第6話 庇護

<黒いワシ>ほどは優秀な狩人ではないが、僕も訓練されている、夜の暗い森を音もなく駆けることは容易ではないが困難でもなかった。


≪ゥウオォォーン・ウオーオォン≫


昼は野鳥、夜は狼という決まりごとの通り、僕は狼の遠吠えで<黒いワシ>に緊急の合図を送った。

返事はすぐに返ってきた。

いつもの場所で待つ、ということだった。

僕は訓練された通り、音を出さない草踏みをして、足跡を残さないように獣道を時折使い、匂いで追えないように何度か川を渡り、通常の倍の時間をかけて待ち合わせの場所へ辿り着いた。

<黒いワシ>は戦闘用の盾と槍を持って、僕を待っていた。

声を上げて泣くことは、一族では子供のすることだから好ましくないと知っていたが、僕は<黒いワシ>に抱き着くと嗚咽を抑えられなかった。

太陽の匂いがする<黒いワシ>は、僕を抱きしめ返すと、低い声で安らぎの精霊を呼ぶ唄を歌う。

僕は安心して、気が付かない間に眠りに落ちてしまっていた。



目が覚めると空がうっすらと白み始めていた。


「起きたのかい?」


<フクロウ>が僕の枕もとで、悪夢除けのお香を取り換えているところだった。

重い体をのろのろと起こすと、ハッカの香りがする絞った布が額から落ちた。

どうやら一族の岩窟まで<黒いワシ>が運んでくれたようだ。


「何があったのか説明してくれるね。」


<金のキツネ>が天幕をくぐり、僕の隣に腰を下ろすと、僕の背中を軽くさする。

サミュエルおじいさんもそうやって背中を優しくさすってくれたことを思い出し、昨晩の出来事が一気に現実として戻ってきた。


「ぼ、僕!サミュエルおじいさんが無事か確認しないと!」


「村への様子は、<黒いワシ>と他の仲間が見に行っているから大丈夫だ。」


<黒いワシ>は一度だけ、サミュエルおじいさんに会ったことがある。

昔、村に住んでいたオワイト教会のしもべの父と、オワイト教会のしもべたちの言葉が話せるので彼らの道案内をしていた一族の母が、駆け落ちするようにサミュエルおじいさんの前から姿を消し、僕が生まれた。

ところが、二人は病気で亡くなったため、サミュエルおじいさんのもとに幼い僕は届けられた。

その役を担ったのが、母と同じくオワイト教会のしもべたちの言葉が話せる幼年の<黒いワシ>だ。

当時、一族はもっと大所帯だったが、彼らはオワイト教会のしもべたちの侵略に抵抗するので手いっぱいだった。

また、そんな中、オワイト教会のしもべと子供をもうけた母にも風当たりが強く、一族の岩窟では幼い僕を育てられる環境ではなかったため、危険がなく安定した暮らしをしているサミュエルおじいさんに預けられたという。

褐色肌に差別はあれど、異端者狩りや魔女裁判は遠い地の出来事だった時代だ。


きっと<黒いワシ>なら、僕の意図を汲んでおじいさんの安否を確認してきてくれると安心し、昨日起こったことを<金のキツネ>と<フクロウ>に説明し始めた。



「そうか、では<アナグマ>はもう村には戻れないだろうね。」


「はい、<金のキツネ>。

一生懸命働くので、こちらに置いてください。」


「それはもちろん構わない、だがわしには村のオワイト教会のしもべたちがこのまま諦めるとも思えない。

戦いに備えるしかないだろう。」


「…はい。」


どこへ行っても問題を引き起こしてしまう自分を恥じた。

<金のキツネ>はそれを察したように僕の背中を叩くと、一族の者たちに戦いに備えるよう申し伝え、自らも天幕の外へと去っていった。


「<アナグマ>、成人の儀はどうするか、心は決まったかな。」


残された<フクロウ>は僕の目を真正面から見据えた。

村には戻れない。

成人していない自分は弱く、おじいさんの安否を自分で確認することすらできない。

もう、成人の儀を断る理由はなかった。


「<フクロウ>、呪術師の成人の儀を受けさせてください。」




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