第7話 邪悪なる儀式への誘い

 私はアーカム財団の護衛の姿を確認した上で自分のアパートに戻った。アパートは大学から徒歩で10分ほどのところの二階建ての学生用のアパートに取り敢えず落ち着いている。部屋に戻ってパソコンを立ち上げると、Eメールが届いていた。岡本浩太君からだった。内容は伯父の消息について独自に情報を掴んで単独行動を取っているので心配しないで欲しい、とのことだった。


「無茶をしなければいいんだが。」


 それにしても浩太君が付いて行った男は一体誰なのだろうす。独自の情報とは何処から得たものなのだろう。私の他にこの件で彼が繋がっている人物は居ない筈だった。それでなくても秘密にしていることだ。彼の携帯に電話しても電源を切ってあるのか、電波が届かないのか繋がらなかった。取り敢えず彼からの連絡を待つほか無かった。至急連絡をするように返信メールを打ってその日は休むことにした。


 しかし、「最後の鍵」のことについては、未だ誰もどの組織も気づいていないようだ。私と、そしてあの報告書を作ったエイベル=キーン(ロルカ=ドーン)だけなのだろうか。


 私は彼の報告書を最初日本の古文に翻訳し、その上で暗号解読の方法をもってほぼ原文を把握した。しかし、解読している途中で妙なことに気づいたのだった。それは、通常は表現としては最適な単語が使われていない個所を度々見つけたことだった。確かに意味は通じるので、文書としての体裁は整っているのだが、妙に気になった。そこで私はその気になる単語を全て集めて違う暗号解読方法を試してみた。さして、最後の鍵についての報告の解読に成功したのだった。


 一つ目の鍵についてはマーク=シュリュズベリィも云っていた通り、クトゥルーの復活を望まない人間から取り出した心臓が必要だった。しかし、彼を含めて「3日間」という意味を取り違えている。その取り違えの内容は余りにもおぞましいことだった。


 そして、運命の日はあっと云う間近づいて来た。だが、私も十分準備をすることが出来た。結局浩太君も優治も行方は知れないままだったが、なりよりも優先しなければならないのは、クトゥルーの復活を阻止することなのだ。


 私に対してダゴン秘密教団からEメールが届いた。私はアーカム財団にだけ連絡を取ったうえで別荘地へと向かった。カローラを借りた友人に愛車は譲ってしまったので、マリアのBMWの助手席に乗っていく羽目になってしまった。その他の財団の人間もサポートしてくれている。Eメールには私一人で来るように指示してあったので、一人で車を降りて田胡氏の家へと向かった。


 指示では例の田胡氏の家の地下通路に来るようにあった。私の知識と引き換えに岡本優治と浩太君の身柄を返すというのだ。秘密教団の記名はなかったが指示からすると他に考えられなかった。私は最悪全てを話す覚悟をして地下へと進んだ。ルルイエの浮上まであと4日。いまならぎりぎり儀式を完成することができる。絶妙の、そして最悪のタイミングだった。


 マーク=シュリュズベリィに直接連絡が取れなかったことが気がかりだったが、意を決して通路を進むと、この間田胡氏と誰か(或いは何か)が話をしていた部屋の前を通った。今日は誰も居ないようだ。床は相変わらずぬめぬめとしている。暫く進むと急に広い場所に出た。ここで儀式を行うのだろうか、祭壇のようなものが造られている。


 全体の広さは30帖ぐらいのものだが、天井の高さは5mぐらいあって地下とは思えないほどの広さだった。奥の壁際の中央に病院の手術台のようなものが据えられている。そこに田胡氏が居た。


「よく来てくれましたね、綾野先生、いや助教授でしたか。」


「私はただの講師です、田胡さん。戯言は止めましょうよ。二人は何処です。」


「そう急がなくても、あなたが全てを話してくれるのなら直ぐにここに連れてきますよ。勿論二人とも無事です。」


 優治は行方が判らなくなってから10ケ月が経とうとしている。とても無事だとは思えなかった。せめて浩太君だけども助け出さなければ。


「二人の無事を確かめなければ何も話すつもりはありませんよ。まず、そちらが先で

す。」


 田胡氏は少し思案した後、近くに居たインスマス面の男に何か指示を出した。


「ここに連れて来ましょう。ただ無事で帰れるかどうかはあなた次第ということになるのは判っていますね。いい加減な事を云って誤魔化そうとしないようにくれぐれもお願いしますよ。お互いのためにもね。」


「どうせルルイエが浮上するまでは帰すつもりは無いのでしょう。ただ、私も一言言っておきますが、私が知っている方法で本当にクトゥルーが復活するかどうかは判らない事を覚えて置いて下さい。私はただ報告書を解読しただけで、それを作った人間がどこまで確信をもって書いたのかどうかの確認は取れないのですから。そして、その方法は今まで誰もやったことがない方法だということも。もし、過去に誰かがやっていたとしたらとっくにクトゥルーは復活している筈ですから。」


 ロルカ=ドーンことエイベル=キーンが発見したという方法が本当に有効かどうか確かめる術は、実際に試してみるしかないのだ。


 駄目ならまた今度ルルイエが浮上するタイミングを待たなければならない。ダゴン秘密教団は今まで幾度と無く繰り返してきた。


「二人が着いたようですね。」


 見ると口にガムテープを貼られてロープで後ろ手に縛られている二人が入って来た。連れて来たのはインスマス面ではなくなんと深き者どもだった。浩太君は勿論、優治も特に弱っている風には見えなかった。


「いいでしょう、彼らを開放していただけるなら二つの鍵について話しましょう。」

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