p7 後藤さんのミッション
三月も終わりの頃、長谷部の方から会わんかと連絡が入った。
新橋の焼き鳥屋で会った。その後、もう少し飲みたいと長谷部が言い、多村が馴染みのカウンターバーに行った。
「あのなぁー、俺、中東局から中南米局に替わることになったよ。それもブラジル領事館詰めや。4月の末で赴任する。長くなるようやから家族も一緒や」
「それって、今回の件で左遷か、言葉も違うやろうに」
「英語だけではな、ポルトガル語を勉強せんといかんようになるとは思わなんだわ。マー、首が繋がっただけでも良しとせんとな」
「お前からイスラム取ったら何が残るねん」
「そう、捨てたもんでもないよ。違う世界を見るのもええと思ってる。聞きたいことあるんやろう、置き土産に話してもええよ」
「お前の方こそ、話したいことあるんと違うか、呼んだのはお前やで」
「せや、何から話したらええのか、お前聞いてくれ、それに出来るだけ答えるよ。それがせめてもの何も出来なんだ罪滅ぼしや」
「遠慮せんと訊くぜ、答えづらかったらイエス、ノーだけでもええ。Gさんのシリア行きは外務省の息がかかってる?」
「さすがやな、運動部に置いとくの惜しいなぁー、報道部に移して貰え。実はGさんとは面識がある。世の中持ちつ持たれつやろう、紛争地に入るについては外務省かて捨てたもんではないよ。誰かて、自分の旦那には成功して欲しいわなぁ、こっちかて、現場の情報知りたい。なんせ、紛争とか内戦になったら真っ先に逃げるのが外務省大使館やからな、そら、アメリカの情報網は凄い。でもな、日本人が見た情報が欲しい。報道に出しにくい情報かていっぱいある。まして、今回はYさんを一番知ってるのは彼や、使わん手はないわな。Yさんがなんぼええ加減でも、邦人保護は外務省の大事な仕事や。そこまでは外務省も腐ってない。現地も本省も一生懸命やったよ。でも、今までと違って、ISはしこたまや。ある筋から情報が入ってな、身代金と交換してもいいと言うんや、只な、仲介をなんぼか経てるやろ、金だけ持って行かれてドロンじゃあかんわな。どうしても、現地に入って当事者と話をつけんといかん。と言って政府が直に出るわけにもいかん。安全が確認出来るならGさんが最適やと思ったわけ。相手とのコンタクトは確かな仲介者を経て連絡方法が取れた。取材が好都合やった。公もええ報道機関が日本にはあるわな、政府を代表してると相手かて思うやろう。取材をする、悪い報道はしないという約束で許可を貰う。相手かて、純粋な取材とは思わんわな。Gさんかて、願ってもない機会やろう。まして彼はYさんと関係深いわな、助けに役立ちたいと思って不思議ではない。マー、細かい後の手順は省略や」
「それなら、頷ける。何が起きても自分の責任ですというあのビデオレターもわかる。何が起きても、政府とは関係ないというメッセージやな。でも、なんでそれが拘束に変じたのや?」
「そこや、それが分からん。相当に詰めた筈や。なんせ下手したら彼の言葉ではないが、最悪の事態も想定せんならん。相手に騙されたと考えたらどうやろ。Yさんから何らかの情報を得ていた。カネのなる木は1本より、2本がええ。そこが甘かったのやと思う。あいつらは非道残虐やとは思うけど、どっかで卑怯ではないと思うとこがあったのと違うかなぁ。実際、フランスやトルコでは約束を果たしている。他人事ではない、俺もそう思うとこがあったのや。例えばやで、あくまでも例えや。YさんがGさんの奥さんのこと知っていて、なんにも考えんと喋ってしまったとする。政府と関係する人物やと知ったらどう考える。あいつらは金もそうやけど、政府と交渉したという実績も欲しいし、それを内外に示したい。一鳥三石やないか。俺らはYさんが、戦闘員という疑いは晴れたようやが、スパイやないかと疑われないかばかり目が行っていた。今から考えたら拷問かけられても、何も出てこんわな。ネットではCIAの手先やとかいうアホがおるけど、なんぼ惚けたCIAでも使う人物か!彼は自由シリア軍でも下の兵隊達とは親しくなっている。無造作なそういう魅力を持った人物っているやろう。そこを見逃していた。無造作に下の兵士に喋ったことが上に伝わってしまった。そう考えられんか」
