第12話 遺言

起きろ、と声が聞こえた。

一度目を覚ますと今までにない騒がしさを覚えた、ほんの小さな物音ですら、まるで頭の中に直接ガンガンと叩き込まれているようだ。こんなにも騒がしい中でどうやって意識を失っていられたのか疑問に思った。

燈火の赤い光が、壁面にうつる多数の黒い影を揺らめかせているのが見え、一族の人々が戦いに備えて動き回っているのが分かる。

誰かの声で目覚めたが、周りにはだれもおらず、最奥の天幕ではない、狭い天幕の一つに寝かされていた。

成人の儀が終わって明らかに違うことは自分の影がずっしりと重たいことだ。

感覚が研ぎ澄まされたように、身に付けている布や、自分にかけられているクマの毛皮、爪の間の泥など一つ一つが大いなる輪につながっていることを意識させられ、一挙手一投足にいやが応でも意識させられた。

さらに、集中すると、一族の皆がどこで何をしているのかが感じ取れた、例えば<黒いワシ>が<フクロウ>を喪失した悲しみと、誓いの輪を胸にした怒りを持ち、村へ向かって森を疾走していることも分かった。


「目が覚めたかね?」


<金のキツネ>が唐突に天幕の中に入ってきたが、多くの気配を身近に感じられるようになった僕は驚かなかった。


「3体もの精霊と契約したのはわしの知る限り初めてだよ、さすが精霊の愛し子。

頑張ったな、<フクロウ>が言っていた通りだ。」


「僕は<フクロウ>の精霊と……。」


<金のキツネ>は黙って僕を見た。


「<金のキツネ>、僕にそんな価値があったのか、自信が持てないのです、

<フクロウ>は一族を護ってきました、タイオワと共に。

僕に、混血の僕に、<フクロウ>のように一族を護ることかできるのか、」


(…救われんな、アスゥクワリフクロウが。)


僕の弱音を遮るように、野太い声がした。

それは僕を先ほど起こした声だった。

そして、<フクロウ>の真名ほんとうのなまえを呼ぶのは、<フクロウ>の精霊だったタイオワに違いない。


アスゥクワリフクロウは、お前を生かすために自分の命を捨てた。

なにもアスゥクワリフクロウが命を捨てる必要はないと私は彼女に忠告した。

私は彼女が望むなら、どんな人間でも命を救えたが、それは本人の命運が尽きていない場合のみ。

しかしながら、ここ数か月、アスゥクワリフクロウが何度お前を占ても命運が尽きていた。

弾劾されたときに殺されるか、おまえの祖父を助けに行って殺されるか、オワイト教会のしもべの炎によって森で仲間と焼け死ぬかしか残されておらず、どんなに可能性を探っても、私と契約する以外にお前が生き残るすべを、彼女は探し出せなかった。

だから、アスゥクワリフクロウは、トツゥーワ金のキツネと相談し、お前に成人の儀を受けさせることにした。)


タイオワは感情を伺わせない太い声で淡々と事実を述べた。

急な成人の儀の打診は、<フクロウ>の命が懸けられたものだったと知り、胃の腑にずっしりと重いものが落ちてきた。

もはや感情が事実に追いついていかず、自分が悲しいのか、畏れているのか、情けなさを感じているのか、わからなかった。

握りしめた両手が震え、口の中がカラカラに乾いているのに、目からは堰を切ったように涙があふれた。


「落ち着きなさい、イタムアナグマ。大丈夫だ。」


<金のキツネ>が僕の真名を呼ぶと、両手で僕の顔を力強く包みこみ、僕と額を合わせる。

たったそれだけの動作だったが、僕は<金のキツネ>の深い愛と僕への信頼を感じ取ることができた。

焦りと恐怖が僕の中からすっと流れ去り、あとは<フクロウ>を喪失した悲しみだけが残った。


「<フクロウ>からの伝言だ。

タイオワは<アナグマ>が心にかける全ての人の情報をもたらしてくれるが、その情報はとても多すぎる。

まずは聞かない、情報を得ないよう心掛けなさい、と。」


自分を犠牲にして、なおかつ、僕のために残してくれたという言葉が、嬉しいが同時に切なくて涙が止まらない。


「<フクロウ>はこうも言っておった。

タイオワは人ではないから、人らしい気遣いはできない。

多少言葉が赤裸々だが、気に病んではいけない、と。」


<金のキツネ>は僕に微笑んだ。

今の僕には、<金のキツネ>が生涯の伴侶を失くし、僕以上の悲しみを背負っていることが生々しく感じられた。

同じく<フクロウ>死を悼む僕は、その悲しみにひきづられ、喪失感が何十倍にも大きくなった。


(お前は、トツゥーワ金のキツネの話を聞いていたのか?

「聞かない」ように努めろと言われたはずだ。

私からどれだけ情報を引き出すかは、お前自身が制御するんだ。)


「はい、タイオワ。」


涙をぬぐい、自分の感情に集中する。

さらに集中を深めようと自分の真名を何度か心の中で唱えて、自分以外の感情を排除するように努めた。

ほどなくして、少し体が軽くなったように感じた、少なくとも戦いに備える人たちに蹴とばされて痛い思いをしたヤギの気持ちはもう感じなかった。


(あと、私は気遣いができないのではない、しないのだ。)


野太いタイオワの声音は淡々としているが、気分を害しているようだ。

その対比がユーモラスで、こんな時だが少し気持ちが明るくなった。


集中力が途切れたのか、ふと他者に引きずられて感情が揺れ動くのを感じ、目線を上げて<金のキツネ>を見た。

<金のキツネ>は、僕がタイオワと話しているときは、黙って待っていてくれる。

タイオワの声は<金のキツネ>には届かないが、大いなる存在は感じ取れるようだ。

以前もそうして、<金のキツネ>はよく<フクロウ>とタイオワの会話が終わるのを微笑ましく待っていた、ということが分かり、まだまだ制御の力が足りない自分を恥じた。


(前もって、教えておいてやろう。

お前は、全ては救えない。

命運が尽きたら、たとえ私でも救えないのだから。)


そのタイオワの言葉は、彼にとっては珍しい気遣いだったのかもしれないが、僕の背筋は凍り付いた。

目の前で、大切な人たちが傷つき死ぬのを黙って見ているわけにはいかない。

一族とおじいさんを守りたい。

僕は<金のキツネ>に向き直り、居住まいを正した。


「<黒いワシ>や<ウサギの脾>たちがオワイト教会のしもべの村へ向かったのは知っていますが、詳細を教えてください。」

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