1.波紋の計略-1

 貴族シャトーアの藤咲家当主が代々受け継ぎ、現在は彼のものである書斎にて、ハオリュウは思索にふけっていた。

 父親譲りの温厚で人当たりのよい顔は渋面を作り、当主の証である金の指輪の光る手は、時折り、何かを確認するかのようにコツコツと執務机を叩く。

 背は伸びたものの、まだ少年の細さの残る体は、ともすれば、この部屋の持つ重厚なおもむきに呑み込まれてしまいそうに見えるだろう。だが、落ち着いた風格をかもす年代物の調度の中、あどけない筆致の絵を堂々と飾ることによって、彼がこの空間の支配者であることを明確に示していた。

 すなわち――。

 異母姉あねメイシアの命の恩人、幼いファンルゥの手によるクレヨン画は、見る者が十人いれば、十人ともが首をかしげるほどに、部屋にそぐわぬものである。彼の後見人たる大叔父などは、すぐにも有名画家の作品と取り替えるよう、わめき散らしたくらいだ。

 しかし、ハオリュウは瞳と指輪を光らせ、大叔父の退室を命じた。

 故に、ファンルゥの絵は依然として、この書斎の壁で異彩を放っている――というわけである。

「ハオリュウ」

 おざなりなノックと共に扉が開かれ、制帽で押さえつけられた、ぼさぼさ頭が、ひょこりと部屋に入ってきた。

 すっかり馴染みとなった、三白眼の悪人面。警察隊の緋扇シュアンである。今日は、ハオリュウの頼みで、仕事帰りに寄ってもらったのだ。

 いつもの通り、シュアンは、ハオリュウの執務机と向き合うように置かれた椅子に座る。

 ふかふかの座面に沈み込む際、よく嬉しそうな顔をするので、どうやら感触を気に入っているらしい。そんなどうでもよいことに気づいてしまうほどに、シュアンには何度もこの書斎に足を運んでもらっている。

 出会ったときには、絶対に相容あいいれない存在だと思っていた。なのに、今ではかけがえのない大切な友人である。

 シュアンは執務机の上を一瞥し、口を開いた。

「そのやたら豪華な封筒が、あんたが時化シケツラをしている原因の『摂政からの呼び出し状』ってヤツだな」

 笑い飛ばすような軽薄な口調は、陰鬱なハオリュウを気遣ってのことだ。その証拠に、かく言うシュアンの瞳もまた、冷ややかな苛立ちの色に染まっている。

「『王宮に来い』と、ひとこと書けば充分なところを、上流階級のみやびとやらの御大層な文句でゴテゴテ飾った、いつもの調子の文面アレか」

 国の最高権力者からの招待状を、目をすがめて皮肉るシュアンに、今まで鬱々としていたハオリュウも微笑を漏らした。

 いずれ摂政に召されることは分かりきっていたが、それが現実のものとなり、自分で思っていた以上に滅入っていたようだ。耳障りなシュアンの濁声だみごえが心地よかった。

「ええ。おっしゃる通りの内容です。――ご覧になるまでもありませんね」

 そう言って封筒をしまおうとすると、シュアンの声がハオリュウを制した。

「いや。とりあえず、俺も中を改めるさ」

「では、どうぞ」

 シュアンの目線が、便箋の上を忙しなく走り始めた。

『目つきの悪いチンピラ』から『眼光の鋭い切れ者』に変わったシュアンを眺めながら、ハオリュウの口元は自然とほころぶ。

 以前のシュアンだったら、『上流階級のみやび』で書かれた手紙など、読むだけ無駄だと言って、用件だけを訊いてきた。

 しかし、〈ムスカ〉への復讐の黙約を果たしたあと、別の新たな盟約を結んでから、関係が変わった。口には出さないが、シュアンは、ハオリュウの秘書を買って出てくれている――。

「なるほど。見事なまでに、『王宮に来い』としか書かれていないな」

 不快げに鼻を鳴らす音が聞こえ、手元に落とされていた三白眼が上げられた。どうやら読み終えたらしい。

 ハオリュウは、緩んでいた表情を引き締めた。

「詳しいことは直接、ということなのでしょう。何しろ摂政殿下のお話というのは、あの会食で僕に『女王陛下の婚約者になりませんか』と持ちかけた件で間違いありませんから。迂闊なことは書面に残せません」

