第11話 真実と友情
こんな下らないことを話したことがあった。
友情ってどんな価値があるんだろうな、と。
彼は試したらボロが出ると言い、隆は笑って馬鹿にした。
じゃあ俺の将来はどうなるんだ。オマエ次第なんだぞ、と。
その言葉を思い出しながら、勝巳はぼんやりと黒板を眺めていた。
相羽つづみという少女が、昨夜から家に帰っていないらしい。連絡も取れないそうで、家族は捜索願を出したそうだ。今度のクラス選試でランクアップした上に、特に悩んでいる様子も無かったことから、事件に巻き込まれた可能性がある、何か知っている者はいないか、と教師が呼びかけたが、誰も手を上げようとはしなかった。
その後の休憩時間は、まさにお祭り騒ぎだった。
相羽つづみは、Aクラスに所属していたため、他のクラスからも見にきた生徒がいた。
それでも、誰も理由らしき理由を知らなかった。
放課後、彼はいつものようにオカルト愛好会の部室へ向かった。
そこでは――まるで女王のように園原まゆみが振舞う、いつもの光景が繰り広げられていた。今日はタロットカードのようだ。
勝巳はそれには参加せずにソファに座り、持参した本を読む。いつもの流れだった。
「正位置でこのアルカナが出ると、それは――」
女性は、どうしてあんなに占いが好きなのだろうと勝巳は思った。そういえば、とこの前のこっくりさんを思い出す。その際、相羽つづみに、彼はビンタをくらったのだった。
彼女が「好きな人に殺される」という予言をされていたのが、少し気になる。彼女が好きな人、とは誰だろう。
いつもだったら、無視するところだが、今回は事件性があるかもしれないのだ。
勝巳は目を閉じて、本の表紙に両手を当てた。簡単な魔術を使おう。本の内部にある文字を、相羽つづみの好きな人の名前の形で拾い集めるという。今の彼の霊能なら、可能だろうと思った。思うだけで、術式は完成した。後は
簡単に、文字は集まった。隆、糸、辺。
嫌な予感がした。
糸辺隆。
彼はさっさと部室を出ようとした。確認したいことがあったのだ。
その時、女の子達が、一斉に悲鳴を上げた。
「!?」
勝巳は驚いて振り返る。
「ど、どうしよう、ねえどうしよう!」
「正位置で死神が出たって事は、相羽ちゃんは、もう――」
「残念ながら、もう手遅れ、ってことね……」
園原まゆみは、でも、と呟いた。
「犯人が『恋人』って出ただけでも、マシよね。きっと携帯の通話記録を調べれば、何か証拠が出てくるかもしれない」
今度は、ぞっとするような沈黙が辺りを支配する。
勝巳はそれに耐えられなくなり、ついに口にした。
「占いが当たっていると、先輩は本当に思うんですか?」
「私は信じるわ」咎めるような口調で、彼女は言った。「だって、あまりにも当てはまっているから」
「偶然と思い込みで、そんなのはどうにでもなるでしょう?」
「出来すぎた偶然は、必然と呼べるわよ」
「必然?」何か、引っかかった言い方だった。「誰かがそう仕組んだとでも、言うんですか。バカバカしい。何を根拠に言っているんです」
そこまで言って、勝巳ははっとした。口が滑った!まゆみは問い詰める。
「伏木君、あなた、まさか――『恋人』について、何か知っているの?!」
「いいえ、何にも」
「でもあなたは彼女と話していたはずよ――何か、『恋人』について」
「名前さえ、彼女は知らせてはくれませんでしたよ」
「そう――じゃあ、どうしようもないのね」
勝巳は言い逃れると、今帰宅するのも間が悪いので、しばらく居座ることにした。
園原まゆみは、今度は自分達について、占っているようだった。
「あら、月、悪魔、塔――が、全て正位置で出るなんて」とまゆみは言った。
「あまりイイ意味じゃないですね」と少女の一人が言った。
「そうかしら。私にとっては、中々いい意味よ」
「え、先輩、何かあったんですか?」
「あったわ。とてもいい事が。秘密だけれどね」
それを聞きつつ、こっそりと、隆の携帯へかけてみる。
つながらない。
ますます焦燥して、彼は山のように「連絡しろ」とメールを送った。だが、返事は来ない。
どうしたものか、と彼は途方にくれた。だが、しばらく待つしかなかった。
