第11話 代償
毎年、成人の儀で命が散る。
狩人の成人の儀は年若い子供たちが、狩りに失敗して、崖から落ちたり、狼に食い殺されてしまったりする。
狩りは一人で行くのが決まりだから、道中なにがあっても誰にも助けてもらえない。
失敗したり怖気づいて引き返すのは自由で、何度でも挑戦するのは許されているが、一度狩りに出たら自分ひとりで岩窟まで帰って来ないといけない。
なので、集団での狩りでは命に別条のない軽微な負傷、例えば捻挫も、成人の儀では野生動物から逃げ遅れる致命的な重傷なのだ。
そうして成人になれなかった若い命が散ってしまう。
呪術師の成人の儀は、違った意味で危険を背負っていた。
成人の儀で呼び出した精霊は、必ずしも未契約の精霊とは限らない。
別の呪術師と契約していても、新たに自分と共鳴した呪術師が現れれば、その精霊は新しい契約を求めて、古い呪術師の元を去る。
そもそも、呪術師は精霊との契約をもって大いなる輪の中に入り、精霊を媒介に大いなる輪の力を借りる。
川の濁流のような大いなる輪の中で、契約した精霊は呪術師にとって浮き輪や舟、または灯台のような存在であり、精霊がいなくなれば一つの昇華された魂として大いなる輪の中に還っていく。
さらに、古い呪術師の元を去った精霊が新しい契約者と契約しなかったとしても、精霊は古い契約者のもとを離れてしまっているので、古い契約者の死は免れない。
だから、すでに契約されている精霊を呼び出すことは、元の契約者の死を意味し、呪術師の成人の儀は成人した本人ではなく、周りの誰かが命を落としてしまうことが今までも何度かあったと<フクロウ>は僕に教えてくれた。
そして、僕は<フクロウ>のタイオワを呼び出してしまった。
もちろん、まだ契約していないので、もしかしたら自分の思い違いかもしれない。
だが、確かめるのは怖かった。
サンフェイスカチナは顔の周りの白い羽をふさふさと揺らしながら、試すように僕を見ている。
背景の赤はだんだんと黒ずみ、焦点が合わなくなっていき、それは契約のための時間があまり残されていないことを意味している。
僕は窒息状態が続き、ほとんど限界だった。
「そこに、宿られているのは、わが、一族を守るお方、この世界の始まり、無を有にしたタイオワと、お見受けする。
我に、力を与え、大いなる輪の中に我を加えんと…」
違うと言ってほしい。
<フクロウ>の黒い澄んだ瞳が温かく僕を見て微笑んでいるのが浮かんだ。
カチーナ人形の作り方を教えてくれた
僕を大地と精霊の愛し子と称して呪術について教えてくれたのも彼女だ。
そうか、<フクロウ>は自分が僕に殺されてしまうのを知っていたのかもしれない。
突然、成人の儀をやるといいだしたのは、この結末を知っていたんじゃないかな。
それなのに…
僕に、そんな価値が…あるのだろうか。
「…欲す。」
サンフェイスカチナは大きく一つ手を打ち鳴らし、ほとんど黒くなった背景に霞んで消えた。
山でも背負ったかのような重さだった。
最後のひとかけら、肺に残っていた僅かな息を吐き出すと、目の奥が真っ暗になった。
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