第8話 最後の鍵

「二つの鍵だと?我々は既に一つの鍵の情報

は手に入れている。あと一つの筈だか。」


「あなた方が掴んでいるのは、クトゥルーの

復活を望まない人間の取り出されてから3日

以内の心臓、ということですよね。一つ目の

鍵はそれでは駄目なのです。取り出されてか

ら3日以内ではなく、3日間生き埋めにされ

ていた死体から取り出された心臓でないと効

力が無いのです。クトゥルーの復活には『究

極の恐怖』が媒体として必要となるのですか

ら。」


 田胡氏は不意を突かれたような妙な顔にな

った。表情が上手く造れないようだ。


「生き埋めにされた日数が3日間だったのか。

なるほど、いままで失敗を繰り返すわけだ。

それなら、最後の鍵はなんなのだ。」


「最後のもう一つの鍵、それは同じく3日間

生き埋めにされた死体から取り出された心臓

です。ただ、こちらはクトゥルーの復活を望

む者の物で無いと意味がありません。二つが

揃って初めて鍵となるのです。」


 あまりにもおぞましい内容だった。誰にも

告げないでいられるのならその方がいいに決

まっているが、この場合は仕方が無いと思っ

た。本当に効力があるかどうか、疑問だった

ことと、足りないものがクトゥルーの復活を

望む人間の心臓なので多少罪の意識も紛れた

のだ。


 しかし、今から用意しようとするのなら、

今すぐにでも二人の人間を生き埋めにしなけ

ればならない。当然私もその候補の一人だろ

う。


「なるほど、嘘は吐いていないようです

ね。」


 それはそうだ。吐くのならもっと巧い嘘を

吐くだろう。


 田胡氏は納得したようだった。そして、勿

論私が今話した内容は解読をしたとおりの内

容だった。


「そうですか、復活を望むものの心臓も必要

だったのですか。あなたのお陰でおっと我が

主をあのおぞましい館から連れ出すことが出

来そうです。本当に感謝しますよ。」


 彼の顔は本当に感謝しているかのように見

えた。


「そこまで云ってもらえるのなら、そこの二

人は開放して貰えるのでしょうね。復活を望

まない人間は一人でいい筈です。」

田胡氏は怪訝そうに私を見返した。


「ああ、まだ気づいていなかったのですね。

それでは改めて最近私の側近となった人間を

紹介しましょう。」


 田胡氏が指差したその先には、既にロープ

が解かれた岡本優治の姿があった。


「優治、まさかお前。」


「久しぶりだな、祐介。お前には悪いことを

したと思っている。だが、俺にも俺の考えが

あってしていることだ。許してくれとは云わ

ない。それと浩太には手伝ってもらっていた

んだ。お前の元に集まる情報を入手するため

にね。疑われないように多少こちらの情報も

リークしたが。」


 由紀子さんは知っていたのだろうか。優治

の行方を心配している顔に嘘は無かったよう

に思う。浩太君まで巻き添えにしているなん

て、全く彼らしくなかった。


「由紀子さんは知らないことなんだな。一度

電話だけでもしてあげろよ。あんなに心配し

ている人を放って置く馬鹿がいるか。」


 私は本当に腹が立ってきた。私へのライバ

ル意識が昂じて危ない目にあってしまったと

責任を感じていたのだが、実は自分の意志で

身を隠していたとは。


「由紀子にはすまないと思っている。浩太の

ことは心配しないでいいよ。教団には彼を巻

き込まないと約束させてある。」


「そんな言葉を信じているのか、おめでたい

奴だな。お前を安心させるための方便だと気

づかないのか。」


 田胡氏を見ると不敵な薄笑いを浮かべてい

る。


「大司教、まさかそんなこと。」


「悪いが岡本君、君より綾野君の方が役にた

ちそうなのでね。最初から君は彼を誘き寄せ

る餌に使えると置いておいただけなのだよ。

その少年のことは君が私の知らないところで

勝手に巻き込んだだけで、私にとってはどち

らでもいいことだ。」


 優治は肩をがっくりと落とした。


「我が主の復活を心から望むのなら、その儀

式の中心となる栄誉を与えよう。連れて行

け。」


 残された私と浩太君は一つの部屋に押し込

まれた。復活を望まない者の心臓の提供者に

どちらかが選ばれる可能性が大きい。


「君がスパイだったとは、全く気が付かなか

ったよ。」


「すいません、先生。伯父の消息を知ったの

は先日伯父本人から連絡があったからです。

先生の動きを逐一報告するようにと。そうし

