4.神話に秘められし真実-4

 ルイフォンとメイシアは、緊張の面持ちで〈ムスカ〉と向き合った。

 ソファーに横たわった〈ムスカ〉の呼吸は荒かった。不規則に胸が上下し、それにあわせて白髪混じりの髪が、鈍い銀光を放つ。顔は苦しげに歪められ、しかし、瞳は穏やかにふたりを見つめていた。

「逝く前に、あなたたちに『ライシェン』を託します」

「『ライシェン』……!」

 ルイフォンは息を呑む。

 彼こそが『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』の中核を担う存在。

 何故なら、殺された彼を生き返らせるために、母親であるセレイエが作り上げたのが『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』であるのだから――。

「『ライシェン』の体は、いつ生まれてもよいほどに成長しましたので、先ほど凍結処理を施しました。地下の研究室に置いてあります。部屋の鍵は……ああ、私が脱ぎ捨てた白衣のポケットの中ですね」

「分かった。『ライシェン』は、俺たちが預かる」

 ルイフォンは決然と答える。

 安請け合いすべきではない用件であるのは百も承知だが、〈ムスカ〉の最期の頼みを無下にする気にはならなかった。

 しかし――。

 次の瞬間、〈ムスカ〉がぷっと吹き出した。掛かったなと言わんばかりの愉悦の顔は、死に瀕している人間とは思えぬほどに楽しげである。

「〈ムスカ〉!?」

「私は、あなたたちに『ライシェン』を託すとは言いましたが、預かってほしいと言ったわけではありませんよ」

「じゃあ、どういう意味だよ!?」

 ルイフォンの苛立ちの叫びに、〈ムスカ〉の目がすっと細まった。眉間には神経質な皺が寄り、それまでとは打って変わった厳粛な顔になる。

「『ライシェン』をどうするか――あなたたちの自由にしてよい、ということです」

「え……?」

「この館から連れて行くのか、このまま研究室に放置するのか、あるいは――」

 そこで、〈ムスカ〉の瞳が冷徹な光を帯びた。――否。それは光ではなく、闇……。


「処分するのか……」


 血の流れを凍りつかせ、心臓の動きを止めてしまいそうな、ぞわりとした響きがルイフォンを襲った。

「すべては、あなたたちの思うがままに……。『ライシェン』の命運、その全権をあなたたちに委ねます」

 うやうやしさすら感じられる〈ムスカ〉の口調からは、毒気が漂う。

 ルイフォンは、反射的に言葉を返そうとして……呑み込んだ。それから、わずかな逡巡ののちに、かすれた声で尋ねる。

「何故、俺たちに……?」

「メイシアが受け取った記憶によれば、鷹刀セレイエは既に亡くなっているとのこと。ならば、『ライシェン』を託す相手は、セレイエが『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』のために選んだ、あなたたちが一番ふさわしいでしょう?」

ムスカ〉は、さも当然とばかりに答え……、ルイフォンの心を見透かしたかのように苦笑する。

 彼には、お見通しなのだ。

 だからルイフォンは、一度、ためらった台詞を改めて口に載せた。

「『ライシェン』は……、……『処分』すべきもの……なのか…………?」

 それは〈ムスカ〉への質問のはずだった。

ムスカ〉は、『ライシェン』を処分すべきと思っているのか? ――と。

 しかし、声に出した瞬間、ルイフォン自身への問いかけとなった。――これから死にく〈ムスカ〉は、『ライシェン』がどうなろうとも無関係であるから。だからこそ、ルイフォンたちに託すと決めたのだと、理解したから……。

 ルイフォンの表情が揺れ動くのを、〈ムスカ〉はじっと見守っていた。ルイフォンは気づいていなかったが、その隣に座るメイシアもまた、胸元を押さえて苦しげに眉を曇らせていた。

