4.神話に秘められし真実-3
「
血の気が失せ、白蝋のような色合いとなった〈
だのに彼は、朗々たる低音で、静かに告げる。
「ですが、私は鷹刀の者として、伝えておきたいのです。――何故、我が一族が、〈
「〈
小さく呟いたのは、エルファンだった。氷の無表情にひびが入り、緊張をはらんだ眉間に皺が寄る。
逆にいえば、他の者の反応は、得てして希薄だった。〈
それでも、厳粛に過去を受け止めようと、ルイフォンは猫背を正した。一本に編まれた髪が、まっすぐに伸びる。毛先を飾る金の鈴もまた、神妙な構えを取る。
しかし、次の瞬間。
〈
「端的にいえば、〈
「『〈
「おや、ご存知でしたか?」
思わず腰を浮かせたルイフォンに、〈
「『それ』は〈悪魔〉にとっての禁句だろ? 『〈
「ほう。なるほど」
得心がいったように頷く〈
「でも、俺が驚いたのは、名前を知っていたからじゃねぇ! 母さんが『〈
それは、直接、母から聞いたことではない。鷹刀一族の屋敷の地下にいる〈ベロ〉に、教えてもらったことだ。
しかし、間違いなく、母は、ルイフォンが〈
セレイエや〈天使〉が関係するから、というのは勿論あるが、そもそも、〈七つの大罪〉の技術の象徴として、〈
〈
けれど〈
「〈
金の鈴を煌めかせ、斬り込むようにルイフォンは叫ぶ。
一方、〈
「〈
にわかに研究者の顔になり、口調も変わる。
「〈
「あ、ああ、失礼。……あなたが、あまりにも荒唐無稽なことを言うものですから」
「そんなに突拍子もないことなのか?」
「ええ――。……いえ。ひょっとしたら、可能なのかもしれません。――あなたなら」
〈
「私の昔語りが、過去の感傷で終わるのではなく、あなたの未来に繋がるというのなら結構なことです」
恩着せがましいような、高圧的な物言い。愉悦を含んだ瞳が、すっと細められる。
〈
なのに、どうして、相変わらずの高飛車な姿勢を見せようとするのだろう?
……分かっている。
最期だからこそ、自分らしく
最期だからこそ、敵対していたルイフォンには、付け焼き刃の友好を示すよりも、敬意を表した憎まれ口を叩くのだ。
「〈
〈
先ほど、話を切り出したときの反応の薄さに対しての嫌味だろう。どこまでも彼らしい彼に一種の清々しさを覚えながら、ルイフォンは好戦的な眼差しで応える。
「構わない。頼む」
初めは、ひとりの
けれど、それだけで
神への『供物』であった彼らは、神殿の奥深くに閉じ込められていた。彼らが接触できるのは、世話係や警護役など、ごく少数の人間のみ。
あるとき。彼らは、ひとりの警護役に目をつけた。
その警護役は、武勲によって、神殿の守護を任されるまでに取り立てられていたが、もとは
心が読める
彼らは、警護役の一族に迫った。
自分たちと手を組むか。それとも、謀反の計画を
逆上した警護役に口封じに殺される、などという心配は要らなかった。警護役にとって、『供物』である彼らは守護の対象。『供物』が死ねば、警護役は責任を問われて処刑されるだけだ。
警護役の一族に、選択の余地はなかった。
もとより、神殿に住む異色の『供物』たちが、『読心』などという人智を超えた力を示せば、普通の人間である警護役の一族は、
こうして、
やがて謀反は成功し、
しかし、当然のように玉座に腰を下ろしたのは、輝く白金の髪と澄んだ青灰色の瞳を有し、摩訶不思議な力を持った
異色を持つ者は〈神の御子〉を自称し、『神の代理人』を名乗って、この国を治めることとなる――。
〈
「まさか……、警護役の一族って、鷹刀の先祖……」
「ご明察です」
〈
「鷹刀は、もとは『鷹の一族』と呼ばれていました。新しい王朝で、王の護衛の一族を任じられたときに、『鷹刀』の名が与えられたのです。――鷹刀は、