「ああ。けど、その話は、『女王は『ライシェン』という〈神の御子〉を産むことが決まっているから、誰が女王の夫になっても構わない』という前提のもとに成立していた話だろう? 『ライシェン』が摂政の手元から失われた今、奴は、あんたに何を言うつもりなんだ? ――どうせ、ろくなことじゃねぇんだろうけどよ」

 シュアンは王宮の方角に顔を向け、忌々いまいましげに舌打ちをする。

 ハオリュウも同意するように頷き、溜め息混じりの声を落とした。

「それは、なんとも。……ただ、摂政殿下が、僕と会う約束を急遽、取り消されてから、一ヶ月。ようやく方針が決まった、ということでしょうね」

 実は、あの会食のあと、ほどなくして、ハオリュウのもとに摂政からの招待状が届いた。『次は二週間後に、王宮でお会いしましょう』というものだった。リュイセンが瀕死の状態で〈ムスカ〉に捕らわれ、皆が心配していたころの話である。

 その後、リュイセンが裏切り、メイシアがさらわれ……と、ハオリュウと鷹刀一族にとっての大事件が続いた。

 しかし、摂政は蚊帳の外だった。

 高慢な王族フェイラを嫌う〈ムスカ〉が、摂政には何ひとつ報告しなかったためである。

 これは、〈ムスカ〉本人からの、確かな情報――ルイフォンに託された記憶媒体からの情報だ。

 摂政は、地下研究室が爆破されるまで、〈ムスカ〉は黙々と『ライシェン』の完成に向けて励んでいるのだと、信じて疑わなかった。〈ムスカ〉と『ライシェン』が姿を消したという連絡を受けて初めて、まったく手綱を取れていなかったことに気づいたのである。

 研究室が爆破された日。

 それはしくも、ハオリュウとの約束の日の前日であった。

『急に都合が悪くなったため、またの機会にお会いしましょう』という摂政からの書状を携えた使者が、藤咲家の門を叩き、王宮での対面は延期となった。

『ライシェン』が手元から消えたため、取り戻すまでは、ハオリュウを女王の婚約者にする計画を一時休止せざるを得なくなったためであろう。

 あるいは、策を練り直すべきかと――。

 不意に、シュアンが、おどけたように言い放った。

「さぁて、摂政の野郎は、どう出るか? とりあえず、婚約者の件は白紙に戻すか。それとも、『ライシェン』不在のままでも強行するか。……いずれにせよ、あんたを手放す気はねぇだろうがな」

「ええ。摂政殿下は、『王家はクローンに頼っている』という国の機密事項を僕に明かしています。しかも、次代の王『ライシェン』まで見せた上で、姉様が生きていることを知っていると匂わせ、圧力を掛けてきました。――殿下にとって、僕は手駒のひとつですよ」

 すっかり低くなったハオリュウの声は、少年の無邪気さを失っていた。人の良さだけが取り柄のような凡庸な顔立ちにくらい影が揺らめき、彼の外見が内面を裏切っていることを浮き彫りにする。

