4.神話に秘められし真実-4
ルイフォンとメイシアは、緊張の面持ちで〈
ソファーに横たわった〈
「逝く前に、あなたたちに『ライシェン』を託します」
「『ライシェン』……!」
ルイフォンは息を呑む。
彼こそが『デヴァイン・シンフォニア
何故なら、殺された彼を生き返らせるために、母親であるセレイエが作り上げたのが『デヴァイン・シンフォニア
「『ライシェン』の体は、いつ生まれてもよいほどに成長しましたので、先ほど凍結処理を施しました。地下の研究室に置いてあります。部屋の鍵は……ああ、私が脱ぎ捨てた白衣のポケットの中ですね」
「分かった。『ライシェン』は、俺たちが預かる」
ルイフォンは決然と答える。
安請け合いすべきではない用件であるのは百も承知だが、〈
しかし――。
次の瞬間、〈
「〈
「私は、あなたたちに『ライシェン』を託すとは言いましたが、預かってほしいと言ったわけではありませんよ」
「じゃあ、どういう意味だよ!?」
ルイフォンの苛立ちの叫びに、〈
「『ライシェン』をどうするか――あなたたちの自由にしてよい、ということです」
「え……?」
「この館から連れて行くのか、このまま研究室に放置するのか、あるいは――」
そこで、〈
「処分するのか……」
血の流れを凍りつかせ、心臓の動きを止めてしまいそうな、ぞわりとした響きがルイフォンを襲った。
「すべては、あなたたちの思うがままに……。『ライシェン』の命運、その全権をあなたたちに委ねます」
ルイフォンは、反射的に言葉を返そうとして……呑み込んだ。それから、わずかな逡巡ののちに、かすれた声で尋ねる。
「何故、俺たちに……?」
「メイシアが受け取った記憶によれば、鷹刀セレイエは既に亡くなっているとのこと。ならば、『ライシェン』を託す相手は、セレイエが『デヴァイン・シンフォニア
〈
彼には、お見通しなのだ。
だからルイフォンは、一度、ためらった台詞を改めて口に載せた。
「『ライシェン』は……、……『処分』すべきもの……なのか…………?」
それは〈
〈
しかし、声に出した瞬間、ルイフォン自身への問いかけとなった。――これから死に
ルイフォンの表情が揺れ動くのを、〈
ふたりの動揺など、百も承知で言ったこと。もとより〈
しばしの沈黙のあと、〈
「『ライシェン』は、
唐突な言葉に、ルイフォンは目を瞬かせた。
「どういうことだ? 〈神の御子〉は自然には、なかなか生まれないけど、過去の王のクローンなら幾らでも作れるだろ? どうして『最後』になる?」
当然の質問をしたルイフォンに、〈
「保管してあった過去の王の遺伝子を、セレイエがすべて廃棄してしまったからですよ。『ライシェン』を唯一の存在にすることで、オリジナルのように殺されたりしないように――と」
〈
「セレイエの奴……!」
ルイフォンは絶句する。
それは、『国家に対する反逆罪』といって差し支えないだろう。随分と思い切ったことをしたものだ。
……だが、異父姉の気持ちは分かる。そして、有効な手段だ。
その証拠に、摂政カイウォルは『ライシェン』を次代の王と認めていた。内心は知らないが、そうせざるを得ないと納得していたということだ。
ルイフォンの反応に〈
「今の女王が将来〈神の御子〉を産む可能性はありますが、確率は高くありません。ですから、『ライシェン』を失えば、
「……」
おそらく、その通りだろう。
ならば、どうするべきか。
委ねられた事態の大きさに、ルイフォンが
「『ライシェン』は、特別な〈神の御子〉です。――彼の目は『見えます』」
「!?」
ルイフォンは一瞬、困惑に呆ける。だが、すぐに
「〈神の御子〉の男子は、『必ず盲目』じゃなかったのか!?」
「ええ。ですから、オリジナルのライシェンは盲目でした。しかし、『ライシェン』の
「え……?」
唖然とするルイフォンの服の端を、傍らのメイシアが引いた。振り向けば、「本当なの」と彼女が言う。
「セレイエさんは、どうしても『ライシェン』の目を見えるようにしたかったの。だからこそ、亡くなった『天才医師〈
「――!」
衝撃の告白だった。
