第1話 呼び出し

≪クルックーケー・クルック・クルックー≫


明るい昼下がり、森のほうから野鳥の鳴き声がした。

<黒いワシ>が僕を呼んでいる。


「サミュエルおじいさん、森に行ってきていい?」


薬草の日干しは終わり、タン切りの水薬は煮込み終わっている。

しかし、サミュエルおじいさんはあまりいい顔をしなかった。


「いいか、わかっていると思うが」


「誰にも見られてはいけない。悪魔と交流があることを絶対に知られてはいけない、でしょう。」


「本当は森に行くことを禁止したいが、奴らはお前の母親の仲間。

わしが先に逝ってしまったあと、お前を助けてくれる唯一の仲間だからの。」


僕はおじいさんがこの話をすることが大嫌いだった。

大好きなおじいさんが死ぬなんて考えたくないし、おじいさんという後ろ盾を失くした自分がこの閉鎖的な村でどんな目にあうかを考えただけでも憂鬱だった。

でも、森に行くなら避けては通れないお説教だ。


「おじいさん、わかっている。ごめんなさい心配かけて。でも絶対に約束は守るから。」


≪クルックーケー・ケー・ケー≫


<黒いワシ>が急かしている。

僕は申し訳ないと思いつつも、夕食前には帰ることを約束し、家の裏口から周囲に村人がいないことをよく確認すると、森のいつもの場所へ急いだ。




「おい、<アナグマ>。遅いじゃないか。」


<黒いワシ>は僕を<アナグマ>と呼ぶ。

彼らの一族は、真名ほんとうのなまえを自分の親と総長と生涯の伴侶にしか明かさない。

名前を呼びあうときはいつも呼び名を使っている。

<黒いワシ>は僕より年上の健康的な小麦色の肌をした青年だ。

総長の一番孫で、狩りの腕は一族の中でも3本指に入る。

教会のある秩序だった白人世界での生き方を教えてくれたのがサミュエルおじいさんなら、

精霊と自然と大地と共存する原住民の生き方を教えてくれたのは<黒いワシ>だ。


「おじいさんが最近、神経質なほど心配している。

無理もないと思う、この前も隣の村で魔女が出たって。

5人も絞首刑になったんだ。

魔女狩りの知らせが入ると、いつだって村の人たちは僕を嫌な目で見るし。」


いつもなら笑い飛ばす<黒いワシ>が神妙な顔をした。


「<黒いワシ>、どうかしたの?」


「今日呼び出したのは、いつものように狩りの方法やカチーナ人形の作り方を教えるためじゃないんだ。

ばあさまが<アナグマ>を呼んでいるから、急いで連れてこいとじいさまが言うから。」


悪い知らせを予感させられ、僕はうすら寒さを覚えた。


「<アナグマ>、なに暗い顔してんだよ。

お前はいつだって弱虫なんだから。

大丈夫、いざってときはおれが守ってやるから。」


「<黒いワシ>、カチーナ人形作りや、ダンスカチナは僕のほうが上手いんだからね。」


本当は<黒いワシ>にとても感謝しているけれど、憎まれ口をたたく。

村の人たちと比べれば色濃い肌も、一族の人たちに比べれば薄くて、どっちつかない<アナグマ>なのに、

実の兄弟のように愛してくれる<黒いワシ>。


「そうだな、<アナグマ>は大地と精霊の愛し子だもんな。

霊力が一族の中の誰よりも高いことは分かっているよ。」


<黒いワシ>の大きな手が僕の背中を叩いた。

僕は鼻をすすった、また弱虫とからかわれるのを承知で。

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