 言ってから、ハオリュウは後悔した。

 こんな弱音を吐くつもりはなかった。

 今日、シュアンに来てもらったのは、事情を知る彼に話し相手になってもらうことで、現状を冷静に見極め、摂政が何を言ってきても動じない心構えを作るためだ。

 断じて、愚痴を聞いてもらうためではない。

 うつむいたハオリュウの視界の外で、シュアンの気配が揺れた。彼のぼさぼさ頭に載っていたはずの制帽が、ふわりと床に落ち、ハオリュウの視界の隅に強引に割り込んでくる。

 何故、制帽が? と、ハオリュウは無意識に顔を上げた。

 その刹那。

「はぁ?」

 ――という、甲高い声が、ハオリュウの耳朶を打った。

「シュアン……?」

 三白眼をすがめたシュアンが、顎をしゃくる。威圧的にふんぞり返った姿勢から察するに、制帽が落ちたのは、椅子の背もたれに、ぐっと寄りかかったためだろう。

「何を言っていやがる? あんたは、俺が世直しをするための手駒だろう?」

「……え?」

 貴族シャトーアの当主に対して、あるまじき暴言。それだけにとどまらず、シュアンは、まるで恐喝でもするかのように口角を吊り上げた。

「今はまだ、獅子身中の虫でもいいさ。だがな、あんたには、これから権力を握ってもらう必要がある。俺の理想のための旗印なり、神輿みこしなりになってもらうためにな」


 言っただろう? 俺は『あんたが欲しい』と。

 だから、摂政なんかに呑まれるな。


 盟約のときに撃ち込まれた弾丸が、心臓から語りかけてくる。

「シュアン……」

「とりあえず、婚約者になれと迫られたら、父親の喪中を理由に先延ばしにしろ。――それが、あんたの姉さんからの伝言だと、前にも伝えたよな?」

 無愛想な凶相のまま、シュアンが笑う。

 無論、ハオリュウは覚えている。最愛の異母姉あねが、彼を思って助言してくれたことなのだから。

「『婚約者の件は大変な名誉ですが、父の喪が明けるまでは晴れがましいお話はお待ちください。陛下に穢れが及んでしまいます』――というものですね」

「そうだ。あんたの姉さんは、これ以上、あんたを家の犠牲にしたくないと、泣きながら俺に訴えてきた」

「…………」

 摂政に失礼のない詭弁を思いつくあたり、異母姉あねは本当に聡明であると思う。

 だが、泣きながらというのは嘘だろう。心優しく、それ故の弱さを持つ異母姉あねであるが、芯の強い彼女は、こういうときに泣いたりしない。この部分は、間違いなくシュアンの脚色だ。

 そう言ったほうが、ハオリュウが従いやすかろうという――シュアンの優しさ。

 今日だって、制服を着替える手間すらもどかしく、ハオリュウのもとに駆けつけてくれたのだ……。

 ハオリュウの顔が年相応に和らいだ。

「シュアン、ありがとうございます」

「礼なら、姉さんに言うんだな。――それにな。あんたにしても、摂政にしても、『ライシェン』の未来が定まらなければ、何ひとつ決定なんかできやしないのさ。だから、先延ばしは妥当だろう?」

「すべては『ライシェン』次第……ですか」

『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』の行く末が、数多あまたの運命を決める。

 そして、『ライシェン』の未来は、義兄ルイフォン異母姉メイシアに託されている――。

 ふと。

 ハオリュウの脳裏に、ふたりの姿が浮かび上がった。

 異母姉あねが〈ムスカ〉の庭園から救出されたあと、ハオリュウはまだ直接、彼女に会えていない。忙しかったこともあるが、イーレオとエルファンが『鷹刀は、摂政に目をつけられている。しばらくは接触しないほうが無難だろう』と言っているため、様子を見ているのだ。

 だから、ハオリュウの知る一番、最近の彼らの姿は、シュアンが送ってきてくれた、ふたりの再会の瞬間を収めた写真だ。

 まばゆい朝陽と、美しい石造りの展望塔を背景に、固く抱き合うルイフォンとメイシア。

 ――携帯端末に保存した、大切な一葉だ。

「……シュアン。この前、僕は姉様と電話で話しました」

「お? それはよかったな。今、レイウェンさんのところに厄介になっているんだろう?」

 唐突に切り出された話に、シュアンは意外そうに眉を上げつつ、「草薙家なら、仕事での繋がりがあるし、直接、会えるんじゃねぇか?」と、自分のことのように嬉しそうに付け加える。

「ええ。時間を作って、会いに行きたいと思います」

「それがいい。――で、何を話した?」

 弾む声のシュアンに、ハオリュウは、この先の話の流れに罪悪感を覚えながら平坦に告げる。

「『ライシェン』に優しい養父母が必要なら、草薙家で引き取りたいと、シャンリーさんが言ってくれたそうです」

「ほう。そりゃ、名案だ。今のルイフォンたちが『ライシェン』を育てるってのは、どう考えたって無茶があるからな」

「姉様も、そう言っていました。レイウェンさんは『まずは、実父であるヤンイェン殿下に、話を通さねば』と、言っているそうですが、現実的な選択だと思います。だから、この件は良い話なのですが……」