けれど、これで納得できた。
〈七つの大罪〉にとって、王のクローンを作ることは、とうに確立した技術である。ならば、死者などに頼らずとも、可能なはずだ。なのに、どうしてセレイエは〈
そのとき。
「ああ……!」という、感嘆を含んだ呟きが〈
「そうでしたね。メイシア、あなたなら詳しい事情を知っているのでしたね」
「え?」
突然、瞳を輝かせた〈
「ならば、教えて下さい。どうして、セレイエは『ライシェン』に
「……っ」
メイシアの花の
「『私』は、なんのために、この『生』を
「……」
メイシアの黒曜石の瞳が揺れる。しかし、構わず、〈
「
ソファーに横たわり、メイシアを見上げる〈
メイシアの喉が、こくりと動いた。その様子に、ルイフォンは不吉な予感を覚える。
彼女は緊張に震えていた。しかし、〈
「ライシェンは……『神』として、生まれました。――だから、です」
聡明なメイシアとは思えないほどに、要領を得ない言葉だった。
誰もが動揺に顔色を変える中、ルイフォンが尋ねる。
「メイシア、『神』――って、なんだ?」
「ごめんなさい、変な言い方をして。その……、『神』と呼ぶしかないような力を持って生まれてきたと、シルフェン先王陛下がおっしゃったの。だから、先王陛下は『
メイシアは、そこで大きく息を吸い、皆に向かって一気に告げる。
「ライシェンは、〈神の御子〉の男子が持つ『情報を読み取る』能力に加え、〈天使〉のセレイエさんから受け継いだ『情報を書き込む』能力も持っていました。しかも、〈天使〉のように羽で自分と相手を繋ぐ必要はなく、〈神の御子〉が情報を読み取るのと同じように、相手に触れずに、情報を書き込むことができました」
相手に触れることなく、情報を『読み取る』、そして『書き込む』。
それは、傍目にどう見えるか――。
「――だから、『神』……なのか」
ルイフォンの呟きに、メイシアは首肯した。
「ライシェンの強すぎる力を少しでも封じるために、それよりも、その目で世界を見ることができるように、セレイエさんは『ライシェン』に
まるで、胸の内を打ち明けるかのように告げたメイシアの瞳から、はらりと涙がこぼれた。
「メイシア!? どうしたんだ!?」
「ルイフォン、心配しないで。……これは、セレイエさんの感情。辛い思いが蘇ってきて……」
メイシアの肩は小刻みに震えていた。ルイフォンが彼女を抱き寄せると、彼女の指先が、ぎゅっと彼のシャツを握りしめる。
「……あのね、ライシェンが殺されたのは、
そこで、メイシアは、しゃくりあげるように大きく息を吸う。
「決定打は、ライシェンが人を殺したから……!」
絹を裂くような、悲痛の叫びだった。
「メイシア!」
ルイフォンは彼女をきつく抱きしめる。
おそらく今のメイシアは、過去のセレイエと同調している。絶望に彩られた、辛い記憶に。
彼は、彼女の背中に手を回し、長い黒絹の髪を掻き上げるようにして豪快にくしゃりと撫でる。
「……ぁ」
ルイフォンの腕の中で、メイシアが小さな声を漏らした。それから彼女は、身を預けるように、彼の胸に額を押し当てる。
「うん……、……大丈夫」
温かな吐息が、ルイフォンに掛かった。セレイエではない。現在を生きている、メイシアの息吹だ。
そして、彼女は意を決したように顔を上げ、告げる。
「ライシェンは、生後まもなくから、周りの人間の感情を読み取りました。言葉など分からなくとも、悪意や敵意――『害意』を向けられれば、彼には分かりました」
〈神の御子〉が生まれれば、大々的に国民に公表される。しかし、ライシェンの誕生は隠蔽された。情報屋であるルイフォンですら感づくことのできなかったほどに、厳重に。
そんな王宮にいれば、〈神の御子〉であるライシェンは、常に害意を感じ続けていたはずだ。
「そして、ライシェンが『殺意』を読み取ったとき、彼は自衛のために相手を殺しました。――〈天使〉と同じ『書き込む』という能力を使って……」
「あくまでも自衛だろ? それでライシェンが殺されるのは理不尽だ……」
とうに過ぎた過去について、ルイフォンが反論することに意味はない。しかし、何も言わずにはいられなかった。