 ふたりの動揺など、百も承知で言ったこと。もとより〈ムスカ〉の願いは、彼らが大いに悩み、その上で決断することだ。

 しばしの沈黙のあと、〈ムスカ〉は静かに口を開く。

「『ライシェン』は、王族フェイラに残された最後の〈神の御子〉の男子です。争乱の種にしかなりません」

 唐突な言葉に、ルイフォンは目を瞬かせた。

「どういうことだ? 〈神の御子〉は自然には、なかなか生まれないけど、過去の王のクローンなら幾らでも作れるだろ? どうして『最後』になる?」

 当然の質問をしたルイフォンに、〈ムスカ〉は待ち構えていたように答える。

「保管してあった過去の王の遺伝子を、セレイエがすべて廃棄してしまったからですよ。『ライシェン』を唯一の存在にすることで、オリジナルのように殺されたりしないように――と」

ムスカ〉の説明に同意するように、メイシアも首肯した。

「セレイエの奴……!」

 ルイフォンは絶句する。

 それは、『国家に対する反逆罪』といって差し支えないだろう。随分と思い切ったことをしたものだ。

 ……だが、異父姉の気持ちは分かる。そして、有効な手段だ。

 その証拠に、摂政カイウォルは『ライシェン』を次代の王と認めていた。内心は知らないが、そうせざるを得ないと納得していたということだ。

 ルイフォンの反応に〈ムスカ〉は満足したように頷く。

「今の女王が将来〈神の御子〉を産む可能性はありますが、確率は高くありません。ですから、『ライシェン』を失えば、王族フェイラは永遠に〈神の御子〉の男子を失うことになりかねない。――となれば、摂政は血眼ちまなこになって『ライシェン』を手に入れようとするはずです」

「……」

 おそらく、その通りだろう。

 ならば、どうするべきか。

 委ねられた事態の大きさに、ルイフォンが目眩めまいを感じていると、〈ムスカ〉は更に言葉を重ねた。

「『ライシェン』は、特別な〈神の御子〉です。――彼の目は『見えます』」

「!?」

 ルイフォンは一瞬、困惑に呆ける。だが、すぐにとがった声で叫んだ。

「〈神の御子〉の男子は、『必ず盲目』じゃなかったのか!?」

「ええ。ですから、オリジナルのライシェンは盲目でした。しかし、『ライシェン』の肉体クローンを作るにあたり、遺伝子を書き換えて目が見えるようにしてほしいと、セレイエに――彼女の〈影〉のホンシュアに依頼されたため、この私がそうしました」

「え……?」

 唖然とするルイフォンの服の端を、傍らのメイシアが引いた。振り向けば、「本当なの」と彼女が言う。

「セレイエさんは、どうしても『ライシェン』の目を見えるようにしたかったの。だからこそ、亡くなった『天才医師〈ムスカ〉』を蘇らせた。彼の技術でなければ、思うように遺伝子を書き換えるなんて、到底、不可能だったから……」

「――!」

 衝撃の告白だった。

 けれど、これで納得できた。

〈七つの大罪〉にとって、王のクローンを作ることは、とうに確立した技術である。ならば、死者などに頼らずとも、可能なはずだ。なのに、どうしてセレイエは〈ムスカ〉を蘇らせたのか? ――ルイフォンは、ずっと疑問に思っていたのだ。

 そのとき。

「ああ……!」という、感嘆を含んだ呟きが〈ムスカ〉の口から漏れた。決して大きくはないのに妙に響いたその声に、皆が注目する。

「そうでしたね。メイシア、あなたなら詳しい事情を知っているのでしたね」

「え?」

 突然、瞳を輝かせた〈ムスカ〉に、メイシアは目を見開く。

「ならば、教えて下さい。どうして、セレイエは『ライシェン』に視力ひかりを望んだのですか? 『目が見えるようにすれば、能力を失うかもしれない』と言った私に、彼女は『それこそが目的』とはっきりと答えました。あれは、いったいどういう意味だったのでしょう?」

