小説・シリア人質事件『隠された妻』
北風 嵐
P1 週刊誌記者・吉田麻里子
吉田麻里子からメールが入った。
「今晩暇だったら飲みませんか、奢ります」であった。
「今日は暇です。いいですね。例のとこですか?」と返す。
「はいそうです。では7時でどうでしょう」
「オッケー、では」
11月10日月曜日である。新聞は政権内に解散論が浮上と報じていた。
今日は野球がない。それで多村浩二は時間が空いていた。多村浩二はM新聞運動部の記者である。ヤクルト・スワローズを担当している。吉田麻里子は同じ新聞社の文芸部に属していたが、今は系列の週刊誌『アエカ』の編集部にいる。32歳、独身である。
41歳の多村とはどうして知り合ったか、同じ新聞社といっても部署が違えば仕事で知り合うことはない。実は、麻里子は大の虎キチで同社の『タイガース応援団』に入っている。多村もタイガースファンで、席だけは置いている。仕事柄、球場に応援には行く必要がないので、忘年会とかの飲み会に参加するぐらいである。飲み会で知り合い、神宮球場での試合の切符を手配したのが縁であった。
出身がお互い神戸ということもあって、関西弁で話が出来、虎好き、酒好きな者同士、暇が合うときはたまに飲むようになった。目の大きな可愛い顔立ちをしている。身長普通、スレンダーな身体つきである。食指が動かないわけではない。
ただ、多村は一度浮気がバレて、妻が離婚するという騒動があって懲りている。麻里子の方もそういう対象と見ていなくて、話の合う飲み友達ぐらいに思っているようである。それでも、若い女性からお誘いがあれば嬉しいものである。
例の所といっても、会社に近い新橋にある安い焼き鳥屋である。
麻里子は先に来ていた。紺色のスーツに白いブラウスの仕事着で決めていた。飲み会や球場で見るラフなスタイルとは違っていた。焼き鳥の大皿盛り合わせを注文し、生ビールで乾杯した。
「フリージャーナリストのGさんって知ってる?」
「ああー、シリアレポートなんかで報道のテレビ番組に出てる人やろう」
「あんね、この月の5日に仕事で会うことになっていたの。戦争被災地の子供達ってテーマーで特集を組む企画があってね、アポを取ったの、私が、それがね、その日の前に確認メールを入れたのに繋がらへんの、何回かメールのやり取りをして5日にGさんの事務所ってなったのよ。必ずきちっと返事返す人だったわ。シリアに入って帰ってきたら最新情報をお届けしますって言ってくれていたのに・・。場合によってはイスラム国に入るかもしれませんよ、楽しみにしていて下さいとも言ってたわ。Yさんの件があるじゃないの・・悪い方に考えるなっていう方が無理やわね。心配してる」
「そりゃー、心配だ。で、その件がどう僕と関係あるの?」
「多村さんの高校時代の同級生が外務省にいるって言ってたわよね、何か情報が入ってないかと思って・・」
「わかった、早速アポ取って聞いてみるよ。それで奢るなんだな。次はもうちょっと高いとこで奢ってもらおうかな」
「いいわよ、いつもの切符のお礼もあるし、銀座でいいとこ見つけてんのよ」
最初の頃は年上の先輩として喋っていたが、今では同僚という感じで喋っている。多村もその方が気楽で楽しく飲めた。麻里子はなかなかの酒豪である。
もしかすると、イスラム国に拘束されるのはこれで二人になるのか、と多村は思った。
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