醜悪だった。
村の中心部から、すっかり生気のないサミュエルおじいさんと、息も絶え絶えな<黒いワシ>、<ワタリガラス>、<ウサギの脾>を感じた。残りの一族の精鋭部隊はすでに大いなる輪に還っていってしまっていた。
(…私が助けられる者はおらん)
タイオワが静かに放った。
先ほどは衝動的に行動してしまったが、少し冷静になれば、タイオワが示唆する様々な可能性が見えた。
じぶんが飛び込んで彼らを助けに行って、タイオワが延命しても、安全な逃げ場がない
自分が身代わりになったとしても、自分が彼らとともに処刑される
ソツグナングが土砂崩れを起こせば、村人だけでなく、彼らも、一族も命を落とす
多くの可能性はどれも行き止まりで、この物語の終焉を僕は予感した。
村人の全員が、
願っているだけではなく、それを可能にする文明の利器を彼らは有している。
今日、一族の命運は尽きる。
(分かってるじゃないか。何百年、何千年、見守ってきた愛しい隣人は今日、いなくなる。)
嬉しいのか、悲しいのか感情の読めない声でタイオワが言う。
「それでも僕は諦めない。諦めてなんかやらない。」
タイオワは何も言わなかった。
僕は暗い路地を走り抜け、教会を目指して駆けた。
精霊と契約を交わしたおかげで、行く手をふさぐ壊れた桶やら、痛み大穴を開けた土道が見なくても分かり、夜道を駆けることに苦はない。
少しずつ命が減っていくサミュエルおじいさんと<黒いワシ>に焦りを覚えながら、教会へ全力で走り抜けた。
教会に着き、内部に入ると、照明用の蝋燭がいくつか灯っており薄暗かった。
僕は蝋燭の1つを手に取ると、教会へ来る途中、通りすがりの納屋から失敬してきた藁に躊躇いなく火をつけた。
無事に炎が燃え移るのを確認すると、そのまま聖書、カーテンなど火が簡単に燃え移るものに火を灯した。
薄暗かった内部はいまや煌々と明るくなっていた。
木造の建物であることが幸いし、火はだんだんと大きくなり、室内は煙が充満していく。
僕はむせかえりながら教会から出ると、その隣のエヴァンス牧師の家の屋根に上った。
そこから50ヤードほど先に、磔にされているサミュエルおじいさんと<黒いワシ>たちと、彼らに石を投げる村人たちが良く見えた。
ほんの小さい子供たちですら楽しそうに石を投げるのを見て、人間に醜さに嫌悪を抱いた。
僕は後ろを振り返り教会を見ると、その外壁をちろちろとなめる炎が見えたので、叫んだ。
「火事だー!!教会が燃えてるぞー!」
最初は届いてないと思われた僕の声も何度か叫ぶと、村の人たちの輪の一番外側にいた女の人が振り向いた。
僕はその女の人が教会から上がっている薄煙に気づいてくれることを祈った。
よく見るとそれはエヴァンス牧師の奥さんで、エヴァンス夫人が輪から離れ数歩、歩いたときにタイミング良く、熱せられた窓ガラスが2、3枚はじけ飛んだ。
ガラスの割れた音で、エヴァンス夫人だけでなく、数人の村人がこちらに駆けてきた。
僕は彼らと鉢合わせしないよう屋根伝いに村の中心に近づいていった。
「タイオワ、彼らを死なせないで。」
(分かっていると思うが、)
「命運は変えられないのは分かってる。でもこのままじゃ、あと数分で死んじゃうよ…!」
タイオワは嘆息したが、サミュエルおじいさんがかすかに意識を取り戻し、<黒いワシ>の銃創からは血が止まった。
これで、今までの村人からの暴力による怪我が原因でおじいさんたちが命を落とすことはなくなった。
その間にも、教会から火の手が上がっていることが伝聞され、村人は騒然となり、各々が水の入った盥を手に教会へ集まっていく。
教会は祖国から離れて苦しい生活を送る村人にとって唯一の心の拠り所であり、文化人としての証である。
そんな教会に火をつけた僕を今までずっと敵視してきた村人は正しかったのかもしれない、むなしさを覚え、笑ってしまった。
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