「……っ」

 メイシアの花のかんばせに陰りが落ちた。

「『私』は、なんのために、この『生』をけたのか。冥土の土産に、その理由を知りたい。――一番、初めに『不気味な能力を持たない〈神の御子〉を、女王が望んでいるから』という説明を受けましたが、あれは嘘でしょう?」

「……」

 メイシアの黒曜石の瞳が揺れる。しかし、構わず、〈ムスカ〉は畳み掛けた。

視力ひかりを願ったのは、母親であるセレイエの愛情でしょう。しかし、『ライシェン』の身の安全を考えれば、敵だらけの王宮を生き抜くためには、例の能力を失わせるべきではありません。しかも、死者である『私』を蘇らせるために、セレイエは相当の苦労をした模様。――ですから、彼女の行動は、私の腑に落ちないのです」

 ソファーに横たわり、メイシアを見上げる〈ムスカ〉の顔は、蒼白であるにも関わらず、興奮に上気しているように見えた。疑問があるから答えを求める――研究者のさがからくる純粋な好奇心が、まさか死の床で満たされるとは思ってもみなかったと、土気色の唇がほころんでいる。

 メイシアの喉が、こくりと動いた。その様子に、ルイフォンは不吉な予感を覚える。

 彼女は緊張に震えていた。しかし、〈ムスカ〉の最期の願いに応えようと、澄んだ声を響かせた。


「ライシェンは……『神』として、生まれました。――だから、です」


 聡明なメイシアとは思えないほどに、要領を得ない言葉だった。

 誰もが動揺に顔色を変える中、ルイフォンが尋ねる。

「メイシア、『神』――って、なんだ?」

「ごめんなさい、変な言い方をして。その……、『神』と呼ぶしかないような力を持って生まれてきたと、シルフェン先王陛下がおっしゃったの。だから、先王陛下は『来神ライシェン』という名前をくださった……」

 メイシアは、そこで大きく息を吸い、皆に向かって一気に告げる。

「ライシェンは、〈神の御子〉の男子が持つ『情報を読み取る』能力に加え、〈天使〉のセレイエさんから受け継いだ『情報を書き込む』能力も持っていました。しかも、〈天使〉のように羽で自分と相手を繋ぐ必要はなく、〈神の御子〉が情報を読み取るのと同じように、相手に触れずに、情報を書き込むことができました」

 相手に触れることなく、情報を『読み取る』、そして『書き込む』。

 それは、傍目にどう見えるか――。

「――だから、『神』……なのか」

 ルイフォンの呟きに、メイシアは首肯した。

「ライシェンの強すぎる力を少しでも封じるために、それよりも、その目で世界を見ることができるように、セレイエさんは『ライシェン』に視力ひかりを望んだんです」

 まるで、胸の内を打ち明けるかのように告げたメイシアの瞳から、はらりと涙がこぼれた。

「メイシア!? どうしたんだ!?」

「ルイフォン、心配しないで。……これは、セレイエさんの感情。辛い思いが蘇ってきて……」

 メイシアの肩は小刻みに震えていた。ルイフォンが彼女を抱き寄せると、彼女の指先が、ぎゅっと彼のシャツを握りしめる。

「……あのね、ライシェンが殺されたのは、平民バイスアのセレイエさんの子供だったからじゃないの。勿論、平民バイスアが〈神の御子〉の生母なんて、って声はあった。暗殺も計画されていた。殺されるのは時間の問題だったと思う。――けど!」

