第3話 暴徒

森のいつもの場所で<黒いワシ>と別れ、夕闇に乗じてひっそりと家に帰った。

帰宅の挨拶をし、夕食の支度をしているサミュエルおじいさんを手伝う。

その間は無言で、僕も成人の儀について敢えて話さない。

おじいさんは僕のことを愛してくれていたが、僕の仲間については聞きたがらなかった。

もしおじいさんに信用できる親族が一人でも生きていたら、その人を僕の後継人にして、森へは決して行かせてくれなかっただろう。


その日の夕食は、畑でとれた旬のトマトと、豆を煮込んだスープ、収穫前に間引きした小ぶりのジャガイモと、裏庭で飼っている雌鶏の卵で作ったキッシュ、トウモロコシをひいて作ったコーンブレッド。


教会への感謝の言葉を述べ、質素だが暖かい夕食を静かに食べていると、騒がしい足音がして、家のドアが蹴破らんばかりの勢いで叩かれた。


「サミュエル!来てくれ!急患だ!!」


「森で襲われたんだ!」


森、と聞いて、僕は心臓が凍った気がした。

サミュエルおじいさんは、けが人を処置するための準備を素早く整え、ぼさっとするな、と僕を叱り飛ばした。

その声で我に返り僕も慌てて立ち上がり、急いで準備をする。

村人たちがおじいさんに状況を説明するのを聞くと、森でグリズリーに襲われたようで、1人がすでに息絶え、もう一人も危ない状況だという。

僕にとっては一族であり仲間の"野蛮な原住民"と、村の人たちが森で一戦交えたのかと肝を冷やしたが、そうではないようで、安堵した。

原住民と白人の対立は、新大陸に白人が渡ってきた翌年から各地で起きている。


家に駆けこんできた村人たちも、狩りに同行していたようで、頭から血を流したりと皆どこかしら軽傷を負っていた。

そんな破れかぶれな状態でも、僕を睨むことを忘れない人もいたが、僕は睨まれることくらい慣れすぎてしまっていて、何の感情も湧かなかった。



翌朝、森でグリズリーに襲われ2人が死亡した事件は村中に知れ渡っていた。

僕とおじいさんはもう一人の重傷者を救えなかった。

内臓を半分近くえぐられても生きて村まで辿り着いたことこそ幸運な奇跡だったが、村人たちの考える幸運には際限がないらしい、『生きて村に帰ってきて、サミュエルおじいさんを呼んだのに、死んでしまった』と嘆き、そればかりが独り歩きしていた。

村は仲間を失くした悲しさだけでなく、夏も終わりに近づき、収穫が始まるのに、農作業に必要な男手を2人も失ったという実利的な喪失にも苛まれている。

そして、そのはけ口は葬式を訪れた僕だった。


「昨日!お前の顔を見た時から嫌な予感はしていたんだ!

いやらしい薄ら笑いを浮かべた悪魔が!

お前がジョセフを殺したんだ、そうだろう!」


内臓を半分えぐられて今朝早くに亡くなったジョセフおじさんの従兄のサムおじさんが僕に怒鳴り散らした。

サミュエルおじいさんは間を取り持とうとしたが、一人の村人の怒りはあっという間に伝播した。


「野蛮な悪魔め、お前があの化け物みたいなグリズリーをけしかけたんだろう!

お前が今、何考えているか当ててやろうか?悪魔に捧げる供物ができてよかったと喜んでいる、そうだろう!」


「この野蛮人、お前が死んでしまえ!」


「俺は、ジョセフの治療しているときに、こいつがブツブツ何かを言ってたのを聞いたぜ。

呪いをかけてたんだろう、ええ?

人を殺す呪いをな!」


悪魔、死ねの大合唱が始まる。

取り囲まれ、今にも集団私刑の直前だった。

周囲を見渡すと幸いなことに、サミュエルおじいさんは暴徒と化した村人たちの輪の外にいた。

僕は長年の経験から村人たちと分かり合う努力をすでに放棄していたし、ここまで興奮している人たちに何を言っても火に油を注ぐだけだろう。

おじいさんが必死に村人たちをかき分けてこちらに来ようとしているのが見え、僕がここにいるとおじいさんまで巻き込まれてしまうと判断し、仕方がないので僕はその場から逃げ出した。

固いものが背中や頭に当たったが、構わず走る。

誰かの家畜小屋に逃げ込んで身を隠したとき、悪魔の子を追い払ったと歓声が聞こえた。

しばらくして、息も整ってきた。

教会から鐘の音が聞こえて、葬式が始まるのを確認してから、僕はそっと家に帰った。




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