「無力なはずの赤子が、手も触れずに人を殺したの。そんなことを聞けば、彼を怖がり、彼に『殺意』を向ける人は、あとを絶たなくなる。そして、ライシェンは、そういう人たちも殺してしまった……」
「……っ」
「だから、先王陛下はライシェンを殺したの。〈神の御子〉同士であれば、互いに感情を読み取ることが出来ないから……」
こうして、ライシェンは先王に殺され、その恨みから先王はヤンイェンに殺され……。
『デヴァイン・シンフォニア
「なるほど」
今まで、黙って聞き入っていた〈
「セレイエは、『ライシェン』には害意を読み取ってほしくなかった――というわけですね。だから
〈
そして、彼の体から、ふっと力が抜ける。
「私は……そろそろ……のようです」
その言葉に、ミンウェイが喉をひくつかせたが、もう『お父様』と叫ぶことはなかった。彼女は唇を噛み締め、覚悟を決めた顔をする。
そんな彼女を〈
「リュイセン」
厳かな低音に、リュイセンは「はい」と襟を正して応じる。
「先に申し上げたように、
「パイシュエ……?」
リュイセンの息遣いが戸惑いに揺れる。『パイシュエ』が誰だか分からなかったのだ。察したルイフォンが小声で「シャオリエが〈影〉になる前の、本当の名前だ」と教えると、得心がいったように頷く。
その間も、〈
「鷹刀は、パイシュエ様とお義父さんが解放してくださった。もう、何も憂うことはない。私は、現在の鷹刀をこの目で見たわけではないけれど、君を見ていれば、誇り高き今の鷹刀が手にとるように分かるよ、……リュイセン」
「ヘイシャオ……」
「鷹刀は自由だ。……だから君は、君の思い描くままに、自由に……君の鷹刀を作り上げ、皆を導いてくれ……、私が言えた義理ではないかもしれないが……頼んだぞ、未来の総帥……」
リュイセンは短く息を呑む。素早く前に歩み出て、ソファーに横たわる〈
「確かに、承りました。俺……私にお任せください」
肩で
〈
「
その瞬間。
リュイセンが、はっと顔色を変え、弾かれたように立ち上がった。
「ルイフォン!」
弟分の名前を叫ぶと同時に、身を翻す。
「ルイフォン、手伝ってくれ! 地下研究室から『彼女』を連れてくる!」
「は? 『彼女』?」
唐突な兄貴分の言動に、ルイフォンの頭がついていかない。
「硝子ケースに入った『彼女』だ。お前も、一緒に見たことがあるだろう!」
「!」
ルイフォンは兄貴分の意図を解した。
『〈
ミンウェイの自殺未遂のあと、ヘイシャオは人が変わり、研究室に籠もりきりになった。状況から考えて、そのとき、ヘイシャオは彼らを作っていたのだ。
なんの目的で、ふたりが作られたのかは不明だが、『
「ヘイシャオ、頼む! 少しだけ待っていてくれ!」
リュイセンはそう言い残し、部屋を飛び出す。
「あ、おい! リュイセン、鍵!」
ルイフォンは、脱ぎ捨てられていた〈
慌ただしく駆けていくふたりを〈
「エルファン……。リュイセンは……人の痛みの分かる、優しい良い総帥になるだろう。……今ひとつ、賢さに欠けるのが玉に
「ああ。……そうだな」
「この『生』で……、彼に会えて、よかった……」
〈
「『ライシェン』を……処分するか否かは、今すぐには決断できないだろう。だから、まずは連れて行くか……だ。君たちの車は、ノーチェックでここを出られるから……」
「ああ」
「私兵たちには、既に最後の報酬を振り込んだ……。夕方になったら、この庭園を出ていくように、彼らの端末に連絡も入れた。……門を封じていた近衛隊には、私兵を出していいと通達した。……だから、君たちは私兵たちが動き出すよりも前に……ここを出てくれ」
立つ鳥跡を残さず、とばかりに言い終えると、〈
「ヘイシャオ……」
エルファンが呟いた、そのときだった。
「ヘイシャオ! 大変だ!」
リュイセンの叫びと共に、部屋の扉が荒々しく開け放たれ、『彼女』を載せたストレッチャーが飛び込んできた。
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