とうとう塾の時間が近づいたので、それをちょうどいい理由として、勝巳は部室を出た。
つながらない電話。返信の来ないメール。不安と焦りだけが募る。
友情は試されるという。だが、こんな形で試されるとは、冗談ではなかった。
たまりかねて、彼はハヤテに連絡を取った。警察の捜査情報を教えてもらえないか、と。
ハヤテが帰宅した時、勝巳はリビングのソファでふて寝していた。
「おいおい勝巳、盗聴には配慮してくれ」と彼の叔母は言う。
「うー」
勝巳は露骨に嫌そうな顔をして起き上がる。
今日から叔母と同棲するとはいえ、目新しさも感激も無い。仕事中毒のハヤテは滅多に家に帰らないのだ。
「それは『はい』の返事なのかな?」
ハヤテが書類をちらつかせると、勝巳は形相を変えた。
「はい!」
「その変わりよう……残念ながら、君の親友は容疑者として、警察が必死で探している。だが、痕跡すら見つかっていないそうだ」
書類を受けとって、勝巳はすぐに目を通した。
あの夜、二人は相羽つづみの家に行ったが、隆のあの外見上、相羽つづみの家では歓迎されなかったようだ。そのために二人はどこかに出かけてしまい、そのまま帰ってこなかった。
心配になった家族は学校、知り合いなどに手当たり次第に連絡して、最後には捜索願を警察に出したのだと。
警察では、これを連続行方不明事件の一つとして取り扱っている――。
なお、糸辺隆の場合、容疑者たりうる可能性がある――。
捜査上の情報は機密のはずだったが、ハヤテのコネクションは広く深い。これくらいは、簡単に手に入れられるのだ。
「何てこった。これじゃあいつは、まるで犯人扱いだ――」
ハヤテの淹れてくれたコーヒーにミルクを垂らして、勝巳はうめいた。
「そうだね。――君は彼の無実を信じているのかい?」
「アイツ馬鹿ですから。できないんですよ、こういうことは」
「本当にそうなのかい?人間は何にでもなれるんだ」
「ハヤテさん!」
勝巳は泣きそうな顔で言った。
「アイツは、もうアイツ以外にはなれないんですよ」
しかし、翌朝、学校へ行くと、早くも隆が逆上してつづみを殺したのだという噂が、広まっていた。
相羽つづみの妹が中等部に所属していて、そこからの情報らしい。よりにもよって、一番いい子だった姉が不良を連れてきたため、父親が怒鳴りつけたのだ。不良は逆上したそぶりを見せた。姉は不良をなだめるために、一緒に外へ出て行ってしまった。姉は駆け落ちなんかする人間じゃない。アイツが逆上して――ということだった。
その内にマスコミも騒ぎ始めた。
進学校の生徒が、というだけで、面白いゴシップ記事になるのだった。
誰も隆を庇う人間はいなかった。
勝巳は何も出来ないまま、噂が広まるのを傍観するしかなかった。
自分の無力さを味わいながら、それでものうのうと過ごしていた彼は、ある夜、とんでもない夢を見た――。
まだ明るい内に、勝巳はADAMASTORへ出向いた。両親を空港で見送ってきた、その帰りだった。また変質者に襲われるかもしれないという恐怖は、もう感じなかった。以前助けてくれたアイツは、もういないのだ。半ばヤケクソな気持ちだったのかもしれない。けれど、残りはもうどうでもいいという投げやりなものだった。馬鹿で乱暴だったが気のいいアイツは、もうどこにもいないのだ。
街を歩くと、雑音のように人の思念が片端から入り込んできて、めまいがした。けれどそれさえもどうでもよくなり、無視してさまよい歩いた。両親の前では隠していたが、実は限界に近かった。今の彼の有様ときたら、まるで弱りきった
もう歩けない、という時になって、剥げかけた金の文字が目に入ってきた。ADAMASTOR。よろよろと動き、扉に体を押し当てて、中に入る。
カウンターには、Mr.フェンスターが優雅に腰掛けていた。
「やあ!元気じゃないみたいだね」
「……」
JJはどうしたのだろう。どうして彼がここにいるのだろう。その他諸々の疑問さえ、たずねる気力も無くて、彼はその場に座り込んだ。
「この店は、金品次第では誰であろうと――魔術を行使する権利の無い者であろうと――魔術用品を売ってしまうのだ。店主の気まぐれ次第でね。不正に行使された魔術を取り締まるのが、我々の役目の一つでもある。それで、私がここに来たというわけだ」