ないと伯父の命が危ないと云われて。そして

先生と待ち合わせしていたあの喫茶店に伯父

自身が現れて僕を此処に連れて来たのです。

それまでは僕もまさか伯父が入信していたな

んて知らなかったのです。」


 本当にすまなさそうにしている浩太君を見

るといまさら嘘を云っているようには見えな

い。


「そうすると君は教団に脅されていただけで

クトゥルーの復活を望んでいる訳では無いの

だね。」


「まさか、あたりまえじゃないですか。伯父

の命がかかっていると思うからこそ奴らに協

力していたのですから。復活を望んでいるな

んてとんでもない。」


 そうするとやはり彼か私が心臓提供者の一

人になるのだろうか。浮上まであと四日、と

いうことは今日中にも私達のどちらかが生き

埋めにされなければならない。復活を望んで

いる者の心臓提供者は優治らしいが、彼も自

らが生贄になってまでクトゥルーの復活を望

むのだろうか。


「なんとかここを抜け出さなければ。君はこ

こには詳しいのか。」


「いえ、ここには連れて来られてからずっと

一つの部屋に軟禁されていましたから。縛ら

れてはいなかったのですけれど。」


 地下なので外部に対して連絡の取り様が無

い。外にはマリアたちが待機している筈なの

だが。


(ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう 

るるいえ うがふたなる ふたぐん)


 ここも地下なのだが、更に深い地の底から

聞こえてくるような、くぐもった詠唱が聞こ

えてきた。十人や二十人の声ではない。もっ

と大勢の地響きのような大合唱だった。中に

はとても人間とは思えないものも含まれてい

た。深き者どもも相当数が混じっているよう

だ。


 そして、なす術も無いまま私と浩太君は監

禁されていた場所から連れ出された。田胡氏

はあれ以来姿を見せない。インスマス面の男

達に連れられて比良山脈の山中へと連れて行

かれた。未だ土葬の風習が残っている墓地に

一緒に埋めるつもりらしい。


 見ると、私と浩太君の他に生贄にされる人

が連れて来られていた。円藤社長だ。保険と

して数名を生き埋めにすることにしたようだ。


 円藤社長は意味不明の言葉を呟きながら口

をパクパクと動かしている。正気を保ってい

ないことは明らかだった。


 私は浩太君にはアーカム財団のメンバーが

必ず助けてくれる筈だから安心するように云

っていたのだが、預けておいた円藤社長がこ

こにつれて来られているようでは、もはや信

頼できないかも知れない。


 私は浩太君と顔を見合わせたが、どうしよ

うもなかった。縛られたまま、大きく掘り下

げられた穴の中へと放り込まれた。受身を取

れない状況なので左肩からまともに落ちてし

まった。骨が折れてしまったかもしれない。

浩太君も円藤社長も違う穴に放り込まれた。

優治の姿は見えなかったので復活を望む者は

違う場所に埋められたのだろうか。


 なんとか自力で這い出ようとしたが無駄だ

った。スコップでつき返されて、倒れこんだ

ところへ土がかけられ出した。自らの身体に、

生き埋めにされるために土がかけられていく。

あまりの恐怖に最早身体が云うことを利かな

くなってしまった。


(浩太君、すまない。)


 半分私が巻き込んだ形になってしまった浩

太君だけは何とか助けたかったのだが、もう

どうしようもなかった。徐々に土が身体の上

に積もっていく。


 ざざっ、ざざっ、ざざっ、ざざっ。


 土は足元から順にかけられている。口はガ

ムテープで塞がれていたが、目隠しは外され

ていたので、全ての光景が見て取れてしまう

のだ。決して見たくない光景だった。


 生贄がより恐怖を味わうようにまず身体か

ら埋めていって、顔は最後に埋める。首から

下はもう埋まってしまった。もう身動きすら

できない。私はうめき声をあげるのが精一杯

だった。


 最後に土が顔に覆い被さってきた。容赦な

しに土はかけられていく。窒息死が一番苦し

い死に方だというが、その中でも生き埋めと

いうのは、恐怖と相俟って格別だろう。いっ

そ気を失ってしまえればいいのだが、大きく

目を開けたまま私は埋められて行った。そし

て完全に埋められ、息も出来なくなってやっ

と意識が遠くなった。



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