「相当慎重に進めたことはわかる。そう考えるのは無理ない考えやな」
「奥さんから、予定に帰って来てないと連絡を受けた時は、頭が真っ白になったでぇ。申し訳ないなんてもんではない。Gさんが奥さんに内緒で取材やで行くはずがない。彼女もそれなりの任務を託されて行くのは知ってるはずやしな。
全くの失態や、外務省の沽券にかけてどんな手段使っても助けんといかんと誰しも思うやろ。ところがや・・一丸となってと言いたいところやが、省内でもいろんな力学が働く。上に行くほどな・・中東アフリカ局はフランス型での解決を考えていた。俺の上司は局長ではない、審議官なんだが、「人命最優先」と「テロに屈しない」は両立しない、どちらかだと考える人だった。金の出し方は色々ある。現にフランスやスペインでは身代金は政府が払ったと誰もが見ているが、公式には否定している。最初、家族に来た内容は10億円だった。デンマーク、スペインでは一人2億7千万円程と言われていた。フランスでは相当高く人数も4人だったからかなりな金額だったようだ。金をトルコに送ってトルコの情報機関から渡されたようや。有志連合に参加してるかどうかでも金額が違う。トルコの場合は両国関係だけでなく、49人が外交官、政府関係者だった、これだけを殺害したとしたら戦争やわな、ISはこれ以上戦争国を増やしたくないし、最初からそんな気はない、ISはトルコに囚われている戦闘員の交換が目的だったからこれはある意味、トルコは外に(アメリカ)対しても言い訳が立つ。ただ、トルコ政府が成功した交渉相手のルートを直に持ってることは大きい。1月20日の殺害予告が出た時点で、現地スタッフの増員もせんといかんし、この際、対策本部をトルコに移すべきだと我々は考えた。しかし、官邸は違った。中東局にもアラビア語系とトルコ語系の二派みたいなものがあってな・・全く一本でもない弱さがあった。逃げて来た大使館に何ができる」
長谷部はここまで一気に話し、一息つくようにグラスのウイスキーを一飲みした。
***
「2億程度だったら家族が払ったことに出来るし、実際貸し付けてもいい、政府保証で貸す先はいくらでもある。実際、彼女はそうしても良いと言った。値切り交渉はした。向こうはふたり分だ、妥当な金額だと吐かしやがった。人をかっぱらって妥当な金額もあらへんけどな、俺は手を打てる金額だと思った。勿論、妻とのメールのやりとりなんだが、我々が噛んでいるし、向こうもGさんを拘束した時点で妻の身分を確定したはずだし、後ろに政府関係者がいると思っているはずだ。妻の言葉は政府の言葉なんだ。考えとみろよ、普通の妻のところに10億の金額を引っさげて交渉相手とするかい?常識だろう。なんで、報道もそこを突かない。日本の報道はいつからこんなにバカになってしまったんだい。経過は上に逐一上げているよ。これぐらいな金額だったら、現在詰めていますで、官邸にまで逐一でなくてもいいのだが、それを報告する奴もいる。はっきりしない態度にイラついたのか、20億に上げてきやがった。これは局だけで決められる金額で無くなった。長引かせばいいてものではない。相手とメールのやり取りが出来るうちに、さっさとやりゃ良かったんだ。あくまで妻との交渉の段階だったらなんとか出来たんだ。奴らは金だった」
「では、首相の中東訪問がやはり引き金になった」