勝手にまくし立てると、Mr.フェンスターは尋ねた。
「それと――今朝の新聞を読んでみたのだが、彼が君の親友だったのか、それとも彼女と親しかったのか、どちらなんだい?」
興味津々と言った様子で、残酷なことを。
「彼女は死にました。でも隆は殺すつもりじゃなかった」
「ふうむ。痴情のもつれというものかね?」
酷い言い草だと思った。だがマスコミはそのようにはやし立てているのだから、無理も無いのかもしれなかった。
「それだったら良かったんです」
「そうでは無いと?」
「ええ。話すのも面倒ですから――どうぞ」
勝巳は手を差し出した。自分の
そうかい、とMr.フェンスターはその手を取った。
途端に、視界が暗転する。
暗がりから光のある方へ進むと、そこはどこかの公園だった。
勝巳は、公園のベンチにうずくまると、ある方向を指差した。
Mr.フェンスターがそちらに向かうと、血を吐くような怒声が聞こえてきた。
「――お前だけは殺してやる!」
いきなり物騒だな、と
木陰から覗くと、何か血まみれの物体と、その前に立つ少年と、暗くてよく見えないが――人影が見えた。
「ふうむ」
少年は、人影に跳びかかった。だが、それに触れることは叶わなかった。突如、地面が輝いたかと思うと、魔方陣が出現し、その中央から黒く巨大な影が、彼めがけて躍りかかったのだ。影と比べて、あまりにも彼は小さかった。まるで蛇と蛙の戦いだった。悲鳴を上げる暇もなく、頭からかじられて、彼は絶命した。それでも影は飢えているようで、血まみれの物体にもかじりついた。あっという間に食い尽くすと、地面に飛び散った血の跡も、影は舐めた。そうして、姿を消した。
唐突に、爆発的な哄笑が巻き起こった。
人影は体をのけ反らせて、辺りをはばからぬ大声で嗤っていた。ひどく耳障りな声だった。地獄で悪魔が笑うような。
「ふうむ、『黒の書』によって呼び出された悪魔と、その使役者――か。次から次へと生贄を捧げているようだから、まだ完全には契約が為されていないだろうが、脅威であることには間違いない」
魔術師の後ろに付いてきた勝巳は、ぐったりとした様子で、呟いた。
「生贄――」
「そう、生贄だ。処女・童貞の子供が最も好まれる。もっとも今回は無差別であるようだがね」
「……例外的に、汚れた魂も好まれる。他人の血で汚れた魂も。そういう魂を好む悪魔もいるでしょう」
「汚れた?どちらがそうなんだい?両方かい?」
「隆は父親を殺している。そして、彼女も殺してしまった」
――ふっと世界が揺らいだかと思うと、場面が切り替わった。勝巳の想念が別の光景へと移ったのだ。
隆は、血まみれの何かの側でひざまずいて、すさまじい形相で人影を睨んでいた。
「そいつは、もう生きていられないんだから、楽にしてやりなさい」
それは、人倫を越えたような事を、平然と言ってのけた。
「黙れ!お前だけは殺してやる、殺してやる、殺してやるー―コイツの分も復讐してやる!」
それに対して、隆は、ただの獣のように吼えるきりだった。
Mr.フェンスターは舞うような足取りで、隆に近づいた。途端に顔をゆがめる。血まみれのそれは、腹部をかっ
隆は臓物を腹からはみ出た彼女を抱きかかえて、わずかに震えていた。彼に抱かれて、少女の目は虚空をさ迷い、かすかな呼吸は命が尽き果てようとしていることを示していた。苦痛の果てにその境地に至ったのだろう、表情は虚ろで、痛ましかった。
「殺してやりなさい。どうせ助からないんだから。――本当は分かっているんでしょう?それはもう生かしてやるより、殺してやった方が救いになるのだと」
暗がりの人影は、嘲るような口調で、そう言った。少女を生きたまま開腹したのは、そいつで間違いはないのだろうか。
「ふうむ……」
こいつが事の真の犯人か、と魔術師は見極めようとしたが、どうも明確にはならなかった。勝巳が顔を知らないのか、あるいは知っていて隠そうとしているのか、それとも術的に対抗策が張られているのか――そのどれかだろうと思った。
「うるせえ、黙れ!」
隆は彼女を抱きかかえたまま、その場を動こうとしない。