 不意に、ハオリュウの声が沈んだ。

 言いよどむような息遣いに、シュアンは、ほんの少しだけ目元のくまを深くしたものの、あえて素知らぬ表情で相槌を打つ。

「そのとき、シャンリーさんが、ルイフォンと姉様に、こう言ったそうです」


『お前たちの中で、『ライシェン』は『人』ではなくて、『もの』だ』


『それは仕方のないことだ。だって、お前たちは、『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』に苦しめられてきた。――メイシアの家族も、この計画の犠牲になった』


『メイシアの父親は亡くなったのに、原因となった『ライシェン』が生き返るのは、解せないだろう? 話を聞いただけの私だって、理不尽だと思うんだ。お前たちが、素直に『ライシェン』を受け入れられないのは、当たり前のことなんだよ』


「シャンリーさんにそう言われて、姉様は心が軽くなったそうです。やはり、どこかに『ライシェン』へのわだかまりがあったと思う。それを当たり前だと言ってもらって、楽になった――と」

 電話での、声だけの会話であったが、ハオリュウには異母姉あねの澄み渡った、穏やかな笑顔が見えた。

「だから、姉様は、僕にも『ライシェン』を納得できない気持ちがあってもいいと言ってくれました」

 優しい異母姉あねの声が、耳に残っている。

姉弟きょうだいなのに、そばにいてあげられなくてごめんね』

『当主の重責をひとりで背負わせて、支えることもできなくて。私ばかりが恵まれているなんて、ずるいと思うの』

 気にすることなど、何もないのに。

 異母姉あねを藤咲家から出したのは、他ならぬハオリュウなのだ。彼女の幸せを願って、ルイフォンのもとに送り出した。だから、彼女が笑っていれば、それでよい。

 異母姉あねはきっと、ハオリュウに泣き言のひとつくらい、言ってほしかったのだろう。それは分かっていた。だが、あいにく、彼はもう小さな異母弟おとうとではないのだ。

 だから、ただ『ありがとう』と答えた。『僕のことを心配してくれて』と。

「――で? あんたは『ライシェン』をどう思っているんだ?」

 低い声が、すっとハオリュウのふところに入り込んできた。

 シュアンの声質は、どちらかといえば高いほうであるのだが、たまに背筋に怖気おぞけが走るような、どすの利いた声を出す。今の声は、そのときと同じ低さで、しかし、彼の声とは思えぬほどに無色透明。――まるで、どんな答えでも受け入れるとでも言うかのように。

「……正直なところ、僕は『ライシェン』に良い感情を持っていません」

 ハオリュウの口から、感情がこぼれた。

 シュアンのぼさぼさ頭が、ふわりと揺れ、柔らかに肯定する。

「そもそも、初めに〈ムスカ〉の地下研究室で見たときから、『人』か『もの』かと疑問に思いました。それが、セレイエさんの我儘からできた産物だと知ったときには……!」

 ハオリュウは唇を噛み、怒りの爆発をこらえる。

 その先を言ってはいけないと、理性が訴えていた。――人として、最低だと。

 握りしめた拳が震えた。

 空間が沈黙に陥る。

 気まずい――そう思ったとき、シュアンが静かに口を開いた。

「俺にとっては、『ライシェン』は『もの』だ」

 それは、迷いのない、強い声だった。

「別に、硝子ケースで作られたから『もの』だと言っているわけじゃねぇ。俺の立場からすると『もの』になるってだけだ。上流階級のお偉いさんが、平民バイスア自由民スーイラを『もの』扱いするのと同じことだ」

 皮肉げに口の端を上げ、シュアンは肩をすくめた。

「所詮、『もの』にすぎないから、『ライシェン』に敵意とか復讐といった、『人』に向けるような感情は持ち合わせていない。だいたい、憎むべき相手は、鷹刀セレイエだろう?」

 疑問の形の、断定。

「『ライシェン』を殺したところで、先輩は戻らない。――人間の命は不可逆だと知っているから、俺は、鷹刀セレイエのように先輩死者が生き返ることを望まない」

 その言葉は、グリップだこで固くなった彼の手のように堅牢で、揺らぎがなかった。

 そして、シュアンは、まっすぐな弾道のような眼差しをハオリュウに向け、「――だが」と続ける。

「もし、あんたが『ライシェン』の存在を邪魔に思うのなら、俺は『ライシェン』を殺してもいい。俺の手は、あんたの手だ」

「!?」

 ハオリュウは、シュアンの三白眼を凝視した。白目に浮かぶ、血走った血管の一本一本が、はっきりと見えた。

 シュアンは何故、自分にそんなことを言うのだ?

