第7話 安否

<黒いワシ>が帰ってきたのは、夕暮れだった。

その頃僕は、精霊の湖でみそぎを済ませ、精霊との契約方法について<フクロウ>に学んでいるところだった。

彼らが帰ってきたのはざわめきで分かったが、禊が済んでいるので、不用意に最奥の天幕から出られず、もどかしい。


「<フクロウ>、あの、行ってはいけませんでしょうか。」


「ならぬ。今日は新月。今日を逃すと次の新月まで契約ができなくなる。

簡単な報告は受けられるだろうが、どんな結果でも心を乱さぬこと。

成人の儀は清い心で行われねばならぬ。」


「わかりました。わかってます、<フクロウ>。

ああ、でもおじいさんが無事かどうかだけでも知りたいのです。」


「ならぬ。」


<フクロウ>の強い否定に、僕はその場に座り続けることに無理やり集中する。

契約の呪言を頭の中で何度か繰り返すと、少し落ち着いた気がした。



灯りの油を2度継ぎ足したころ、<金のキツネ>がようやく天幕に入ってきて、開口一番に朗報をもたらした。


「おじいさんは無事なようだよ。」


「ああ、そうですか。本当によかったです。どうもありがとうございます。」


「詳細は成人の儀が終わってから説明しようかね。」


<金のキツネ>は優しく笑う。

その笑顔に僕は心の芯から温まり、ここ数年感じたことのないような安心感を覚えた。

<黒いワシ>はどこだろう?昨日の夜更けに呼び出してしまってから、一度も休んでいないのではないだろうか、と僕は心配になった。


「<黒いワシ>はもちろん無事に帰っていますよね。

お礼だけでも言わせてもらえないでしょうか。」


<金のキツネ>の顔が束の間、曇ったような気がしたが、またすぐ笑顔で了承し<黒いワシ>を呼んだ。

<黒いワシ>はすぐに現れたが、僕は彼の固い表情に違和感を感じた。


「おじいさんが無事と聞きました。どうもありがとう、<黒いワシ>。」


いつもは気安く話しかけるが、最奥の神聖な天幕にいるため、かしこまってしまう。


「ああ。」


「<黒いワシ>、顔色が悪いよ、どこか怪我でも?」


「大丈夫だ。」


「でも、血が…」


「<アナグマ>!血を触ってはならん!禊が!」


<フクロウ>が声を上げて止めようとしたが、僕はすでに<黒いワシ>の右手についた血に手を伸ばし、触れてしまっていた。

そこで、僕は初めての体験をした。

おそらく<黒いワシ>が今日、一日見てきたであろう事々を追憶体験したのだ。




<黒いワシ>は怒りに燃えていた。

<アナグマ>は素直で優しく賢い、とてもかわいい弟分だ。

それが夜中に緊急の合図を送り、あんなに悲壮な声で泣きついてくるなんて、よほどのことがあったに違いない。

オワイト教会のしもべめ、何かやったら許さない、オワイト教会のしもべのひとりやふたり、殺してしまっても構わないだろう。事と次第では全滅でも構わない。

<黒いワシ>は<アナグマ>を一族の岩窟へ送り届けた後、数名の仲間を連れ村へ向かった。

道中、仲間に警戒を続けるよう合図を送ると、最速でオワイト教会のしもべの村を目指した。



<黒いワシ>たちが村の近くに辿り着いたのは、空が暗闇から群青色に移り変わり始める頃だったが、村は赤々と燈火が灯っていた。

人のざわめきが絶えず聞こえ、村全体が一睡もしていないようだ。

<黒いワシ>は仲間に森の出口に近い樹上で待機するよう伝えると、自分は弓矢を携え、村へと侵入した。

村人は全員、大通りに集まっているようで、家々の間の路地や農場には人っ子一人いない。

<黒いワシ>は易々と一軒の屋敷の屋根に上がると、大通りの様子を見て、嫌悪感を覚えた。


老人が一人、縄にかけられ通りを引きまわされている。

老人の両脇に屈強な男が立ち、老人を歩かせるが、老人の意識はすでに朦朧としているようでその骨筋張った足はほとんど動いていない。

裸足の老人の足からは血が流れ、腫れ上がっていた。

そして、通り沿いに立つ村人たちは、「悪魔に裁きを」と囃している。

<黒いワシ>はいっそのこと、ここから矢で老人を射殺してその苦しみを終わらせてあげようと考え、弓矢を構えると、老人に狙いを定めた。

そして、気が付いたのだ、老人は可愛い<アナグマ>の祖父であることに。

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