「よくもこんな真似をしやがって――」
到底許せる所業ではなかった。大事な人を害されて、1秒と黙っていられる性格でもなかった。だが、動けば腕の中の命の炎がその時に消えてしまう、恐怖感が彼を釘付けにしていた。揺らぎと固定の、その刹那だった。
不意に彼女の手が持ち上がり、そっと隆の頬に触れた。
「――泣かない、ほら」
小さな、はっきりとした声で、確かに彼女はそう言った。断末魔の呻きなどではなかった。かすかに浮かんだ表情は、微笑んでいるようだ。そして、手は地面に落ちた。意識を失ったのだろう。
隆は感電したかのようにびくりと震えた、そして彼女の体を地面に横たえると、その細い首に手をかけた。
この時の彼は何を考えていたのだろう。
大事な彼女を無駄に死なせるくらいなら、いっそ自分の手でと思ったのか、彼女が生きている限り、続く苦痛を止めたいと願ったのか。どちらにせよ――と、Mr.フェンスターが複雑な思いで見つめる中、若枝をへし折ったような、鈍い音が響いた。
そこで光景は終わる。
勝巳はMr.フェンスターとの握手を振りほどいた。
「アイツ馬鹿なんですよ。携帯持っていたんだから、いつものように僕を呼べば良かったんだ。僕を呼んでいれば何かが変わったかもしれないのに。でも呼ばなかった」
「呼べなかった、ではないのかね?」
「どちらでも、同じですよ、僕にとってはね」
「悲しい話だ。だが非常に許せないと感じるね。私は短気だから、絶対に許さないのだよ」
ふ、と勝巳は微笑んだ。悲しすぎる笑いだった。
「僕は、正直、どうでも良かったんです。無関係の誰かが犠牲になるのなら。でも、そうじゃなかった。アイツと、あの子は、生贄なんかになっていい人間じゃなかった。ちゃんと人間として全うするはずだったのに。でもあんな風に、まるで虫けらのように殺された!」
「君はどうやら事件の黒幕ではないな――」
「まだ疑っていたんですか」
勝巳は呆れたように言った。
「ああ。君は知識もあり、探究心もある。人道を踏み外してでも、魔術の道を極めようとしても不思議ではない」
「……僕は、そういう意味じゃ、変わり者なんでしょうね」
「奇妙ではあるね。私も若い頃はやんちゃだったものだ」
「若い頃?失礼ですが、お年は――」
「そろそろ60代に差し掛かる。君くらいの娘もいる」
魔術師は見た目を裏切るものだ、と勝巳は痛感した。まるで化物だな。
「さっき君は、隆君が彼の父親も殺していると言ったね。それについても話してもらえないだろうか」
Mr.フェンスターは言った。
「断ると言っても、あなたは強引に僕から記憶を引き出すつもりでしょう?」
勝巳は振り払った手を、差し出し、Mr.フェンスターの手を握りしめて言う。Mr.フェンスターはポーカーフェイスで微笑み、
「うむ、君は大変に物分りがいい子だ」
――糸辺隆は父子家庭で育った。母親は彼が幼い頃に失踪して、姉が母親代わりだった。
彼らの父親は、異常な男だった。傍流とはいえ、それなりの古武術の名家に生まれながら、戦闘狂のようなところがあった。この世の全ては敵だと言わんばかりに、自分の息子も、平気で鍛錬だと言っては、暴行した。親族が何度か庇ったが、殺されかけたこともあり、何もできなかった。ただ一人、彼の姉だけは殴られたことがなく、いつも隆を庇った。それだからか、隆のシスター・コンプレックスは異常なほどだった。どうして姉だけは殴られないのか、とは一度も思ったことが無かった。自分が殴られても、姉だけは殴られないと言うことが、彼の救いになっていた。姉に守られて、辛うじて、彼は壊れないでいられた。
しかし、それは裏切られる。
年頃になって、誰が見ても美人だと言われるようになった姉は、父親に暴行された。あの女への復讐だ、と嗤いながら、彼らの父親は、外道のような所業をした。姉を殴らなかったのは、このためだったのか。隆は必死に姉を守ろうと抵抗して、半死半生の目に遭わされた。いつも誰かに怯えていた痩せっぽちの少年が、飢えた獣のような目をした壮年の男に勝てるはずがなかった。
彼の目の前で姉は泥にまみれるような屈辱を味わい、そして壊れてしまった。何か思いつめたような目をして、いつものように学校へ出かけ、そして二度と「ただいま」を言わなかった。