 シュアンの目には、自分はどう映っているのだ?

 ハオリュウの心に、疑問が渦巻く。

 だのに、シュアンの血色の悪い凶相は、凪いだように無表情。何ひとつ読み取れない。

 彼は知っているのだ。――ハオリュウが、幼いころから周りの顔色を窺って、自分の態度を決めてきたことを。

 だから、シュアンは彼自身の色を隠して、ハオリュウに自分の色を見せろと求めている。

「……っ」

 ハオリュウの体は強張り、身じろぎひとつできなくなった。

 緊張のあまり、声はおろか、呼吸が危うくなる。

 ――そのとき。

 シュアンの口元がふっと緩んだ。

 相変わらずの悪相では、狂犬が牙をむいたような凶暴な顔にしかならなかったが、それは満面の笑みであった。

「ここで何も言えなくなるのが、『藤咲ハオリュウ』という人間だ」

「え?」

「充分な殺意があるくせに、罪のない赤ん坊を手に掛けるほど落ちぶれちゃいねぇ。その矜持プライドのために、踏みとどまっている。――誰かが認めるとか、許すとか。あんたには、そんなの関係ねぇんだよ。別にそれでいいじゃねぇか。あんたは、あんただ」

「シュアン……」

 ……シュアンは見た目とは裏腹に、人の心にさとい。

 嘲りの仕草で返されたままになっていたシュアンの両手が、ハオリュウの目には、彼をふところに受け止めるために広げられたかいなに思えた。

「じゃあ、あなたは……?」

 ……どうして、殺してもいいと言い切れるのか?

 そう尋ねたハオリュウの顔は、きっと不安の色をしていたのだろう。

 シュアンが、にやりと牙を見せた。

「言ったろ? 俺にとって『ライシェン』は『もの』にすぎない。――つまり、生きていようが、死んでいようが、どうでもいい存在なわけだ」

 おどけたような口調は、しかし次の刹那に、険しいものへと入れ替わる。

「それと同時に、俺は一国民として、クローンによって無理やり存続している王家に対し、物申ものもうしたくもある。だから、最後の〈神の御子〉である『ライシェン』を殺して、王家を断絶に追い込むのも、ありだと考える」

「――!?」

 ハオリュウは息を呑んだ。

 そんな彼に、シュアンが笑う。

「――けど。王位にも就いていない赤ん坊を、先回りして殺したいとまでは思わねぇよ」

「そうですか……」

 ハオリュウは安堵した。

 シュアンにはシュアンの、自分には自分の思いがある。――それでいいのだ。

 大切な年上の友人を見つめ、ハオリュウは笑う。

 見るからに胡散臭い、不器用で優しい悪人面。

 この顔が、この先ずっと、自分のそばにるように。

 願うのではなく、望みを現実のものとするために、ハオリュウは心に誓う。

 彼に、認められる権力者になる――と。

「シュアン。今度の摂政殿下との対面は、さすがに僕ひとりで行くべきだと思います。会食ではなく、もう少し軽いお招きですし、何度も介添えを頼むようでは、軽んじられてしまいますから」

「……そうだな」

 ほんの一瞬、シュアンが心配そうに視線を揺らしたのは、きっと気のせいではないだろう。

 だから、ハオリュウは席を立ち、執務机を回り込んだ。

 もう杖は必要ない。

 不自然な動きにはなるものの、自分の足だけで歩くことができる。

 軽く目をまたたかせるシュアンの前に立ち、貴族シャトーアの当主の顔で、ハオリュウは告げる。

「〈ムスカ〉の遺した記憶媒体によれば、摂政殿下は〈七つの大罪〉の技術とはまったくの無縁です。前回、危惧していたような、僕が操られてしまうような事態は発生しません。純粋に政治的駆け引きとなります」

 困惑の表情で、椅子からハオリュウを見上げていたシュアンは、一転して、嬉しそうに三白眼を細めた。それから、ひょいと立ち上がり、ハオリュウの肩に手を載せる。

 服の上からでも分かる、ゴツゴツとした感触のシュアンの手。

 ハオリュウを支えてくれる、大切な手だ。

 そして――。

 満足そうに、シュアンが笑う。

「行って来い」

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