 そこで、メイシアは、しゃくりあげるように大きく息を吸う。


「決定打は、ライシェンが人を殺したから……!」


 絹を裂くような、悲痛の叫びだった。

「メイシア!」

 ルイフォンは彼女をきつく抱きしめる。

 おそらく今のメイシアは、過去のセレイエと同調している。絶望に彩られた、辛い記憶に。

 彼は、彼女の背中に手を回し、長い黒絹の髪を掻き上げるようにして豪快にくしゃりと撫でる。

「……ぁ」

 ルイフォンの腕の中で、メイシアが小さな声を漏らした。それから彼女は、身を預けるように、彼の胸に額を押し当てる。

「うん……、……大丈夫」

 温かな吐息が、ルイフォンに掛かった。セレイエではない。現在を生きている、メイシアの息吹だ。

 そして、彼女は意を決したように顔を上げ、告げる。

「ライシェンは、生後まもなくから、周りの人間の感情を読み取りました。言葉など分からなくとも、悪意や敵意――『害意』を向けられれば、彼には分かりました」

〈神の御子〉が生まれれば、大々的に国民に公表される。しかし、ライシェンの誕生は隠蔽された。情報屋であるルイフォンですら感づくことのできなかったほどに、厳重に。

 平民バイスアを母に持つ〈神の御子〉など、前代未聞に違いない。おそらく、生まれた瞬間から殺害が検討されていたのだ。

 そんな王宮にいれば、〈神の御子〉であるライシェンは、常に害意を感じ続けていたはずだ。

「そして、ライシェンが『殺意』を読み取ったとき、彼は自衛のために相手を殺しました。――〈天使〉と同じ『書き込む』という能力を使って……」

「あくまでも自衛だろ? それでライシェンが殺されるのは理不尽だ……」

 とうに過ぎた過去について、ルイフォンが反論することに意味はない。しかし、何も言わずにはいられなかった。

「無力なはずの赤子が、手も触れずに人を殺したの。そんなことを聞けば、彼を怖がり、彼に『殺意』を向ける人は、あとを絶たなくなる。そして、ライシェンは、そういう人たちも殺してしまった……」

「……っ」

「だから、先王陛下はライシェンを殺したの。〈神の御子〉同士であれば、互いに感情を読み取ることが出来ないから……」

 こうして、ライシェンは先王に殺され、その恨みから先王はヤンイェンに殺され……。

『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』が始まる――。

「なるほど」

 今まで、黙って聞き入っていた〈ムスカ〉が、荒い息と共に吐き出した。

「セレイエは、『ライシェン』には害意を読み取ってほしくなかった――というわけですね。だから視力ひかりを求め、そのために『私』を必要とした。……納得しました。少しだけ、溜飲が下がりましたよ。最期に、この話を聞けてよかったです。……メイシア、ありがとう」

ムスカ〉が笑う。救いを得られたような穏やかな顔で。

 そして、彼の体から、ふっと力が抜ける。

「私は……そろそろ……のようです」

 その言葉に、ミンウェイが喉をひくつかせたが、もう『お父様』と叫ぶことはなかった。彼女は唇を噛み締め、覚悟を決めた顔をする。

 そんな彼女を〈ムスカ〉は愛おしげに見つめ、それからリュイセンへと視線を移した。

「リュイセン」

 厳かな低音に、リュイセンは「はい」と襟を正して応じる。

「先に申し上げたように、王族フェイラと鷹刀の関係は既に終わっています。〈にえ〉に関しては、パイシュエ様が自らの細胞を無限に増殖させ、永遠に喰われ続ける細工を施したことで不要になりました。安心してください」

「パイシュエ……?」

 リュイセンの息遣いが戸惑いに揺れる。『パイシュエ』が誰だか分からなかったのだ。察したルイフォンが小声で「シャオリエが〈影〉になる前の、本当の名前だ」と教えると、得心がいったように頷く。

 その間も、〈ムスカ〉は荒い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりとリュイセンに語りかけていた。

「鷹刀は、パイシュエ様とお義父さんが解放してくださった。もう、何も憂うことはない。私は、現在の鷹刀をこの目で見たわけではないけれど、君を見ていれば、誇り高き今の鷹刀が手にとるように分かるよ、……リュイセン」