姉の死で、彼の中のもっとも繊細な部分が、叩き潰された。
彼はもう二度と父親を恐ろしいとは思わなかった。
恐怖、それが何だ。
ある夜、彼の父親は家の階段から転落して、あっさりと死んだ。彼が手を下したのだろうか。警察が調べた結果が、娘が死んだためやけ酒をあおった男が、足を滑らせたのだということだった。彼を哀れんだ親戚が、警察機構へ手を回したのかもしれなかった。彼の恐怖の源は、これでいなくなったのだった。
「いやはや――何とも可哀そうに」
知り終わって、思わず魔術師は呟いていた。
「黙れ!」
勝巳は手を振り払い、その手でMr.フェンスターの頬を張った。
「何をする、痛いじゃないか!」
勝巳は形相を歪めて言う。
「アイツだったら、この時点であなたを病院送りにしている。同情とか、そんな気持ち悪いものはいらないんです」
「ふうむ。それは失礼した」
彼は杖をくるくると回すと、それで床をとん、と突いた。
「それでは私は本当に失礼させていただこう」
優雅に一礼すると、扉を開けて出て行った。
「ええ――さようなら」
視線をカウンターに戻すと、目を輝かせたJJが椅子の上に這い登ってきたところだった。
両手の平を上に向けて、そろえて勝巳へと差し出す。
「ごめん、今日は無いんだ」
がーん、と何かに殴られたようにJJの形相が変わった。露骨なほどに態度が冷たいものに代わり、しぶしぶカードを並べる。
「運命、魔術師、吊るされた男」
JJは黙って一番奥の扉を指した。
そこには――まるで、どこかの王朝の爛熟期の王室のようだった。美しい以前に、その迫力に気おされてしまうような。
「よう、伏木勝巳」
一番奥に腰掛けている、黒いローブ姿の男。店主だな、と分かる。
「こんにちは……」力なく挨拶をする。
「相談したいことを当ててやろうか」
唐突に言われたが、勝巳は怯まなかった。
「いいえ、自分の口から言います」
「そうか」
勝巳は、深呼吸をして、言った。
「どうして僕が生きているのか――僕が死ぬはずじゃなかったのか!?」
「そう、それだ!」
店主は、にんまりとした笑みを、口の端に乗せた。
「友情と言うのは、実に素晴らしいな――」
「……何を言うつもりなんだ」勝巳は呟く。
「友情の素晴らしさ、だ」店主は高らかに謳うように言った。「『アイツの命がないなら、俺の分をくれてやれ』 ――刎頚の交わり? とんでもない、自分の命を分け与えるような友情なんざ、空前絶後だ! 新約聖書いわく己の命を友に分け与える以上の愛は無いらしい、だとしたらこれは至上愛だ! 俺は初めて見た、こんな愛を!」
それを聞いた途端に、勝巳は、真っ青になった。
「あ、ああああああああああ、ああああああ」
声にもならない悲鳴がこぼれる。
「アイツは、あの馬鹿は、そんな、ぁあああああああああああ!」
彼が一度は疑った人間が、彼のために、彼の所為で死んでしまった。まるで
アイツはここに怒鳴り込むついでに、要求したのだろう。俺の命をくれてやれ、と。
事実を知ったところで、彼は泣けなかった。涙はこぼせないのだ。
「どうだ、素晴らしいだろう。素晴らしすぎるだろう。――賢い愚者と間抜けな戦士の友情はこうして大団円を迎えて終わった!」
「そんな、嫌だ!それだけは嫌だった!」
勝巳は悲鳴を上げた。死ぬべきは彼だった、はずなのだ。覚悟も決めていた。諦めもついていた。なのに、それなのに!
「お前が嫌だってことは、相手だって嫌なんだ。その短い人生のうちに学ばなかったか?」
「――」
勝巳はうな垂れて、頭を抱えた。「――相談なんか、するんじゃなかった。いや、ここに来なければ、何も知らずに済んだんだ。そして僕が幸せな人生を終えただけだったのに――それだけだったのに!」
「過去のことは悔いても遅いさ。だからこそ人は未来を求める。足元の現実は捨て置いてな」
「足元の現実――」
勝巳は繰り返し呟いた。
「足元の――」
そして彼は微笑を浮かべた。
「そうだ、今、やれることがあった」
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