「外交予定というのは緊急を除ければ1ヶ月や2ヶ月前と行くわけにもいかない。相手国との打ち合わせや外交課題の詰もある。普通4ヶ月前ぐらいに予定が決められ準備にかかる。決めたから絶対というわけでない。こういう事情で取りやめ、ないしは延期しますが、相手に問題なく受け入れられたらいいのだ。人質の生命に関わる問題が発生しているのでと、Yさんの拘束だけでも理由になる。まして、11月フランス紙襲撃事件があっただろう、2名が拘束されていて下手な刺激はしたくないので延期すると言えばいいのだ。中止絶対の機会だった。元々この時期の中東訪問に疑問を持っていた私の上司は、この事件で中止・延期を大臣に直訴し、官邸のメンバーにも働きかけてくれたのだ。時間がない、テロに屈したように見られたくない、の一点張りだ。このような時だからこそ、中東訪問に意義がると言う奴までいたそうだ」
「そして、あの首相の声明か」
「ああ~、これであかんと俺は思ったよ」
「あかんて、殺害される?」
「違う、直ぐにはしないだろう。俺らの手を離れたという意味だ。別の要求を彼等は出してくるだろう。裏でやってる限りは金と命の問題だが、表に出てしまったら、政治や国や世界とリンケージされてしまう。Gさんや、妻の存在を徹底し隠したのにはそんな意味もある」
「そして、リシャウィ死刑囚との交換になる」
「もう官邸と現地対策本部だけの領域になってしまったよ」
「あの72時間の殺害予告が出たあくる日、イスラム学者の中田氏とフリージャーナリストの常岡氏の我々はISとコンタクトが取れるので出向くのはやぶさかでない、の会見があったけど、どうなの?」
「ああー、あの二人か、中田氏は、人物は変わっているが、イスラムのカリフ制については独特な考えを持ったちゃんとした学者だ。俺が言うのだから間違いない。常岡氏もちゃんとしたフリーのジャーナリストだと思う。Gさんを除けば日本人で、唯一ISで取材を許された人物ということになる。そして二人共イスラム教徒だ。相手側ともそれなりの人物とコンタクトが取れていると思う。9月に裁判のため呼ばれてISに入ろうとしたのも事実だ。外務省にも協力出来るとの連絡を貰ったのも事実だ。ただ、イスラム教徒と言うだけでISと通じているのではないかと見る輩もいる。慎重に考えねばいけないのだ。北大生がイスラム国入りを目指した事件があっただろう。その時公安が動いただろう。俺は潰しに来たなと思った。我々は最後の線として持っておきたかった。それを潰しに来たのだ。なんだったか、あの「私戦予備及び陰謀罪」て、容疑だったよな。あんな法律あるなんて知らなんだよ。まー、外国に対して私的に戦闘行為をする目的を企てということだ。それに関係したのではないかとして二人が事情聴取と家宅捜索を受けた訳だ。常岡氏は機材や携帯等取材に使うものはみな持って行かれたそうだ。北大生の家宅捜査の模様は報道にもオープンにされた。細かいことはネットでも見てくれ。北大生がIS入りするってことで、仲間内で8月に送別会をやったようだ。そこでIS行きに反対した友人がパスポートを盗んで行けなくしょうとしたんだ。心配したんだろうよ。それを北大生は盗難として警察に届けたところからわかった話だ。取った相手だってわかってるんだぜ。自分がしょうってことがわかってるんかと言うんだ。これから見ても、本気でISに行って戦闘をしょうとはとても思われない。中田氏だってそれぐらいは分かるだろう。面白い若者がいるから、取材したらとでも常岡氏に連絡したんだろう。シリア渡航を目指す若者は、今や結構な取材材料だ。結局行かなかってもそれはそれで取材になる。お前かて、記者だから常岡氏の気持ちはわかるだろう。親や先生ではないんだ。公安は起訴なんてする気もない。要は、二人をグレーにすればいいのだ。検察や公安の常套手段だ。もう俺らはこの線は使えない。何があらゆるルートを使って全力を上げるかだ」
「そうだったのか、よくわかるよ」多村はウイスキーに代えてビールを注文した。
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