話の内容とは裏腹に、〈
「弱者である『盲目』の王にとって、護衛は身を守る大切な砦。自身の一部のように思っていたのでしょう。
「あ、そうか。王は、目が見えないんだったな」
なんともいえない溜め息を落とすと、〈
「現在の女王は、たとえ弱視であったとしても盲目ではありませんよ。盲目なのは、〈神の御子〉の男子のみ。伴性遺伝といって、女性は
〈
「あなたに専門的なことを説明しても仕方ありませんね」
「……」
確かにその通りなのであるが、面と向かって言われるのは
「それよりも、この先の話が、あなたのお待ちかねの〈
「!」
息を呑み、猫の目を大きく見開くと、掛かったなとばかりに〈
「ともかく、王は男子で、盲目です。現在では女王も認められていますが、あくまでも『仮初めの王』。男尊女卑の意味合いがないとは言い切れませんが、それよりも目の見える彼女たちには例の能力が発現しないから、というのが理由です」
淡々と告げる〈
「王は、周りから『視覚情報』を奪えますが、やはり盲目というのは弱点といえます。一国の王という立場は、隙あらば、いつでも寝首をかかれかねないものですからね。用心のため、盲目であることは隠され、万一のときの切り札となる能力のことは
〈
「盲目で、臆病者の王は、信頼する鷹刀の護衛を片時も
「……え? 生き埋め……だと……!」
ルイフォンは耳を疑った。
「貴人が死後の世界で困らぬようにと、生きた侍従を埋める風習は、世界各地にあります。別に珍しくもないでしょう」
「なっ……!」
反射的に叫びかけて、ルイフォンは途中で止めた。
軽薄な口調とは裏腹に、底なしの闇をたたえた〈
「ただし、鷹刀の場合は――」
言を継ぐ〈
「初めは、単なる死出の旅路の供でしたが、のちに事情が変わりました」
〈
一族特有の美麗な顔貌は、彼のものでありながら、彼のものではなかった。『鷹の一族』と呼ばれていた古き時代から彼にたどり着くまで、脈々と受け継がれてきた血族たちの怨嗟を凝縮し、彼という姿を借りて語っていた。
ルイフォンは戦慄を覚え、知れず、身を固くする。
「事情が変わった……? 何が起きた?」
「ですから、〈
〈
「鷹刀の者が生き埋めにされた王の墓所で、〈
「どういう意味だ!? わけが分からねぇぞ!」
焦らすような〈
「あなたへの説明は、医者である私の認識よりも、あなたの母親を〈天使〉にした男――〈悪魔〉の〈
「〈
ルイフォンは、ごくりと唾を呑んだ。
〈
「彼は、こう言っていました」
冷徹な〈
「『〈
「有機……コンピュータ……。……鷹刀の血肉を……喰らう……」
壊れかけの機械が空回りするように、ルイフォンのテノールが意味もなく〈
「『
〈神の御子〉の男子は、『他者の脳から、情報を奪う』。
初めは『傍らにいる他者』から情報を得る程度のものであったのが、徐々に国中の人間へと有効距離を伸ばしていった。
複数の〈神の御子〉の能力が絡み合い、繋がり合い、盲目の彼らのみが感知できる特殊な
貪欲に情報を求めたことから生まれた能力は、やがて暴走を始めた。
国中に広く張り巡らされた不可視の
独自の進化を遂げたことにより、彼らの脳は常人よりも遥かに大きな
そんな、あるとき――。
時の王の葬儀のあとで、ひとりの神官が、とある神儀を執り行った。
彼は『神官』という肩書きを賜ってはいたが、彼に与えられた仕事は『〈神の御子〉の能力の解明』。すなわち、彼は研究者であり、彼の行った『神儀』とは王命による実験だった。
生前、時の王は、脳への過負荷による〈神の御子〉の死を憂い、神官に命じて対処法を考えさせた。そして神官は、王の脳細胞をもとに無限の
