春はあけぼの

実は、篠原千秋が名門私立の女学校・水仙女学苑を辞めて、公立のここ清涼高校を受験し直したのも、そうした理由からであった。

彼女の母親がこの学校の同級生で、この校舎で学び、そしてこの雪桜のある中庭で友達と語り合い、恋人と愛を育んだという昔話を子どもの頃から聴かされて育ったからである。

お受験で苦労して入れた私立の名門校を退学すると宣言された当の両親は、最初のうちは非常に残念がってはいたけれども、程なく母親が彼女の気持ちを深く理解し、自分の母校を受験したいという千秋を応援してくれたおかげで、父親もようやく折れてくれた。

もともと成績も優秀な千秋だったので、公立高校を受け直すのにさほどの苦労はしなかったけれども、水仙女学苑の中等部の担任の先生、さらに父方の両親である祖父母(むしろ両親よりも彼らの方が、再受験には最後まで反対していた)を説得するのに、多大なる労力を要したこともあり、今朝方、早めに登校して来て、この中庭で憧れの雪桜に対面した時には、感慨深いものがこみ上げてきて、嬉しくて嬉しくて思わず涙が溢れそうになってしまった。

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