第2話 打診

「こんにちは、<金のキツネ>じいさま。遅くなりました。」


一族の総長である<金のキツネ>は白髪の老人だが、まだまだ狩りでは活躍するだけあって筋肉質でがっちりとしている。


「<アナグマ>、待っておった。<フクロウ>ばあさまから大事な話がある。

こちらへ来なさい。

<黒いワシ>は外に出ておりなさい。」


<黒いワシ>は短く返事をすると、岩窟の出入り口の見張り役のところへと向かっていく。

一族が夏の間住んでいる岩窟は天幕で区切られており、その最奥に僕は招かれた。

岩壁には、一族が祭る精霊や動物たちが描かれている。

足元に敷かれている狼の毛皮は、<黒いワシ>が初めて自分ひとりで狩ったもので、それを彼は精霊に捧げ、晴れて一人前の成人と認められた。何年も前の話である。

それに引き換え、僕は狩りによる成人の儀を行っていない。

狩人として成人するには、狩りの腕がまだまだ足りなかったし、願わくば僕は呪術師として成人の儀を行いたいと考えていた。

ただし、半血ハーフで、大地の侵略者たるオワイト教会のしもべの村に暮らす<アナグマ>が、<フクロウ>のような立派な呪術師になれるとは思っていなかったので、自ら打診したことはない。

呪術師の成人の儀は、一族の精霊と契約すること。

トント白人にへつらう人間が一族の神聖なる精霊と契約できるとは思えなかった。



「<アナグマ>、座りなさい。」


「はい、<フクロウ>。」


僕は狼の毛皮の上に座り、<金のキツネ>は<フクロウ>の隣に座った。


「<アナグマ>や、成人の儀について考えたことはあるかね。」


<フクロウ>の深いしわがれ声は僕を驚かせた。


「…僕にはその資格がないと思っています。」


「<アナグマ>、私たちは大地を、水を、木を、動物を、精霊を敬う。

たとえオワイト教会のしもべだろうと、大地を讃えるものは、一族の成人になれる。」


考えたこともない言葉だった。

なれるものなら、<フクロウ>のような呪術師になりたい。

自分を迫害する村で生きるのではなく、一族の成人として生きたい。

しかし、と僕は唇を噛んだ。

サミュエルおじいさんはどうしたらいいのだろう?自分のせいで村から疎まれているおじいさん。

薬屋は村になくてはならない存在だが、人の死に関わるため忌み嫌われる職業でもあり、異端狩りの際は一番最初に被害者となる。

自分が悪魔の仲間入りをしたら、サミュエルおじいさんは確実に教会の手で処刑されてしまうだろう。

殊更、最近は風当たりが強い。

僕は即答ができなかった。

そんな僕の葛藤を見透かしたように<フクロウ>は静かに告げた。


「<アナグマ>、迷っても良い。

だが、決断は必要だ。

決断したら、私と<金のキツネ>に知らせなさい。」


僕は感謝の意を述べると、その場を辞した。

岩窟の外に出て明るい日差しに目を瞬いていると、<黒いワシ>が目ざとく見つけて声をかけてきた。


「<アナグマ>、送っていくぜ。」


村への帰り道、<黒いワシ>は何を言われたのか、と質問してきた。


「よかったじゃないか!

成人の儀をしないか、ってことだろう。これでお前も一人前だな!」


混血の僕が成人の儀をできるかどうかが分からず、<黒いワシ>は昔からそんな僕を気遣ってあえてその話題に触れないようにしてきたのは知っている。

喜んでもらえて嬉しいが、複雑な心境は晴れなかった。


「しかしなあ、だったらどうしてばあさまやじいさまは、深刻そうだったんだろう。

おれはてっきり悪い話だと思っていたから、どうやって弱虫<アナグマ>を慰めようかと考えていたんだ。」


<黒いワシ>は揶揄するようにからりと笑った。


「簡単な話ではないからだと思うよ。

僕はサミュエルおじいさんや、村での事情を考えないといけない訳だし、」


そう言いながらも、本当にそれだけだろうかと疑問だった。

唐突に成人の儀を打診した理由を<フクロウ>に質問すればよかったと後悔した。

僕はもう今年で11歳になる。

同年代の一族の子供たちは全員成人の儀が終わっているが、その時には声をかけられなかった。



突然の成人の儀の打診

隣村の魔女狩りと5人の処刑

自分を見つめる村の人たちの嫌な目

神経質なほど心配するおじいさん



僕は人生の岐路に立っていた。

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