故に、王は自分の死後、自分の
王の墓所にて、神官は王の脳から神経細胞を遊離させた。
しかし彼は、実のところ、命なき王の細胞では無意味な作業だと考えていた。だからといって、生きた〈神の御子〉の脳を差し出せなどと言えるはずもなかったのだ。
『神儀』は失敗に終わるはずだった。
だが、奇跡が起きた。
王の脳細胞が、すぐ近くに埋められていた鷹刀一族の護衛の生気を奪い取り、白金に輝く『光』に生まれ変わったのだ。
無数の『光』は、互いに繋がり合い、『光の糸』を紡ぎ出した。
こうして、肉体という枷から解き放たれ、無限の増殖を可能にした、巨大な『脳』が誕生した。
光の
それ以降、莫大な情報量に押し潰されて命を落とす〈神の御子〉はいなくなった。
その一方で、『光』を維持するために、鷹刀一族の者が〈
「その『光の
ルイフォンの呟きに〈
「この国の歴史の中では、
地底を揺るがすような憤怨の声で〈
「死者の細胞から生まれた『光の
土気色のこめかみに神経質な青筋を立て、〈
「信じる、信じないは自由です。ただし、私は神殿に収められた『光の
苛立たしげにまくしたてると、〈
「白金に輝く『光の
ルイフォンの心臓は、〈
「母さんは、〈
特別に力の強い〈天使〉だった母は、人体実験体でありながら、〈七つの大罪〉内で権力を持っていた。ならば、〈
「〈ケルベロス〉? あなたの母親が作った……?」
〈
「母さんは〈
ルイフォンは途中で言いよどんだ。
果たして〈ケルベロス〉は、『
「ルイフォン?」
押し黙った彼を〈
「……今、分かった」
自分でも、はっきり分かるほど、ルイフォンの声は震えていた。
「〈ケルベロス〉も、〈
胸が苦しい。
喉が熱い。
えづきを抑えるように身を縮こめれば、背中から金の鈴が転がってきた。
「母さん……」
死んだ王の細胞から生まれたのが〈
「……飼い犬が……手を噛みに
母譲りの癖の強い前髪が視界に入る。母にそっくりな猫の目をぎゅっと
ルイフォンは掌を握りしめ、……嗚咽をこらえる。
「……ルイフォン」
澄んだ声が彼の名を呼び、温かな感触が震える彼の拳を包み込んだ。
メイシアだ。
ルイフォンは、すがるように夢中で彼女を抱き寄せる。
触れ合った肌から、彼女の鼓動が伝わってくる。優しい振動が、彼に力をくれる。
「大丈夫だ。……ありがとう」
ぐっと口元に力を入れ、口角を上げる。
そして顔を上げれば、〈
「私は〈天使〉については門外漢なので確かなことは言えませんが、あなたの母親が〈
素っ気ない低音は、婉曲的な
「最強? どういうことだ?」
「王にできるのは『情報を読み取る』ことだけです。読み取った情報に価値がなければ、なんの意味もない能力なのですよ」
「なるほど。そうかもしれないな」
せっかく
「――って! もしかして、王は『情報を読み取る』ことはできても、『情報を書き込む』ことはできない……?」
「その通りです。だから、『情報を書き込む』ことのできる〈天使〉が作られたのですよ。……まぁ、先ほども言いました通り、〈天使〉についてはメイシアに。――私にはもう……時間がありませんから」
〈
「お父様!」
ミンウェイが悲鳴を上げ、ソファーから落ちそうになる〈
「ミンウェイ……」
愛しげに頬を緩め、〈
ミンウェイは涙ぐみながら頷く。そして、〈
〈
「ルイフォン、メイシア。――鷹刀セレイエが『デヴァイン・シンフォニア
死の淵にありながらも、厳然たる〈
それは、彼がふたりを『最高の
舞台の幕は、そろりそろりと……降り始めていた――。
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