「ヘイシャオ……」

「鷹刀は自由だ。……だから君は、君の思い描くままに、自由に……君の鷹刀を作り上げ、皆を導いてくれ……、私が言えた義理ではないかもしれないが……頼んだぞ、未来の総帥……」

 リュイセンは短く息を呑む。素早く前に歩み出て、ソファーに横たわる〈ムスカ〉の前にひざまずいた。

「確かに、承りました。俺……私にお任せください」

 肩でそろえられた黒髪が床に届くかと思うほどに、リュイセンは深々とこうべを垂れる。

ムスカ〉が、ふわりと笑った。そして、祈りのような声を漏らす。

ミンウェイに、会えるか……な」

 その瞬間。

 リュイセンが、はっと顔色を変え、弾かれたように立ち上がった。

「ルイフォン!」

 弟分の名前を叫ぶと同時に、身を翻す。

「ルイフォン、手伝ってくれ! 地下研究室から『彼女』を連れてくる!」

「は? 『彼女』?」

 唐突な兄貴分の言動に、ルイフォンの頭がついていかない。

「硝子ケースに入った『彼女』だ。お前も、一緒に見たことがあるだろう!」

「!」

 ルイフォンは兄貴分の意図を解した。

『〈ムスカ〉』の体は、『彼女』と共に、オリジナルのヘイシャオの研究室で見つかったという。生前のヘイシャオが、『ペア』の『ヘイシャオ』と『ミンウェイ』の肉体を作り、彼らは同じ硝子ケースの中で、歳を重ねていたのだ。

 ミンウェイの自殺未遂のあと、ヘイシャオは人が変わり、研究室に籠もりきりになった。状況から考えて、そのとき、ヘイシャオは彼らを作っていたのだ。

 なんの目的で、ふたりが作られたのかは不明だが、『ペア』である以上、〈ムスカ〉の看取りには『彼女』も同席すべき。――リュイセンはそう考えたのだ。

「ヘイシャオ、頼む! 少しだけ待っていてくれ!」

 リュイセンはそう言い残し、部屋を飛び出す。

「あ、おい! リュイセン、鍵!」

 ルイフォンは、脱ぎ捨てられていた〈ムスカ〉の白衣をごそごそとまさぐり、研究室の鍵を持って兄貴分を追いかけた。

 慌ただしく駆けていくふたりを〈ムスカ〉は目尻に皺を寄せて見送り、それから、苦しげな呼吸の中で「エルファン」と、親友であり、義兄である彼を呼ぶ。

「エルファン……。リュイセンは……人の痛みの分かる、優しい良い総帥になるだろう。……今ひとつ、賢さに欠けるのが玉にきずだが、……それは、きっとルイフォンが補う。リュイセンには、お義父さんのようなカリスマは……ないかもしれない。……けど、彼の優しさに、人は惹かれていく……」

「ああ。……そうだな」

「この『生』で……、彼に会えて、よかった……」

ムスカ〉は穏やかな顔で息を吐き出すと、それから急に表情を改めた。「このあとのことだ」と前置きをすると、事務的な口調で続ける。

「『ライシェン』を……処分するか否かは、今すぐには決断できないだろう。だから、まずは連れて行くか……だ。君たちの車は、ノーチェックでここを出られるから……」

「ああ」

「私兵たちには、既に最後の報酬を振り込んだ……。夕方になったら、この庭園を出ていくように、彼らの端末に連絡も入れた。……門を封じていた近衛隊には、私兵を出していいと通達した。……だから、君たちは私兵たちが動き出すよりも前に……ここを出てくれ」

 立つ鳥跡を残さず、とばかりに言い終えると、〈ムスカ〉の四肢から、だらりと力が抜け落ちる。

「ヘイシャオ……」

 エルファンが呟いた、そのときだった。

「ヘイシャオ! 大変だ!」

 リュイセンの叫びと共に、部屋の扉が荒々しく開け放たれ、『彼女』を載せたストレッチャーが飛び込んできた。

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