p2 外務省官僚・長谷部裕二
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長谷部裕二は多村と高校を同じくした。神戸でもトップクラスの進学校であった。長谷部裕二はいつもベストテンに入っている成績であった。それに比べて、多村は下から三分の一の位置を目標にしていた。そこのポジションなら東京の多村の思う私学に入れるからである。二人は中学校も2年、3年と同級であった。ウマがあったのか二人は仲良しで、多村はどうしても長谷部と同じ高校に進みたくて、無理勉して入ったのである。
入るまでが精一杯で、皆の能力とは程遠い自分を知った。それでも、多村は低いながらも目標を立て、頑張った。
多村は中学校から続けていた野球部に入った。進学校だからすぐレギュラーになれるだろうと思ったが、あにはからん、3年になってやっとライト8番でレギュラーになれた。夏の大会予選では1回戦でツーランホームランを8回に打って逆転勝ちした。それが多村の野球歴の中で唯一の自慢である。酔うといつもこの話が出た。2回戦は10-0でコテパンに負けた。多村は外野で二つエラーしたがこれは語らない。
長谷部は変わったところがあって、中学校の歴史で習ってからから、イスラム文化に憧れ、高校ではイスラム研究会を立ち上げた。多村はお陰でイスラムの歴史に結構詳しくなった。長谷部は現役で東大文学部に入り、イスラム学を学び、外務省中東アフリカ局に在職している。
多村は志望の早稲田に一浪してなんとか入った。専攻は社会学部であった。
大学時代はよく一緒に遊んだ。卒業してからもたまに会って飲みもしたが、お互い所帯を持ち、仕事が忙しくなって、段々会うことも少なくなっていった。
「なんや、多村か元気しているか?」
「なんやはないやろぅ、元気だけが取り柄や、ちょっと会いたいんやけどなぁ」
「どういう風の吹き回しや?ええよ、急ぐのか?」
「ああー、出来れば2、3日中に」
「わかった、明日なんとか都合つける。8時になるけどええか、新橋の焼き鳥屋か」
「ちょっと静かなとこがええねんけど、この前会ったイタリアンのとこどうやろう」
「おい、また離婚の話か」
「そう、しょっちゅうあってたまるか」
もう5年になるのかと多村は指を折った。誰に相談できる訳ではない。長谷部に相談したのだ。あれから会っていない。それでもツーと言えばカーで通じ合える。旧友はいいものだと思った。
その時、長谷部はイスラムでは妻帯が4人まで許されていることを講釈した。マホメット、今ではムハンマドというのだが、その時代、征服戦争の過程で寡婦が大量に発生した。それを救済するものであったとし、もし複数持ったら平等に愛し、妻としての権利を保障する制度だったと肯定的な意見を述べた。一夫一婦制はキリスト教徒が持ち込んだもので、イスラム的であれば問題は起きないのだと言った。
解決方法としては自分の経験に照らして只々謝り、悔恨の情を示すことであり、落ち着いたら豪華なホテルのスイートを予約して特別な一日を勧めた。お陰で事なきを得たのである。
イタリアンのレストランは赤坂にあり、瀟洒な隠れ家的な雰囲気で、長谷部がパーソナルに使うところである。新橋ガード下派の多村とは違った。ラフな多村とは違って着こなしのいいスーツ姿で長谷部は現れた。
多村はいきなり麻里子の用件を切り出すのはどうかと思い、Yさんの人質事件から話に入った。
「なんだお前、報道部に移ったのか?」と長谷部は訊いてきた。
「相変わらず運動部の野球記者をやってる」と多村は答えて、
「あの民間軍事会社ってなんや?」と、気になっていることを訊いた。遂に日本でも出来たのかと思っていたからである。
「俺もようわからん。なんかうん臭い話や。右翼、政治家絡みの話もあるが、本気でやるなら、あのような人物を使ってはやらんやろぅ。本人のブログがあるからそれを見たらええわ。一番ようわかる」と長谷部は答えた。お互い話す時はどうしても関西弁が出る。
続いて多村は麻里子に触れ、Gさんの件を訊いた。
「そら心配すよなぁ」
「イスラム国に拘束されたのか?」と訊くと、
「お前、秘密を守れるな。その女性にも外務省の人間はノーコメントだったと答えてくれ」と言って、スマホにある写真を見せた。
「こ、これは秋山恵子?」
長谷部とツーショットの写真である。秋山恵子とは高校時代の同級生で、マドンナ的存在で長谷部がゾッコンだった女性である。多村も多分にホの字であったが、所詮高嶺の花であった。長谷部はかなりいい線まで行ったようである。
「似てるやろぅ、これが話題の人の妻なんや。お前やから信用して話しているんや。大学で出会って俺もびっくりしたぐらいや。実は彼女は外務省の関連団体の職員なんや。今、相談を受けている」
多村の予想は当たっていた。
「こと、人命に関わることだし、彼女の立場、身分もある。分かるやろぅ。極秘で進めている」と長谷部は話し、後は口を噤んだ。
仕方ないので、後はお互いの近況の話題に転じた。
麻里子には、会った結果を電話で述べた。
「ノーコメントとはイエスってことよね」
「想像に任せるよ。力にならなくってごめんな。ところで、Gさんの奥さんのことって何か知っている?」
「Gさんにはまだ一回もあってないのよ。予定のアポのメールのやり取りだけよ。奥さん何かあるの?」
「いや、心配されているだろうなぁーと思って」
「そら心配よね、外務省か警察に届けているのかしら?」
「野球担当記者にはわからんよ。そっちの分野だろう」
「そうよね、分かったら知らせる」
「Yさんのブログのことは知ってる?」
「それぐらいは知ってるわよ。変な人ね。Gさんに一度救われているのに、もう一度行くかって感じ」
と言って話は終わった。多村は、奥さんの件は、麻里子には何だかわるいなぁーという思いだった。
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