第8話 憤怒

<黒いワシ>はしばし混乱し、弓矢をいま一度戻した。

<アナグマ>はこの状況を知らないに違いない、知っていたらおじいさんを助けてほしいと自分に伝えたはずだし、<アナグマ>は拷問を受けているおじいさんを残して、自分だけ助かろうとする性格ではない。

愛するおじいさんが拷問を受けるのであれば、自分が代わる、

自分に代わることが許されないのなら、自分も同じ拷問を受ける、<アナグマ>はそういう男だ。

と、すると<アナグマ>が緊急の合図を送ってきたときは、おじいさんが拷問を受ける事態を想定していなかったのだろう。

では、なぜ<アナグマ>の祖父は拷問を受けているのか、<黒いワシ>は状況を細かく把握するため、危険を覚悟で屋根から降りた。


体臭を悟られぬよう風下から音もなく近づき、群衆の後ろのほうで盃を上げて祭りを楽しんでいる若い男の口をふさいで手ごろな家屋の後ろに引きずり込んだ。

男は驚いて抵抗するが、自身とは大きく異なる<黒いワシ>の風貌と、目の前に突き付けられた鋭い刃物を見ると、力を失い崩れ落ちた。


「答えろ、いったい何が起きていル?」


訛りのあるオワイト教会のしもべ語で問いかけるが、若い男は恐怖で目が泳ぎ、言葉が出ない。

<黒いワシ>は仕方なく、刃物を少し遠ざけた。


「なぜあの老人は拷問を受けているんダ?」


「あ、あのサミュエルじいさんの孫が、あ、悪魔だと証明されたから、そ、それで。」


<黒いワシ>は続きを促す。


「そいつが、森へ逃げていったってことは、途中まで犬で追っていったサムたちが突き止めて、

それを聞いたエヴァンス牧師は森を火で浄化すべき、と言ったんだが、あのじいさんが止めてくれってぇ訴え出たもんで。

悪魔を庇うなら、そいつも悪魔だってサムたちが騒ぎ立てて、今はじいさんが悪魔かどうかの審議中なんだ。

悪魔は歩き疲れると糞尿を垂らすから、」


若い男がそこまで話すと、群衆から奇声が上がった。


「漏らしたぞ!」

「悪魔だ!」

「サミュエルも悪魔だった!」



必要最低限の情報を聞き出した<黒いワシ>は毒のついた針を素早く、若い男の首筋に刺した。


「情報、感謝すル。」


その毒を使われると、大人でも3日は眠り、運が悪ければ二度と目覚めることがないという一族の秘薬だ。

<黒いワシ>が意識を失くした若い男を雑に横たえ、<アナグマ>の祖父のもとへ一足飛びで助けに向かおうとしたところで、一人の男の残忍な声が、群衆を静まらせた。


「聞きなさい、我が同胞たちよ。

私たちは、常に慈悲の心を持たないといけない、たとえ悪党に騙されたとしても。

かくいう私も、森へ逃げた悪魔に1度はチャンスを与えたのだ、この村の教会の牧師として。

結果は残念な物になってしまったが、しっかりと警告したのだ、悔い改めよ、と。

そう、私たちは野蛮人とは違う。

もう一度サミュエル氏にチャンスを与えよう。

もう一度、試練を受けてもらい、彼が魔の使いではないと証明する機会を与えようではないか。」


群衆は大歓声を上げた。

汚物にまみれ、足から血を流す<アナグマ>の祖父は引きずられ、役場と書かれた建物の中に連れていかれた。

<黒いワシ>は怒りで視界を真っ赤にさせながら、残忍な牧師に呪いの言葉を吐いた。



日が昇ると、群衆は一人、また一人と静かになり帰宅し始めた。

夜通し金切り声を上げ、歌い、囃し立て、疲れたのだろう。

<黒いワシ>は森の樹上で待っている仲間のもとに戻り、見てきたことを報告する。

仲間の誰もが憤り、同時に森を燃やそうとするオワイト教会のしもべたちに警戒した。


<黒いワシ>は考えた。

今、<アナグマ>の祖父を助け、森に連れて帰ると、残忍なオワイト教会のしもべ共は、森を焼き、その奥で暮らす我が一族を攻撃するだろう。

戦うには準備する時間が必要だ。

同時に、苦しみを終わらせるため、<アナグマ>の祖父を今ここで殺すことも躊躇われた。

<アナグマ>は祖父の無事を信じているし、<黒いワシ>自身、機会を作って彼を助け出したいと思っている。

そのためには、<アナグマ>の祖父には最低でももう一晩、戦ってもらうしかない。

<黒いワシ>はそう結論付けると、仲間の一人である<ウサギの脾>に一族の岩窟へ戻って、<金のキツネ>に報告するように命じた。

そして、<黒いワシ>と残りの仲間は、村近くの樹上で村への侵入の機会を伺った。

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